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10話 馬車、辛い

「ミユキちゃん!それに皆も!」


「フローレちゃん!2日ぶり!」


 俺たちは、朝早くにフィーネの外でフローレ達と落ち合った。


 今日からしばらくの間は、超がつくほど久しぶりの冒険者としての活動の一つ、護衛である。受ける成り行きが冒険者としてはおかしいが、その辺は気にしない方針でいく。

 

 そこにいるのは、フローレ、ブラド、シルフィアの3人だ。 だが、フローレに関しては遠目では少し分かりづらかった。


 伊達眼鏡と帽子を被って、服装を庶民っぽい服装にしていただけだったのだが……思いの外分かりづらくなるものである。


「悪いな、待たせちまったみたいで」


「問題ないわよ。そもそも、まだ集合時間にすらなってないんだから」

 

 なお、今は集合時間の30分くらい前だ。てっきり誰も居ないと思っていたが、既に3人ともいたので若干申し訳ない気持ちになる。


「で、コレが今回使う馬車か?」


「ああ、そうだ。見た目は貧相に見えるが、品質は上等な奴だから乗り心地は良いはずだ」


 そして、俺は3人の後ろにある馬車を見てそうたずねる。


 飾り気などは一切ない馬車ではあるが、目立たない為にはこういうのが一番いいのだろう。盗賊としても、襲うなら金品を多く持つ馬車を狙いたいだろうし。


「……そう言えば、俺馬車に乗ったことないなぁ」


「おい!?それマジか!?」


「ああ、マジだ。多分、フィールもビアンカも乗ったこと無いんじゃないか?」


 今更だが、俺は馬車に乗った事がない。


 異世界物とかでは定番の移動手段の筈なのだが……空を飛べる以上乗る意味が全く無かったのだ。


 フィールは大分前から夢幻列島にいたから乗る機会すら無さそうだし、ビアンカもずっと地下暮らしだったから、2人も乗ったことは無いとは思う。


「確かに、私も乗ったことはない」


「同じくですね」


 そして、本人たちも乗った事はないと断言する。それは自信を持って言う事では無いと思うが、気にしてはいけないのだろう。


「……馬車って慣れないと割と酔うんですが、大丈夫ですかね?」


 それを聞いたフローレは此方に心配そうな目を向けてくる。


 曰く、馬車はかなり上等なもので有ろうとも揺れは少なからず有るようで慣れていない場合酔うことも多いのだと。


 確かに、サスペンションなんて物はないし街道の整備も地球に比べたら疎かな方だ。


 それを考慮すれば、衝撃が激しいのも無理は無いだろう。


「まあ、日常的に空飛んでるんだから多分大丈夫だろ。それと、そろそろ出発したほうがいいんじゃないか?」


「あ、そうですね。では、皆さん乗って下さい」


 俺は、それに問題ないと伝えると同時にフローレにそう言う。


 すると、それに反応してフローレがそう全員に声をかける。


 それを聞いた皆は速やかに馬車に乗り込んでいく。なお、御者台にはブラドが乗り込んだ。


「おう、じゃあ出発だな。長旅になるから覚悟しとけよ?」


「へいへい。まあ、たまにはゆったりした旅もいいだろうしな」


 そして、全員が乗り込んでからゆっくりと馬車が動き出す。


 この時、俺は知らなかった。


 これが、未だかつてないほど苦痛に満ちた旅路になるということを。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぅ……ぁ……!」


「完全に酔ってますよね、これ」


「ええ、完全にね」


「昔の私も此処までは酷くはなかったです」


 頭が、グラグラする。


 視界が、霞む。


 まるで天地がひっくり返ったかの如く、世界が荒れ狂って見える。


 頭の中が掻き回されるように、意識が乱れていく。




 このまま俺は、死ぬのだろうか?


 そんな思考が、頭に過る。


 

 

 まあ、そんな冗談はさておき。


 簡潔に言うと、馬車酔いがヤバかった。


 馬車に乗って10分程で此処まで行くとは全く予想していなかった。そのせいで、酔い止めを作るどころか取り出すことすらできない。


 マジで酔いすぎたせいで、魔力の制御すらまともに出来そうに無いのだ。と言うより出来ない。


 出来さえすればどうとでもなったのだが出来ないことを言ってもしょうがない。


だから、今こうして苦しんでる訳なのだが。


「空飛んでても酔わないんですけどねぇ。馬車だと此処まで酔うんですか」


「……寧ろ、なんで、お前らは、酔わねえんだよ……」


「……さあ?」

 

「気楽な顔、しやがって……」


 ビアンカとフィールは普通に元気そうな顔をしていた。此奴らも乗った事はないと言っていたのに、こうなっているのは俺一人だった。


 心の底で、理不尽だ、と思ってもそれは仕方がないと思う。


「な、なんなら少し休みますか?少し位なら、別に問題は無いですよ?」


「いや、別に、構わねえよ……」


 フローレは俺の方を心配そうに見ながらそう言ってくれはしたが……俺はそれを断る。


 普通に申し訳無いという感情が6割位はあったのだが……残りの4割は、完全に私情だ。


 こんな最悪の旅はさっさと終わらせたい。だから、休む暇があるならもうノンストップで進んで欲しいという理由である。


 一応夜になったら野営する事にはなるのでそこまで我慢すればいいだけのこと。俺は自分にそう言い聞かせる。


「で、でも無理だけはしないで下さいね?いざという時に戦えないなんて事になったら本末転倒ですし」


 それに対して、フローレはそんな不安を伝えてくる。


 確かに、護衛が戦えない状態だなんてのは最悪以外に言いようが無いだろう。


 今は確かに俺は戦えそうにない。だが、あくまで"戦えない"だけだ。


「周囲への被害度外視なら、適当に暴れりゃどうとでも、なるだろ……」


 戦いにすらならない相手を倒す位なら普通に可能だ。適当なもので叩きつければ俺の筋力なら並大抵の敵は耐えられないだろうし。


 それに何より。


「そもそも、魔物とか、盗賊とか、そういうのが出てきそうになったら……でてくる前に、フィールが屠るだろうし」


 対遠距離のフィールがこんなにもピンピンしているのだ。馬車内からでも、外に潜む者を葬るのは彼女なら容易いことだ。


 ……こういうと、フィールが殺し屋にしか聞こえない気がしてきた。

 

「……まあ、今回はまだ誰も潜んでなかったけど」


 そして幸い、今のところは誰も潜んではいなかったとフィールは語る。倒せるのを否定しないあたりが実に恐ろしい。


 それを察したシルフィアとフローレは若干だが顔を引き攣らせた。


「……もしも此奴らが敵だったらと思うとゾッとするわね」


 もしも、俺たちが敵だったとしたら勝機はあるのか。シルフィアの頭の中にはそんなことが思い浮かんでたようだ。


 もっとも、勝ち目なんてまず無いと思うけど。


「……なんなら殺り合ってみるか?」


「そのグロッキーな状態でも勝てる気がしないから遠慮しとくわ」


 それはシルフィアもよく分かっているようで、俺の提案は即座に断られる。


 命の危険が無い模擬戦とかなら俺は楽しいと思うので近々誰かと戦いたいような気はするが、この様子だと誰も戦ってくれなさそうな気がしてきた。


 え?フィール達と戦えと?ですよねー。


 まあ、今フィール達と戦ったりしようものなら勝ち目は無いのだけれども。


「っ、あはは、もう駄目だこりゃ。もう視界が歪んでるわ」


 あれから更に悪化した酔いによって、俺の視界がもうおかしなものへと変わっていく。


歪んで、霞んで、そして回る。もう、あぶない薬でも飲んだのか?と自分に聞きたくなるような光景だ。


 要するに、もう限界っぽい。


 何せ、俺の喉元には熱い何かが込み上げてくる感覚がはっきりとしているのだ。


それが何かは言及はしたくないが……もう、それが上がりきるのも時間の問題だろう。


 それは抗っても止められるようなものではない。


 だから、俺はそれによる被害を出来る限り減らすために一旦外に飛び出そうとしたのだが……


「……『再生』」


美雪のその言葉によってもたらされた癒しにより、俺のその行動は止まる。


「確かに辛そうなのは分かったけど……私がいるの忘れたりしてないよね?」


 美雪は俺の方をにっこり見ながらそう微笑む。だが、その顔には若干の怒りの感情があるように見えてならなかった。


 確かに、俺は今の今まで美雪に頼るという選択肢を考えてすらいなかった。


 俺以外は誰もよってすらいなかったのだから、今みたいに魔法は使えるというのに。

 

「マ、マサカ。ソンナコトアルワケナイジャアナイデスカ」


 そして、美雪の気配に押された俺の声は片言となってしまう。


 勿論、そんな声で返事をすれば……


「そっか。忘れてないなら良かったよ。……海斗くん、後でお説教ね」


「……ハイ」


 美雪からは、お説教(死の宣告)が贈られる。


 俺はそれを断ることさえ出来ず、後で相当長い時間説教される事になったのだが、それはもう語りたくはない。


 


 あ、それと馬車酔いの件だが、自分でサスペンション付ければいいという事に気付いたのは道のりが半分位過ぎた後の事だった。

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