3話 6年ぶりの故郷
ランドは、声の主が美雪だという事に直ぐに気がつく。そして、バックステップをして取った距離を歩いて縮める。
「夢幻列島に行ったんじゃ無かったのか!?何でこんな所にいるんだ!?」
ランドは、美雪は此処には戻って来ないと思っていたようで、困惑しながら美雪を問い詰める。
美雪曰く、ランドから夢幻列島に行く方法を聞いたのだが、その手段は一方通行だったと言う。だから、たかだか3、4ヶ月で帰ってこられるとは思ってなかったようだ。
「私は確かに行ってもう降りてきたんだよ。無事に生きていた海斗くんが、降りる手段を用意してくれてくれたから」
「……マジかよ。あの島で、自力で生き延びてたって言うのか」
「ああ。あ、俺が話に出てきた海斗だ。よろしく頼む」
俺は話に入ってついでに自己紹介を済ませる。別に今する必要は無かったのだが、話に出てきたので丁度良いと思った次第だ。
「まあ、夢幻列島の話は後で聞かせてもらいたいが……そっちの嬢ちゃん二人の名前を教えてくれ。話す時に、名前が分からないんじゃ面倒な事この上ないからな」
ランドは、それを聞いてフィールとビアンカの名前を聞く。その声に応じて、二人が前に出る。
「ビアンカと申します。カイト様のメイドをしています」
「……メイドって割には、お前相当戦えるだろ。動作の一つ一つに、全く隙が見えねえぞ」
「私に戦いを三ヶ月程で叩き込んだ人はこれでも隙だらけだと言っていたんですけどね」
「いや、それはその人がおかしい」
ランドの言う通り、戦いを叩き込んだ人は普通におかしいとは思う。だが、その前から大分強かったのでアウィスの所為だけとは言えないが。
だが、その隙の無さを指摘できるランドも中々のものだ。まあ、それでも俺から見たらビアンカの動作には無駄が見えるし、ランドの動作に至っては気付かれる間も無く葬れそうな位に隙が多く見える。
「……で、そっちの嬢ちゃんは?さっきから下向いてばっかで顔すら見えて無えんだよな」
ランドは、そこで最初から俯いてランドに顔を見せていないフィールに視線を向ける。その顔には「何でさっきから下向いてんだ?」という疑問が浮かんでいる。
フィールは、そう言われて少し置いてからゆっくりと顔を上げる。その表情は、期待と恐怖が混ざったような名状し難い表情だ。
なお、今のフィールは龍化を解除している。それ故に、見ただけでは龍人とは判断できない。だから、ランドはこの少女が龍人だとは露にも思っていなかっただろう。
「……フィール」
「フィー……!?」
その状態で突如として出てきた知り合いの名前。それはこの世界でも殆ど聞かない名前 (ビアンカ曰く)であり、そして今此処に居るはずの無い名前。
だが、その名前はランドの中で生きてはいない筈の少女と結びついたようであった。顔をガン見し、肩を震わせている様子は恐怖かそれとも感動か。
「……久しぶり、ランド」
「……おおぉ……」
答えは直ぐに分かった。感動の方だ。
涙をボロボロと流し始めたのを見れば、誰だってそう思う。そしてゆっくりとフィールに近づき、その体を優しく抱き締めた。
「本当に、本当に済まなかったっ!お前が追い出された時、俺はその場に居てやることが出来なかったっ!守ってやる事が出来なかったっ!」
ランドは、泣きながら慟哭の声を上げる。その様子には恐れなどと言うものは一切感じられず、有るのは後悔の念だけのようだ。
フィールは、それをまるで宥めるように背中をさする。その目は物珍しそうにも見えるし、僅かに恐れているようにも見える。
「……私が、怖くないの?」
フィールは小さな声で問う。あの時、その場にいなかったランドの真意を知る為に。
「怖いわけがねえだろっ!例えどんな力を持ってても、忌み嫌われる能力を持ってても、お前はお前だっ!化け物なんかじゃ無え!」
だが、ランドはやはり変人の分類に入るようであった。他の龍人がその力に恐れる中で、ランドは力を持っている者が普通なら恐れる事が無いと、そう言っている。
しかし、そのセリフはなんか俺の心に刺さる。心無しか、俺が夢幻列島でフィールに会った時に言ったセリフに似ているのだ。どんな力も使う者次第だと。
「……!」
その言葉に、フィールは一瞬驚いた後柔らかい笑顔で微笑む。その顔は、一時的にではあるが不安から解き放たれた安堵のように見える。
「……ははは、相変わらずいい笑顔だな。だが、落ち着いてみりゃこの構図、俺が小さいガキみたいじゃねえか」
「……ふふっ、今更?」
「今更、だな」
二人の言う通り、今の二人は泣いている子供と、それを宥める親のような構図だ。しかも体格とかが大幅に違うのがその光景をよりシュールにしている。
「……だが、もう少しこうさせてくれねえか?恥ずかしいが、何か落ち着くんだよな」
「……3分くらいなら」
「ありがとよ……」
だが、そうは言いながらも二人は抱きしめ合う。今、この場だけを見るならばフィールとそれ以外の龍人の隔たりと言うものは無いように感じられるほど、二人の表情は柔らかいものだった。
最も、俺はそれを見ていてすごい複雑な気分になったが。なんか、こう……「ランド、俺と変われ」みたいな感じだった。嫉妬だな、うん。
そして、あっという間に3分後。二人はお互いに少しだが距離をとった。ランドは未だに目に涙が浮かんでいるが。
「わりぃな、取り乱しちまって」
「……構わない。昔と立場が逆転したみたいで新鮮だった」
「言わないでくれ……余計に恥ずかしくなってくる」
ランドは頭をボリボリ掻き毟りながら視線を逸らす。結構恥ずかしかったのだろう。確かに、俺が三人以外にあんな姿を見られたらその相手の記憶を魂操で消す位に恥ずかしいとは思う。
「……だが、お前はなんで此処に戻ってきた?わざわざ自分を追い出した奴らの下に戻る理由なんて、復讐位しか思いつかねえぞ?だが、お前が復讐するような性格じゃ無いっていうのは昔から知ってるから目的が分からねえんだよな」
だが、その恥ずかしそうな顔から一変、疑問に満ち溢れた顔に変わる。復讐をしないと信じてるが故に、理由が思いつかないのだろう。
「……もし復讐の為って言ったら?」
「そん時は……特に何も出来ねえな。守衛として止めなきゃなんねえんだろうが、なんか俺の直感が絶対に敵対するなって言ってるし」
「あ、その辺の実力差は察するんだな」
「此処まで差を感じたのは初めてだがな……。6年前と力関係まで逆転したのは地味にショックだったぞ」
ランドは盛大に苦笑いをする。無いとは思っているが、万が一そうなると自分では止められないという事をはっきりと感じてしまっているのだ。
「……私が此処に来たのは、過去と決別する為。彼奴らが攻撃して来なければ私も攻撃するつもりはない」
その苦笑いするランドに、フィールは告げる。やられなければ、殺りはしないと。
それを見て、ランドは深い溜息を吐く。最早諦めとかそう言う感じの溜息だ。
「……彼奴ら絶対に攻撃するよなぁ……」
自身たちが追い出した者が普通にその場所に戻ってきたら、まず間違いなく攻撃するだろう。そして、それをした時はフィールも攻撃すると言っているのだ。諦めるなというのが大分無茶な話である。
「……ランドが私に気付かなかったように、彼奴らも一目じゃ気付かないと思う。だから、しばらくはカエルムの家にいながら様子を見ようと思ってる」
「……やっぱ、もう他人扱いなんだな」
「当然。彼奴がいなかったら死んでたとはいえ、苦しんだ事には変わりないから。……でも」
フィールは、ランドの寂しそうな声に対して、ある言葉を付け足した。その前の言葉とは違い、柔らかく優しい声で。
「その過去があったからこそ、今の私がいる。だから、明確に恨んでいる訳じゃない。今までは苦痛の日々だったけど、今私はこうして幸せだから」
フィールは微笑む。その笑顔は、見ているだけで癒されるような曇りの無い笑顔。だが、それを見たランドの顔は何処か複雑そうだった。
「……そうか」
それが何故であるかは明言しないランド。それは追求してはいけない事だと思い、俺は特に何も言わない。
しかしその顔はすぐに真面目な顔へと変わり、ランドは話題を変える。
「まあ、それは置いておいてだ。さっき言ってた通り、族長の家に滞在するんだろ?こっからまだまだ時間がかかるんだし、さっさと出発しちまおうぜ」
ランドはそう言った後、里の方へと歩みを進めていく。人間である俺らに考慮してか、その速度は大分遅い。
だから、
「ランド、遠慮はいらん。お前のペースで進んでいいぞ」
俺は急かした。このまま進んでも時間がかかるだけなので、一番遅いランドの速度に合わせることにしたのだ。此奴程度の本気なら、俺ら全員余裕で着いていけるからな。
「あ?少なくとも、ミユキは着いて来れねえだろ。何考えてんだ?」
ランドはその言葉の真意が分からず疑問顔になる。確かに、美雪が着いてこれないと思っている気持ちは俺にも分かる。
だが、美雪は俺でもビックリする位に成長しているのだ。具体的に言えば、ノルマの50レベルupを遥かに超え80レベルほど上昇して今やレベル100を超えてしまっている。
つまり、普通に走ってもランドと同等くらいの速度では走れるという事。おまけに例の飛行板もあるので普通にランドに勝ち目はない。
「美雪を今までの美雪と思わない方がいいって事だ。少なくとも、お前が倒せないくらいには強くなってるから」
「……おおう、マジか。こうして見るとマジで隙が見えねえ。前の隙だらけが幻みたいに思えてくんだが……」
「三ヶ月の間死に物狂いで修行したからね」
「だからそれは三ヶ月でつくもんじゃねえよ……まあ、確かにもうどうにかなる気がして来たわ。じゃあ、俺のペースで行かせてもらうぞ」
ランドは美雪を見て成長していることを即座に察し、自分のペース……馬車を優に上回る速度で走り出す。時速50キロぐらいだろうか?
しかし。
「……ランド、遅い」
「無茶、言うな!これ以上、早くしたら、直ぐにスタミナ切れになるわ!」
「フィールさん、それは流石に酷いと思うよ?」
「ミユキも大概だっ!なんだそのアーティファクトはっ!?」
「アーティファクトはではありません。魔導機械です」
「知るかぁぁぁああ!!」
後から飛び出した俺らを必死に追いかけてくるランドは結構面白かった。元が地龍故に普通の龍人よりは早いらしいのだが、俺らには流石に及ばなかった。
だが、途中速度を緩めすぎたのか……最後の力を振り絞って飛んできたランドに足を掴まれバランスを崩して木に激突したのは消去したい記憶となった。なお、その際ランドは数回バウンドしてから数分の間動かなくなるくらいのダメージは負っていた。
まあそんな事も有ったが、その4日後の明朝。ついに里が見えてきた。フィールにとっては生まれ故郷であり、そして本来二度と来ることが無かったであろう場所。
「……6年ぶり」
フィールはそれを無機質な目で見つめている。その目からは、俺は何も読み取れない。だが、なんとなく不安定なように見えた。
「……ここが、フィールさんの故郷なのですね。故郷といっても、良い思いなど欠片も無いでしょうが」
「……うん」
実際、此処に来るのはトラウマをほじくり返す行為。過去と決別するにはこうするしか無いにしても、相当な苦行には変わりないはずだ。
「……無理だけはするなよ」
だから、俺はフィールに短くそう告げた。もしも辛かったら、ちゃんと相談しろ。そういうつもりで言った。フィールもそれを理解したのだろう。
だからこそか、フィールは唐突に俺にある事を頼んできた。
「……もしかしたら、直接彼奴らを見たら殺意を抑えられないかもしれない。だから、お願い。もしも私が暴走したら、その時は全力で止めて。だけど、もしも私が落ち着いて、その上で彼奴らを殺そうとしたならば。その時は、止めないで欲しい」
感情に身を任せて殺してしまうかもしれない。もしもそうなったら、その時は止めて欲しい。そういう願いだ。
フィール自身、本当に龍人を恨んでいないかどうかが分かっていないという。だからこその不安だろう。直接追い出した者たちを見て、落ち着いていられるかどうかが分からないゆえの。
よくよく見ると、体が少し震えている。今の時点でさえ、大分無理をしているようだった。
「……ぁ!?」
俺は、効果があるかどうかは別としてフィールの頭を優しく撫でる。勿論、唐突にそんな事をされたフィールは驚きを隠せない様子だが。
「……大丈夫だ。それに、お前は一人じゃねえんだから」
俺も、ビアンカも、美雪もついている。だから、一人で抱え込まなくてもいい。何かあったら、支え合える仲間がいるんだと改めて伝える。
「……ごめん。心配かけて」
「問題ねえよ」
フィールは、俺のその返答を聞くと多少は余裕が出たようでふふっと微笑む。まだ何処と無く元気がないように見えるが、本人が無理矢理にでもそうしてるという事はあまり指摘しない方が良いのだろう。
「……羨ましいなー」
「そうですね……」
「……お前ら……」
後ろの二人が何か残念な事を言っているが、俺はそれに関しては特に何も言わない。ランドが呆れたような声を上げているがそれについても何も言わない。
「……じゃあ、そろそろ入るか」
「……うん」
そして俺たちは覚悟を決め、龍人の里に入って行った。




