4話 罪と罰
「……平和だな」
「……昔から、こんな感じ。多分誰も、あの時の事なんて意識はしてない」
龍人族の里は、至って平和だった。
走り回る無邪気な子供もいれば、木陰で笑いながら話をしている女性達もいる。店を開いて肉や野菜などを売りさばきながら世間話をしている人もいる。
何処にも争いの気配は見えず、本当に平和だという印象しか受けない里だ。……この里で起きたことを知らなきゃ、な。
「……誰も気付く様子が無いですね。龍化してないとは言え、人形態の者も多いから誰かしらは気付いても良いと思うのですが」
「……6年なんて、そんなもの。彼処にいる元友人だって、チラチラこっちを見てるようだけど気付いてないみたいだし」
この会話は、周りにいる名も知らぬ龍人達には届いてもいない。だが、唯一その話を聞いている龍人のランドは何処か疲れたような顔をしている。
「……昔はよく里にも遊びに行ってたっていうのに、なんでこうも、みんな揃って気付かねえんだよ」
「6年経って容姿が変わってるとはいえど、流石に酷いな。まあ、今は気付かれない方が都合が良いんだが」
龍人の里はそもそも人口が少なく、殆どの住民がお互いの顔と名前を把握しているらしい。そんな種族だというのに、追い出した人を見て気付かないというのはおかしな話だ。こっちの目的としては気づかれない方が楽なのだが。
「……っ」
フィールは、その平和な光景を見てギリッと拳を握る。死と隣り合わせで生きてきた中で、追い出した奴らは平和にノコノコと暮らしている。怒りがこみ上げるのも当然だ。例え今が幸せだと言ってても、それまでの過去が消えることはありえないんだから。
「落ち着け。まだ様子を見るんだろ?耐えてさっさとカエルムとやらの家に向かうぞ」
「……ごめん」
「……まあ、怒る気持ちは当然だと思うけどな。それに対して復讐するかどうかは、じっくり悩んでから決めた方がいいだろ」
恐らくだが……衝動に任せて復讐したところで、残るのは虚しさだけだと思う。フィール自身、怒ってはいるものの恨んでまでいるかどうかは今一分かっていないらしいからな。その気持ちがハッキリと分かるまでは、悩ませていた方が良いと思った次第だ。
「……前に見たときは普通に平和だと思ったけど、フィールさんの話を聞いてからだと純粋にそうは思えなくなっちゃったな」
「それは6年前から俺も思ってる。あの時は詳しい事情は知らなかったが……罪もねえフィールを追い出して、ヘラヘラ平和に暮らしてるのを見て気分が悪くなったのは今でも覚えてる」
ランドは周囲には聞き取れない程度の舌打ちをする。それには、フィール程では無いにしろ少なくない怒りが込められている。
決して、穏やかではない雰囲気を醸し出している。徐々にそれを察し始めたのか、周囲の龍人は此方へ向けていた視線を逸らしていく。
「単に忘れちまっただけか、凄惨ゆえに意識しないようにしてるだけか。どっちなんだろうな?」
「私には前者の方に見えますね。まあ、流石に本人が登場すれば嫌でも思い出すとは思いますけど」
「でも、あの人達は誰一人として気付いてない、と。死んだと思い込んでるから……かな?」
「だと思うぜ。お前らなら身に染みて分かってるだろうが、あの島から生きて帰ろうなんざ不可能な話だったからな。それに、6年前と比べて容姿も大分大人びたし。……それでも普通、黒髪に蒼眼なんていう珍しい組み合わせを見たら疑問くらいには思うだろうが」
「……でも、彼奴らはそれすら気付かない」
俺らを取り巻く空気は徐々に重たいものへと変わっていく。今歩いている五人全員がこの平和の途中にあった事件を知っているが故の、そしてその被害者が今ここにいることを知っているが故の結果だ。
それだから、俺らは歩くのを止めはしない。出来る限り、この場から立ち去りたい。
「……見えてきたな。ミユキとフィールは知ってると思うがアレが族長の屋敷だ。俺は今からひとっ走りして話を通してくるからお前らはそのまま歩いて来てくれ」
そんな感じでしばらく歩いていると、そこそこの大きさがある屋敷が見えてきた。そして、それを確認してからランドは一言残して走り去ってしまう。
「……話通すって言ってたが、お前の事正直に伝えたりはしねえよな?」
「……多分、彼奴には伝えると思う。そもそも、そうじゃないと話が進まないから」
言外に、使用人などの別の奴らには伝えたりはしないだろうと言っている。確かに族長には伝えないと話にならないとは思う。その辺の事情を説明しないで族長に話を通せるかが不安なところだが。……大丈夫か?これ。
「あ、ランドさんはその位は出来たと思うよ?私達の時もそうだったし」
「あ、そうか」
などと思っていたが、ミユキに指摘されてその辺の問題が無かったことを思い出す。此処に来る間に前来た時の事を聞いていて、それをど忘れしていたのだ。聞いた意味が無かったか?
まあ、そういうことで族長だけに正確な話が通っているのと言うことなので、あんまり深くは考えず俺らは屋敷の方へと普通に歩いて行った。
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「まさか本当に普通に歩いてくるとはなぁ。お前の性格なら俺が到着してから3秒後位に押しかけてくると思って全速力で話を通したんだが」
「お前とは小一時間お話をしたほうが良いのか?」
「勘弁してくれ」
俺らが歩いて屋敷に来ると息を切らしたランドが立っていて、事情を聞いたらそういう事だった。とは言っても、実際俺は今回は何もしていないので特にいう事は無いが。
で、今はランドに引率されて族長の部屋に向かっている所だ。既にフィールの事はざっとだが話しておいたようで、あとは細かいことについて説明するだけだという。それを話しておいてここまで早く用意が出来ているのは驚きだが。
「……」
「……なあ、フィール。お前は今、どんな気持ちなんだ?」
俺は歩きながら俯いているフィールに聞く。さっきまでの怒りの表情とは違い、悲しんでいるというのが一番しっくりくる表情だ。
「……分からない。会いたいのか、会いたくないのか。……殺したいほど恨んでいるか、そうじゃないのか。だから、私は怖い」
「なるほどなぁ……」
カエルムは、紛れもなくフィールの父親だ。表向きは会いたくないだろうが、心の奥では会いたがっているかもしれない。
死地に送られた事に関して殺したいほど恨んでいるか、今の自分に至るキッカケを作ってくれた事でそこまで恨んではいないのか。
フィールは、まだその気持ちが分かっていないようだ。感情が複雑で、自分ですらその感情を理解出来ていないらしい。
他の龍人に対してもそうだが、カエルムに対する感情はより複雑みたいだ。殺される筈だった自分に、僅かだが希望を与えてくれた反面、この6年間自分を苦しませ続けた者でもある。
その選択のお陰で今生きているが、それにお礼を言えるほど楽な道のりでは無かったしな。
俺はその辺りの事を考えていると、ランドから声が掛かる。
「……着いたぞ。此処が族長の部屋だ」
何時の間にか目的地に着いていたようで、その言葉にハッとする。意外に時間が経っていたようだ。
「あ、ああ。……じゃあ、入る、か?」
俺はそう言いながらフィールの方を見る。ついさっきまで不安そうな顔をしていたので、大丈夫かという確認だ。
「……うん。ここで悩んでても、解決はしないから」
未だにその顔は暗いが既に覚悟は決めているようで、さっきのように俯いてはいない。……とりあえずは大丈夫そうか。
それを確認した後、俺はその部屋の扉を開ける。
「……来たか」
その部屋にいたのは、一人の緑髪の男性だった。
窓の外を見ながら、決して此方を振り向こうとしない。一瞬苛立ちを覚えたが、その気持ちは直ぐに掻き消えた。
何故なら、その背中は何処か哀愁を漂わせていたからだ。本来は振り向きたいが、敢えて振り向かないようにしているように見えた。勘だけど。
「……あんたがカエルムで良いんだよな?」
「……ああ、如何にも」
まあ分かっていた通り、この男はカエルムだった。その声は大分暗く、感情を押し殺しているような声だ。
「……何故、此方に振り向かないのですか?」
ビアンカはその様子を訝しんだようで、割と威圧的な声でカエルムに問う。
すると、カエルムはその答えを告げた。感情を押し殺したままの声で、だ。
「……フィールが生きている事は、ランドから聞いた。そして、今此処に来ている事も。無論、儂はかつてない程に喜んだ。だがな。フィールを生死の淵に追いやったのも、此処から追い出したのも、両方とも儂がやった事だ。そんな仕打ちをしておいて、フィールに合わせる顔などと言うものが儂には有るだろうか?」
フィールが生きていた事を知った時は、相当嬉しかった事だろう。死地にいた筈の娘が、生きて戻ってきたんだからな。
だが、その死地に送ったのは自分だ。その上で、再度顔を見る権利など何処にもない。それがカエルムの主張だった。
「……そう」
それを聞いたフィールの声は、感情が読み取りづらい声だった。平静でいるものの、何処か悲しそうな……。俺には、読み取るのは無理そうだった。
「その声を聞くのも、もう6年ぶりか。……フィール。話し合いに入る前に一つ聞かせてくれ。今、お前は幸せか?」
カエルムはフィールの声を聞いた後、やはり此方を振り向く事なくフィールに問いかける。
例え顔を見合わせる事が無くても、親に変わりはない。例え不幸に堕としたといえど、幸せを願うのは当然かもしれない。そもそも此奴自体はフィールが殺されない為に、僅かな希望を見出して彼処に置いてきたのだから。
「……ええ、とても」
それに対してフィールが言った言葉は、確固たる意志が込められていた。心からそう思っているというのが簡単に読み取れる。
「……そうか」
声は、未だに感情を押し殺したそれのまま。だが、今回だけはその中に喜びの感情が見えた。
「……では、本題に入ろうか。この里に、どのような用事だ?」
だが、それを無かったかのように話を切り替える。今回は、原則フィールに任せる方針で行こうと思っている。
「……私は、過去と決別する為に此処に来た。和解か、復讐か、それとも不干渉か。それを決めるために」
フィールは、冷たく淡々と言葉を紡いでいく。カエルムは、その言葉を静かに聞いている。
「私自身、どれを望んでいるか分からない。だから、この場所でしばらく、私は様子を見ることにした。私の思いがハッキリするまで、此処に居させてもらう。……誰が何と言おうとも」
その言葉は、頼む言葉などではなく決定事項を告げる言葉。拒否権は無いと、最後に僅かな威圧を乗せて言い放つ。
「……儂は、お前の行く先をもう二度と隔てるつもりは無い。好きなだけ、此処を使ってくれ。……もしも復讐すると言うのなら、儂はそれも受け入れよう」
「……族長」
復讐すると言っても、邪魔をするつもりは無い。それが過去の罪に対する罰であるから。それを聞いたランドは何処か悲しそうな顔で呟く。
「ランド。儂を含む、あの日此処にいた龍人は全てが罪人だ。罪人は、裁きを受けるのが道理。故に、儂も誰に何と言われようとも考えを変えるつもりは無い」
その声は暗く重い声。だが、フィールと同じように最後の言葉には威圧が乗せられていた。
「……」
ランドはそれを聞いて押し黙る。族長の覚悟を察したからか、それ以上追求しようとはしない。
「……ランド。取り敢えず、三人を部屋に案内してやれ」
そこから少しの沈黙の後、カエルムはそう告げる。だが、こっちは四人いるのに今三人って言わなかったか?
「それと、クロノよ。お前は、少し残ってくれ。一対一で話したい事がある」
その疑問は直ぐに解決した。一対一で話したい事があるなら、確かに他の四人を追い払うのは当然だ。
「ああ、分かった。……じゃあ、四人は先に行っててくれ」
俺はそのカエルムの声に応じて、四人にこの部屋から出るように指示する。フィールは不満そうな顔をしたが、三人に色々と言われた後しょんぼりして出て行った。
それによって、この部屋に残ったのは俺とカエルムの二人になった。そしてそれを確認してから、カエルムは此方に振り向いてくる。
「……相当無茶してたんだな。掌に爪が刺さって血が出るまで握りしめてるとか、普通じゃ無えぞ」
振り向いたカエルムの手を見たら、何と血が滴っていた。それすらも気付かなかったのは警戒が甘かったな。まあ、殺気とかは向けられてないから問題は無いか。
「……流石に、こうでもして堪えてないと自分で決めた誓いも守れそうに無かったのでな。いつ気付かれるかヒヤヒヤしてたぞ」
フィールの顔を見ない。それが、カエルム自身が決めた誓い。それを守る為に、ここまでしたと言うのだ。
「……そうか。で、わざわざ二人きりで話す事って一体なんなんだ?」
俺はその答えに一応納得の意を示して話を促す。長すぎると三人に色々と勘繰られるから出来る限り手短に済ましたい。
それを察したのか、カエルムは一拍置いてからその胸中を語り出した。
「……儂は、仮にもフィールの親だった。その生涯のパートナーと成りそうなお前がどんな人物かこの目で確かめたかったのだ」
「……は?」
よくある親バカ思考みたいな、その胸中を。
この章、過去最短で終わるんですよねぇ。
いかんせん、龍人の里っていう小さい里での出来事ですし。




