14話 偶にはこういうのもいいな
「……おはよう」
「お、おう。おはよう」
朝になり目を開けると、すぐ目の前にはフィールがこちらを覗いていた。
そういや、昨日は同じベッドで寝たんだったか。
一晩経ってもう落ち着いたようで、その顔からは焦りや不安といった感情は抜け落ちているように見える。
あくまでそう見えるだけで、実際はどうだか分からないのだけれども。
フィールは俺を見つめ続けるだけで、体を起こそうとはしない。まだ若干眠いのだろう。
……なお、そのせいで俺もベッドから出られないのだが。
手足共々フィールにがっちり抱き締められており、身動き一つ取ることさえままならない状態なのだから。
ステータスの筋力はこっちが高いのだが、態勢的に振りほどくのは相当キツそうな気がする。
何より、下手に振りほどこうとすると触れちゃいけなさそうな場所に触れそうで怖い。
「えっと、その。起きたのなら腕を離してくれると嬉しいんだが。この体勢じゃ起きれないし……」
だから、若干申し訳ないのだが俺はフィールに離してくれと告げてみる。
だが、
「……もうしばらく、こうさせて」
フィールはこういうと俺を抱きしめる力をより一層強くしただけで、離そうとはしない。
一応予想していた事ではあるのだが、若干居心地が悪い。
抱き締められていることは気持ちよくてしばらくこうしていたいという気持ちはある。
だが、この部屋にはいるのだ。この状況を見たら、いろいろと言ってくる奴が2人程。
「え、まあ、別にいいんだけども……美雪とかビアンカとかに見られたら厄介な事になるだろ?」
俺はその懸念を一応フィールに伝える。
しかし、
「……?2人ならもう起きて、街を散策しに行ったけど」
「……はい?」
「『偶には2人きりでごゆっくり』だって。だから、厄介な事にはならない」
「……マジで?」
「マジで」
予想外なことに、2人は今の光景を見ても騒いだりせずに街を散策しに出たという。
あの2人なら、絶対に何かしらのアクションをとるかと思っていたのだが……。
何か、企んでいるような気がしてならない。
「……あ、それと、『正午になったらお城前に集合ね』って言ってた」
「彼奴ら……」
そして、フィールが忘れてたかのようにそうポツリと大事な事を呟く。
2人で何をしているかは分からないが、正直不安でしか無いのが俺の意見だ。
「……んで、今何時位だ?」
「ん……多分、10時位?」
「微妙な時間帯だなぁ」
集合時間までは凡そ2時間。
フィールの言う通りなら、もうしばらくこうしてても問題は無いのかもしれない。
フィールもそう思ってるため、俺を離さずに抱きしめているのだろう。
「……それにしても、懐かしい」
「ん?」
「夢幻列島で過ごした日を、思い出す」
「ああ、それな。確か、ほぼ毎日抱き枕にされ続けたんだったか?」
「うん。……始めの方は力が弱くて、私の思いのままだった」
「……寝ぼけながら骨折られた記憶があるんだけど」
「……オボエテナイ」
「片言じゃねえか」
夢幻列島から降りた後は、それまでみたいに毎日同じベッドで眠るなんて事はしていなかった。偶にしていた事はあったけども、こう言われると確かに懐かしい気がする。
まだあの時から半年も経っていないというのに。
「あの場所であった事を体験してるのは、お前と俺だけなんだよな」
「……うん。あの時は、ビアンカも美雪もいなかったから。彼処での試練を乗り越えたのも、私達だけ」
ビアンカは魔族国で一緒に行動を始めてから、美雪はウルブスで再会してから行動を共にしている。
だから……旅が始まってから今までのことを全て自分の目で見てきたのは、俺とフィールの2人だけなのだ。
「そう思うと、少し嬉しい」
「お、おう……」
フィールは、息が掛かるかと思う程に顔を近づけてそう微笑む。
そこまで嬉しそうに言われると、言われてるこっちが恥ずかしくなってくる。
もっとも、顔を背けることさえ出来ない状態なのだが。
「……っと、ところで、本当にこのままでいいのか?」
「……?というと?」
「いや、偶には2人きりでデートしたい、とかいう気持ちはないのかって事」
だからと言ってはアレだが、俺は露骨ではあるが話題をそらす。
今更ではあるが、こっちの世界に来てからもっとも長い間一緒に居た相手なのに、2人きりでデートなんて事はした記憶がない。
何せ、夢幻列島を降りたその日の内にビアンカと出会ったのだから。
だから、偶にはそういうのもいいと思った。
「……確かに、それも捨てがたい」
フィール的にもその提案は悩ましいもののようで、割と悩んでいるようである。
そんな感じで30秒くらい悩んでから……フィールは結論を出す。
「……行きたい」
「はいよ」
フィールはそう言うと、抱きしめていた腕を離してから起き上がる。
どうやら、彼女の天秤はデートのほうに傾いたようだ。
俺の視線は全く気にしないで着替え始めたのを見る限り、行くと決めたからには時間を無駄にはしたくない、という考えなのだろうか?
……一応俺の名誉のために言っておくが、見たのは初めだけだ。それも脱ごうとしてるところで既に目は逸らしたから下着とかは見てない。
……なお、夢幻列島にいる時に何度も裸を見たことあるだろというツッコミは無しである。
俺もフィールが着替えてる間にチャッチャと着替え、出掛ける準備を整えてく。
まあ準備と言っても大半の荷物は空間魔法で保存してるから取り出す必要すらないんだけどな。
「……ごめん、待たせた」
「いや、問題ない。寧ろ、女の子の準備って時間が掛かるって聞いてたからここまで早く準備が終わるとは思ってなかったんだが」
「……別に、化粧とかしないし」
「まあ、それならそうか」
と、俺が準備を終わらせたちょうどそのタイミングでフィールの準備も終わったようで、俺の後ろから声が掛けられる。
服装はいつも通り黒いワンピース姿であり、大人らしさとともに可愛らしさも醸し出している。
それにしても、化粧しなくても全く違和感が無く美しいと思えるのはやっぱり異常なのだろうか。
……地球の人からしたら羨ましい限りだろうなぁ。
「……じゃあ、行こ?」
「おうよ」
フィールはそう言いながら、しれっと俺の手を握り歩き出す。
当然、俺もそのフィールに合わせて歩みを進めていく。
……ビアンカと美雪には悪いけど、偶にはこういうのも悪くないかもな。
そんな事を心の奥底で考えつつ、俺達は宿屋から出て大通りへと向かっていった。
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「……おじさん。串焼き2つ」
「はいよっ!」
適当に露店で食べるものを買いながら、俺たちは大通りを見て回る。
魔族国の首都と比べると雑多な雰囲気だが、その分見える店の種類は豊富だ。
正直、2時間じゃ足りない気もする。
「……珍しそうなものがいっぱい」
「だな。でも、骨董品店なんてスキルがあるこの世界じゃやり辛い気がしなくも無いが」
「店主も鑑定が使えるんじゃない?」
「……ああ、そうか。なんか、偽物を高値で吹っかける光景を予想してたわ」
「……お主も悪よのう」
「そんな言葉何処で覚えたんだ?」
「ミユキに教えてもらった」
「ああ、うん、なるほどね……」
もっとも、あくまで種類豊富なだけであり胡散臭そうな店や酒場みたいに俺たちが入る意味がない店など今見る価値がありそうな店は大分少ないのではあるが。
「……意外に、買えるものが少ない」
「まあ、うん……そりゃあ、な?」
1番問題だったのは、消耗品で無いものを買うのに若干抵抗がある事だ。
「強度が足りない」
「記念にお揃いのアクセサリとか買ってつけても、戦いの時に壊れたりしたら悲しいなんてものじゃねえからな」
そう、問題は強度なのだ。
例えばペアリングでも買ったとしよう。
だが、それを着けて戦った時に打ち所が悪くて壊れてしまったら。
それは流石に嫌だ。
なら頑丈なものを選べと言いたいが、そもそもそんな頑丈な物はそうそう売っていない。
服でさえドラゴンの皮で作ってるくらいなのだから、せめて同程度の頑丈さは欲しいところだ。
「……雰囲気も何もあったもんじゃねえけど、今度一緒にアクセサリでも作ってみるか?」
「……いいの?」
「当然」
「……じゃあ、お願い」
ということで、結局買うことはせずに久しぶりに生産活動を行うことが決定する。
いつもと違ってフィールも一緒なので、デザイン性でもいい作品が出来ることだろう。
「時間があれば今晩にでもやろうか。……っと、なんか向こう騒がしくねえか?」
と、そんな会話をしてる途中で前方の方で大勢の人が騒いでいるのが聞こえてくる。
「……何かあったのかな?」
フィールも気付いているようなので、決して気のせいでは無いのだろう。
果たして何が起こってるのかが気になるところである。
「折角だから行ってみようか。何か面白いのが観れるかもしれないし」
「賛成」
だから、俺たちはその騒ぎの起きている方向に進んでいく事にする。
近づいてみると、そっちの方には結構な量の人が溜まっており、その騒ぎの根源を見るのは若干面倒くさそうだ。
……本当はそれでも気になったので掻き分けながら進もうと思っていたのだが、周りの人から聞こえた言葉で俺たちはその足を止める。
「うぉぉおおお!!この嬢ちゃん達強えぞ!」
「く、屈強な男がいとも簡単に投げられていく……あれ13人目だぞ!?」
「いや、あの投げ飛ばしてる黒髪の嬢ちゃんも凄いが、関節決めてるメイドさんもかなりの手練だ!」
「けしから……もとい、羨ましい!くそっ、俺も逝ってく……ぶべらっ!?」
「投げられたむさ苦しい男にぶつかって撃沈か。……哀れだな」
どうやら、あの人混みの向こうでは2人の女性が迫り来る男達を返り討ちにしている光景が広がっているらしい。
……でも、その2人って俺の知ってる人のような気がしてならないんですが。
こっちの世界って黒髪の人少ないから黒髪の嬢ちゃんっていうのはまず美雪だろうし、そうなると関節技決めてるメイドっていうのはビアンカ意外いない考えられない。
フィールもそれには気がついたようで、静かに踵を返している。
まあ、どういう経緯でこんな事になったかは不明だが下手に関わるだけ厄介なだけだろうしな。
「……聞かなかったことにしよう」
「賛成。まあ、適当に見て回ろうか」
結局、美雪達には今は関わらないようにしつつ、俺たちはまだ見てない店を探しながら昼頃までデートを楽しむことにした。
……とは言ってもあれ以降いい店は見当たらなかったので、何となく「極大ステーキ!見事食べ切れたら0ゲルト!」とかいう企画をやってた店に殴り込みを掛けて2人揃ってぺろりと平らげ店主を泣かせた事くらいしか出来なかったのだが。
日常回です。
いやぁ、平和ですねぇ。
ところで皆さんなら、「嵐の前の静けさ」って言葉は知ってますよね?(ゲス顏
ところで、あまりにも出てくる頻度が少ないので忘れている人もいるかも知れませんが、「ゲルト」っていうのはこの世界のお金の単位です。
まあ、ニュアンスで分かるとは思いますが。
……ちなみに調べてみたら、最後にこのワードを使ったのが凡そ2ヶ月前でした。
そもそも第5章始まってからそんなに経ってる事に驚いていますけどね。
更新速度上げねば……。




