8話 邪魔をするな
「フィールっ!」
俺がフィールのいる場所に向かうと、目に入ったのはフィールを取り囲む多くの龍人とその中央に佇むフィール、そしてその隣でぐったりと倒れ込んでいる美雪の姿だった。
フィールは既に体を龍化させ、翼や鱗、尾などを展開している。ただし、その翼は今まで見たことのない四枚羽となっている。その姿はやはり先程本で読んだ黒龍を連想させる。
更に、その目には理性の光というものは見られない。激しい怒りや恨みによって我を忘れているような、それでいて落ち着き払っているような。とにかく、尋常ならざる雰囲気を感じられる。
「ビアンカ!美雪を頼む!」
「分かりました!」
俺たちはそう言ってから滑空し、取り囲む人混みを越えてフィールの隣に着地する。そして、ビアンカはすぐに美雪を掴むと跳躍してその場から離れていく。
「フィール!しっかりしろ!」
「…………」
俺はフィールの肩を掴んで叫ぶ。だが、フィールは何も答えない。虚ろな目を、虚空に向けるだけだ。
「あっ!?あんたもあの時にいた!?」
俺がフィールを落ち付けようとしている時、取り巻きからそんな声が聞こえる。
「なんでその化け物を連れてきたのよ!私達が追い出したっていうのに、なんで!」
そう言っているのは、フランではないがフィールが元友人だと言っていた少女だ。鬼気迫るような表情で、非常に自分勝手な事を言い放つ。
「あんた達が!あんた達さえいなければ!」
そう言いながら、そいつは石を此方に投げてくる。俺はそれを普通にキャッチしようとしたが、それは叶わなかった。
「……堕ちて砕けよ、砕けて潰れよ。抗えぬ力の渦に飲まれ。『グラビティア』」
フィールが聞いたこともない詠唱を紡いだその時。フィールを中心に周囲に黒い魔力の波紋が広がる。
「あがっ!?」
「ぐあぁ!」
「な、何が……!?」
「っ……」
そして、それに触れた全てのモノ……人も石も植物も、全てが地に叩きつけられる。俺はどうやらその影響には入っていないようで、別段被害はない。しかし、そのせいでどのような魔法なのかも分からない。
「……お前らは、私だけでなく、私達をも否定するのか?」
人々を地に縫い付けながら、凍りついた声で問いかけるフィール。だが、そこに感情は見られず、ただただ深い無というものを感じさせる。
「化け物を、否定して、何が悪いのよ!」
だが、それすらも分からない奴らは縫い付けられながらも反発するような態度を取る。数で勝っているからと、昔追い出せたのだからという油断とプライドが見え隠れしている。
しかし。それを聞いたフィールは、またも魔法の詠唱を始める。先程のと同じく、初めて聞く詠唱を。
「……燃ゆるは火炎、流るるは流水、纏うは閃光。今此処に一つとなりて、敵を打ち払う白き龍とならん。『メルトロス』」
その声に応じて地面が紅く染まり始め、溶岩へと変貌する。そしてそれは、命を持ったように形を変貌させていき、眩い光を纏った一体のドラゴンの姿となって咆哮する。
「ヴォォォォォォオオオン!!!!」
その咆哮と共に、その龍から無数の炎弾が放たれる。一つ一つが、地に縫い付けられ動けなくなった龍人達を捉えながら。
「っ、まずい!」
俺は咄嗟に氷のブレスを吐き、その炎弾を一つ残らず掻き消していく。だが、それは決して龍人達を守る為ではない。
俺は、里に入る前にフィールと約束した。
もしも暴走していたら、止めて欲しい。
そして、今のフィールは完全に暴走している。それは、目の色を見れば一目瞭然だ。
だから、俺はフィールを取り敢えず止める。止めて欲しいと言われたのだから、俺はそれを止めるだけだ。
「……邪魔、しないで」
「いや、無理だ。約束したからな」
フィールは消された炎弾を見て此方を向いて言ってくる。だが、俺はそれを首を振りながら拒否する。
それを聞いたフィールは、はぁ、と溜息を吐く。そして一言、短く俺に言葉を告げる。
「……ならば命ず、"邪魔をするな"」
それはただの言葉の筈だった。だが、その言葉を聞いた直後。俺は何故か大きく後ろに飛びのいてしまう。
「……なっ!?」
俺自身、何故そうしたかも分からない。そして、再びフィールの前に行こうにも何故か体は動かない。
「……焼き尽くせ」
そして、俺が動けない間にフィールは指を指揮棒のように動かし、溶岩の龍を操り今度は直接龍人の方に向かわせる。
恐怖を植え付けるように、ゆっくりと炎龍はにじり寄っていく。歩いた場所は炎を上げ、また、その体からは触れたものを燃やす蒸気を噴き出しながら。
「ひっ……!?」
その龍が真っ先に捉えたのは、先程俺に石を投げつけてきた少女だ。そして、その少女はその事に気付いた瞬間先程までの強気から一変、死への恐怖に満ちた表情へと変わる。
「ォォオオオオン……!」
だが炎龍は無慈悲にも距離を縮めていき、その距離は僅か一メートル程にまで縮まった。それに対して俺は動こうにも、体が言うことを聞かず出る事がままならない。
「……っ!」
そして、炎龍が口を開けその少女を噛み砕こうとする。だが、その噛み付きは少女へと届くことはなかった。
バシャァァン!!ジュゥゥゥゥゥゥ……
突如として空から幾つかの水球が降り注ぎ、炎龍を固めていく。触れた水はすぐさま蒸発していくものの、意味が無いわけでなく少しずつだが確実に炎龍の温度を下げている。
『すまんビアンカ!助かった!』
俺はその水球の発生源……割と遠くでアクアカノンを空に向けているビアンカに念話で礼を伝える。
『メイドとしてこの位は。それと、何故止めなかったんですか?』
ビアンカ、俺の言葉を聞くと、すぐさま質問をしてくる。確かに、あの状態で止めに入らなかったのは不自然極まりないだろう。
『何故かは分からんが、フィールに「邪魔するな」って言われてから体が言うことを聞かねえんだ!離れるぶんには多分問題無えんだが、近づくのは無理だ!』
『っ、本当ですか!?なら、しばらくは私が時間を稼ぎます!カイト様はミユキさんを、何故かぐっすり眠って起きる気配の無いミユキさんをお願いします!』
『ちょっ!?』
俺がその事情を説明すると、ビアンカは俺の返答も待たずに美雪の元を離れフィールの元へと接近していく。右手にはアクアカノンを、左手には鞘に入れたままの短剣を構えながら。
「はぁ!!」
ビアンカは即座にアクアカノンで水をショットガンのように撒き散らし、炎龍を固めに掛かる。黒く固まった場所が水の散弾に砕かれてるのを見る以上、破壊力は充分すぎるほどあるだろう。
「返答ぐらい聞けっての……!っと、美雪は!?」
俺はビアンカに小声で文句を言いつつも、木に立て掛けられ眠っている美雪の元へ近づいていく。
「すー……すー……」
美雪は、ビアンカの言葉の通り眠っていた。心地好さそうに寝息を立てながら、されどこの轟音の中起きる気配は無い。
「普通に起こすのは既にビアンカがやってるよな……。そうなると……」
俺がフィールと交戦していた間、ビアンカは美雪を起こそうとしていた筈だ。なら、幾ら揺すったところで起きるはずもない。
そうなると、まず間違いなく魔法辺りによる干渉だろう。だが、そういう効果を発する魔法に関しては俺は聞いた事は無い。
だから、俺はあまり使いたくないカードの一つを切ることを決めた。
「……『魔視』」
俺が小声で呟くと、俺の視界が一転する。
美雪のいた場所は白いモヤのようになり、それ以外のところでは灰色のモヤのような背景が渦巻く。
濃淡以外の色の違いの無い、気持ち悪いとしか言えない景色。だが、これがしっかりとスキルの発動した証拠でもある。
『魔視』とは、鑑定スキルがレベル12に達した時に発現した新しい力だ。
効果は、「魔力の流れを鮮明に見ることができる」というもの。
しかし、それ故に発動中は魔力以外の物が見えなくなるという致命的な欠点を持つのだ。
移動している人くらいなら大体の位置は見れるものの、正確な輪郭は分からない。だからこそ、あまり使いたくない技なのだ。
だが、今回俺がそれを使ったのは意味があったといえよう。
何故なら、美雪のちょうど心臓の辺り……魂と言える場所に、白いモヤの中にはっきりと存在する黒い鎖を見つけることが出来たのだから。それも、何処かフィールの魔力と似ている感じがする。
それが原因かどうかは解除すれば分かること。だから、俺はその鎖を解除しに掛かる。
魂操を使って絡みついた黒い鎖を少しずつ解いていく。固く結びついているが、その存在にさえ気づいてしまえばそこまで解除が難しいものでもない。
とはいえ、流石に初めての試みなので3分程は掛かってしまったが。そして、その鎖を解き終わった直後、
「……ううん……」
美雪がそんな声を上げる。そして目を開いてゆっくりと体を起こす。
「確か私……フィールさんに眠れって言われてから……っ!?フィールさんは!?」
美雪は、自分が何をしていたのかを思い出そうとして、そして思い出して慌てたように辺りを見回す。そして、美雪はその暴走しているフィールの姿を見てしまう。
「……凍てつくは氷晶、轟くは稲妻、覆うは闇夜。今此処に一つとなりて、敵を呑み込む黒き龍とならん。『コルドラン』」
「フィィィィィィァァァァアアアア!!!」
「こんなものっ!インフェルノバーナー!」
今度は漆黒の闇と凍てつく冷気、そして電撃を纏う龍を出現させ、それにインフェルノバーナーを構えたビアンカが立ち向かう。
しかし、ビアンカの放った炎撃は氷龍を捉えることはない。先程の炎龍とは比べ物にならない速度でそれを躱していく。
「そんなっ!?フィールさん!落ち着いてよ!」
その光景を見た美雪は声を上げるものの、フィールはそれに一切目を向けない。氷龍を操りながら、ビアンカの相手をしている。
「……落ち着け、美雪。俺やビアンカは、なんでこうなったかが正確には分かってないんだ。だから、その辺りの流れが分かってるお前が頼りなんだ」
俺はそんな美雪を落ち付けようと声をかけ、そして如何してこうなったかを問いかける。
「……うん、ごめん。じゃあ、如何してこうなったのか説明するね」
美雪は少し間を空けると、如何してフィールが暴走したのかを話し始めた。
原因は、美雪が周りに聞こえてしまう声でフィールの名を呼んでしまったからだとか。
それによって、二人は囲まれ主にフィールを対象として罵詈雑言を飛ばされ続けていたという。
しかし、例え石を投げられてもフィールは何も言わず何もせずただ立っていたという。美雪から見たら、それは怒りを堪えているように見えたとか。
「……でも、誰かが私にも石を投げてきたの。そしたら、遂にフィールさんが動いた」
ここまで聞いた時点で、俺はフィールが暴走した理由を察することが出来た。
俺はフィールに言った。お前は一人じゃないと。
だが、仲間がいる事が裏目にでる事もあるという事を、俺は完全に失念していた。
恐らく、フィールは自分だけが責められ続けるならば耐えきることは出来たのだろう。言い方は悪いが、それは二回目で慣れてしまっていたから。
しかし、もしも自分と同等以上に想っている仲間が同じように責められたら。何の責任もない仲間が責められたら。果たして耐えられるだろうか?
俺にはきっと出来ない。暴走まではしないにしろ、恐らくそうした奴を全力で後悔させる位はやるだろう。
「私は、龍化し始めたフィールさんを止めようとした。だけど、そこでフィールさんに言われたんだ。『眠れ』って。そしたら、急に眠くなっちゃって……」
美雪は、そこで話を切る。ただ、知りたい事は大方知ることが出来た。
俺は、再び魔視を発動させて自分の体を見下ろす。そしてその胸の魂がある場所には、美雪と同じように黒い鎖が絡み付いていた。
「……やっぱり、お前が寝た原因と、俺が止めに行けなくなった原因は同じか!」
美雪がフィールに言われた眠れの一言。多分それは、俺が言われた邪魔をするなの一言と同じ原理であろう。
少なくとも、魂操が混ぜられた強力極まりない暗示のようなもの。それ以外にも何かあるような気はするがそこまでは分からない。
「……よし、解けた!なら……!」
「あ、海斗君!?」
俺はその暗示の鎖を1分程度で解き、すぐさまフィールの方へと向かっていく。美雪も、俺に続いて走ってくる。
「……カイト様!それにミユキさんも!」
その俺たちの接近に気付いたビアンカは、多少嬉しそうに声を上げる。
ビアンカは、未だ氷の龍と交戦中であった。一人の手数では押し切れなかったようで、服のあちこちが凍りついたり焼け焦げたりしてしまっている。
「っ、止まれぇ!はぁぁああ!」
俺はその氷龍に向けて、ビアンカと同時に炎のブレスを吐き出す。氷龍はビアンカの炎は躱したものの、俺のブレスの方に突っ込んでいきその体の大部分が霧となって散っていく。
「……邪魔しないでって、言った筈」
「悪いけど、先約で止めてくれとも言われてるんだ。止めない訳にはいかない」
ポツリと声を発するフィールに、俺ははっきりと告げる。さっきはその後直ぐにそれが出来なくなってしまっていたが、今はもう違う。
フィールは、俺たちを見た後再度溜息を吐き、そして俺たちに言い放った。
「……なら、全力で来て。でないと、命の保証はしない」
フィールがそう言った瞬間、フィールから膨大な魔力の波動が迸る。初めて感じる、フィールの本気とも言えるような魔力だ。
俺もビアンカも美雪も、その波動に一瞬体がビクリと反応してしまう。
だが、俺たちは直ぐに態勢を立て直して各々の武装を構える。
ビアンカは鞘に入れたままの短剣を。
美雪は、魔晶石で出来た杖を。
そして俺は、同じく鞘に入れたままの片手剣と、幻龍鱗鎖を。
フィールを止めるための、全力の戦闘を始めるために。
今のところフィールが使用した魔法
・グラビティア
土魔法の一種。重力を発生させる単純なもの。
・メルトロス
炎、水、光魔法の一種。なお、水は蒸気部分。
・コルドラン
氷、雷、闇魔法の一種。ちなみに体部分は液体窒素。
・????
魂操と何かの合わせ技。例外はあるが声を聞いたものを無条件で従えさせる。




