6話 王女は恋敵に入りますか?
「王女は領主の屋敷にいる、かぁ……」
「まあ、下手な所よりはよっぽど安全でしょうね。……何かあったら巻き添えくらいそうな場所ですけど」
「ハイドさん、護衛の件って言えば入れるって言ってたけど……本当かな?」
「ダメならどうにかするだけ。何も問題はない」
ギルドにいるハイドは、『門番に護衛の件って言えば入れてもらえる筈だよ』と言っていた。まあ、簡潔で良いんだろうが……本当にそれで大丈夫なのだろうか?
屋敷は街の中央にある最も大きい建物で、もう俺たちはその目の前にいる。立っている門番は、壁に寄りかかっている不真面目そうな一人だけである。出来れば、話しかけたくない。
だが、話しかけなければ屋敷には入れない。だから俺は、嫌々ながらもその門番に話しかけてみる。
「ちょっと良いか?」
「……あ?なんだよ」
「護衛の件で来た。通してくれ」
俺は、簡潔に用件を告げた。これでそのまま通れれば楽だったのだが……予想通り、そうやすやすとはいかなかった。
「……そんな話は聞いてない。帰れ」
「……ですよねー……」
駄目でした。話が通って無いのか、この門番が忘れているのか、はたまた別の要因か……どうなんだろうな?
「本当に聞いていないのですか?」
「ああ、そうだ。だから、さっさと帰れ」
門番はそうはっきりと断言する。ここまで言い切って忘れているだけだとは思えないが……そもそも聞いてない場合は色々と面倒なことになるんだよなぁ。
まあ、無理だろうが一応正直に言ってみるか。幸い、此奴以外に近くに人はいねえみたいだし。
「この屋敷にマンサーナ王国の王女が居ることは分かってる。俺たちは、その護衛に加わった冒険者だ。少し事情があって、王女に直接会いに来た」
「……ちょ、ちょっと待ってろ。領主に直接聞いてくる」
俺が正直に言うと、門番は大急ぎで屋敷に入っていく。入って行った後扉開いたままなのだが、門番としてそれは如何なものなのだろうか。
「……一件落着?」
「だといいけどね。「言いぃぃ忘れてぁぁぁあ!すまんん!!」……何か、すごい声が聞こえなかった?」
「……ああ、聞こえたな。しかも、二階あたりから」
「……しかも、その気配窓に向かって全力で向かってますよね。これーー」
バァン!
ビアンカが言葉を言い終わる前に、二階の窓が開け放たれ……そこから、1人の男が高速で回転しながら飛び降りてくる。……この時点で、さっきの門番より関わりたくない雰囲気がプンプンしている。
その男は身長こそ低そうだが……筋肉は物凄い付いているのが見て取れ、キツそうな服を着ているのも相まって物凄い存在感を醸し出している。
その男は、忍者みたいにスタッ!と着地すると、くるっと一回転して俺たちの方に向き直り……その口を開いた。
「申し訳ないぃぃ!!俺の連絡不足だぁぁ!!」
その男から出たのは物凄く煩い声。どれくらいかと言われたら、俺とフィールでさえ一瞬怯みかけた程だ。……しかも、この態度からして此奴って……。
「申し遅れたぁぁぁ!!俺はマルダぁぁぁ!!水上都市フィーネの領主だぁぁぁ!!」
やっぱりか。よりにもよって、こんなのが領主なのか。
「お、おう。俺はクロノだ。で、護衛の件だが……」
「分かってるぅぅぅ!!!取り敢えず入れぇぇぇ!!話はそれからだぁぁ!!」
俺が手短に名前だけ告げると、領主マルダは屋敷の中に入るように言ってくる。……入らなきゃいけないけど、こいつと同じ建物には入りたくねえなぁ。声むっちゃ響きそう。
「……えっと、お邪魔……します?」
「し、失礼します」
フィールもビアンカも、若干逃げ腰になっているのを見ると考えは同じなのだろう。……距離が近いせいで、此奴の声ドラゴンのそれと同じ位うるさく聞こえるからなぁ。
だが、意外にもマルダは屋敷に入ってからは一言も喋らず黙々と廊下を歩いて行き、一つの扉の前で立ち止まる。
「この中に王女様がいる。粗相のないようにな」
「……お前、普通に喋れるなら初めからそうしろよ……」
マルダの口から出たのは、普通の音量の、普通の声だった。さっきまでの騒音なんて感じさせないほどに、普通の声だったのだ。俺がつい突っ込んでしまっても仕方がないと思う。
「流石にあの声をずっと続けてたら喉が死ぬし、この中に王女様もいるって言っただろ?そんな事は流石にしねえよ。……つーか、俺には別に構わないが、王女様には敬語は使えよ?」
マルダが言うには、あの声が素なのだが、状況や喉の調子によってはこういった普通の声を使っているらしい。……寧ろ、今の方が無理してる状態なんだな。止めてくれ。
なお、マルダが敬語を使えと言っているが……使う気はさらさらない。今に満足してはいるがあんな出来事があってなお敬うのは俺には無理そうだ。せめて対等程度じゃないと無理な気がする。
「無理だ。「おいぃ!?」入るぞ」
俺は3文字で否定の意を伝えて、即座に部屋に入る。そして、部屋の中を見ると、椅子に座り窓から外を見つめている1人の少女がいる。
金髪のサイドテールをしており、横から見える瞳は碧色に輝いている。そして、その服装は王女とかが着てそうなドレス……いや、着てるのは王女だから当たり前なんだけど。
要するに、王城で出会っていたフローレ本人だ。そして、フローレはこちらに振り向きながら口を開く。
「あなた達が新しい護衛の方で……す……!?」
「新しい護衛の方ですね?」とでも言おうとしたのだろうが、その言葉は途中で止まる。そして、まるで陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。
「5ヶ月ぶりだな、フローレ」
「久しぶり、フローレちゃん」
俺と美雪は、そんなフローレに簡潔に挨拶をする。なお、それを聞いてマルダは「ちょっ、おまっ、呼び捨てはねえだろ呼び捨ては!?」とか言っているが、それについてはガン無視する。
「カ、カイト……さん?」
「ああ。5ヶ月前に島流しになった海斗なら俺のことだが?」
俺が生きていた事は忍達が伝えて知っていた筈だが、まさかこんな所で出会うなんて思っていなかったのだろう。目に見えて動揺が現れてしまっている。
「……良かったです、貴方が生きててくれて……。そしてあの時は、私達には何も出来ませんでした。本当に、申し訳ございませんでした」
そして、しばらくの沈黙の後。フローレは、涙を流しながら俺に頭を下げてきた。あの時彼処に此奴はいなかったとはいえ、相当後悔していたようだ。
なお、後ろでマルダは唖然としている。事情を知らない此奴からしたら、一国の王女が一介の冒険者に頭を下げている光景なのだから、当然の反応だが。
「今何を言っても、過去は変わらねえよ。……でも、あの時あの事件があったから今の俺たちが此処にいる。お前を恨んでもいないし、どうこうしようとも思わない。だから、頭を上げろ」
俺は、王女にそう告げる。過去は変わらないが、そこで得たものはある。だからそこまで謝る必要は無いのだと、そう伝えた。
それを聞いて、フローレはゆっくりと頭を上げた。まだ涙を流しているものの、俺が気にしていないことをその目で確認したからか幾分かマシな表情にはなっている。
「……わー、海斗くんフローレちゃん泣かせたー」
「ちょっ!?俺の所為か、これ!?」
だが、そこで美雪が茶化してくる。真面目なところなのだから止めろ言うべきなのかもしれないが、恐らく場を和らげる為の美雪なりの配慮だろう。
「ありがとうございます、ミユキさん。……でも、もう大丈夫ですから」
フローレもその意図は汲み取ったようで、美雪に軽くお礼を言いながらも大丈夫な事を伝える。
「……何が起きてんだ?これ」
「あー……まあ、色々とあったんだよ。色々と」
「説明になってね……って、おい!?何をすーー」
そんな事をボソリと言ったマルダに俺は説明になってない説明をした後、俺はマルダをそっと扉から押し出しそのまま鍵を掛ける。これで、邪魔者は居なくなったな。
「良かったのですか?」
「いいんじゃ無いかな?居てもいなくても関係無いし」
「……いや、駄目だと思うんですが。それに、ミユキさんも何で納得してるんですか。前はもっと常識があったと思うんですが……?」
フローレは、美雪の変化に若干戸惑っているようである。だが、もうあの時の美雪はいない。何せ、
「フローレちゃんフローレちゃん」
「な、なんでしょうか?」
「常識はかなぐり捨てるものだよね?」
「違います!かなぐり捨ててどうするんですか!?」
もう、こんな事を堂々と言い放つくらいになってしまっているのだから。俺が言えた立場でもないが……もう、完全に手遅れだ。そして、それを否定するものも此処には居ない。
「常識なんてあってもどうにもなりませんよ?」
「……2人に同じ」
「……もしかして私がおかしいんですか?」
ビアンカもフィールも、そんな事を言っている。俺も常識なんてものは気にしてない以上、此処にいる中でまともなのはフローレだけである。
「落ち着け、おかしいのはお前以外の全員だから」
「……はあ、カイトさんもそっちなんですね」
そして、俺が言った一言によりフローレは諦めの表情になる。まあ、俺もそれが一番いい対応だと思うけども。
「それにしても、まさかこんな所で会えるだなんて思っていませんでしたよ。帰る手段を探す旅をしていると言っていたので、当分会えないと思ってたんですけど」
「それは俺も思ってたな。王国の王女が、帝国にいるとは思ってなかったし」
「カイトさんの集めた情報が重すぎたからこうして帝国まで出向いているんですけどね……」
「……うん、なんか、すまん」
フローレも俺も、こんな所で会うとは思っていなかった。いなかったのだが、フローレが此処にいる原因に俺が関わっていたようである。多分、忍達が持って帰った情報だろうな。
「別にいいですよ……それと関係無いですけど、本当にハーレム作ってたんですね。シノブさんから聞いてはいましたけど」
「……あいつ、根も葉もない事言ってないだろうな……?」
「あの方が嘘を吐くとは思えないですけどね……」
「あいつ、嘘つくときは少ないがつくときはあるぞ。割と表情の管理も上手いから現在進行形で騙されてるかもな」
「えっ!?そ、そうなんですか!?」
フローレは、俺が伝えた情報に戸惑っている。だが、これに関しては間違いではない。
忍は嘘はほとんど吐かないものの、その回数が少ないせいで見分けるのが難しかった。
と言っても、ツメが甘いのが彼奴なのだが。テストの赤点を隠すために全力で嘘を吐いてほぼ全員を騙せていたのに、それを仕舞う時にうっかり落として嘘がバレた、なんて事もあったし。
「気になるなら今度本人を尋問してみたらどうだ?……って、三人とも黙り込んでどうした?」
俺がフローレと会話している途中……後ろから、何やら不穏な気配を感じた。振り向くと、黙りこくってフローレに対して何か警戒している目を向けているフィールとビアンカ、そして何かを察したような目をした美雪がいた。
「……随分、仲良さそう」
「四人目ですか?一体、何人侍らせれば気がすむんですか?」
「おいそれはどういう事だこら」
そして、フィールとビアンカの落とした発言は俺的には見過ごせないものだった。訂正しないと、とても不名誉なものだったから。
確かに、普通に会話はしていた。だが、何故それでハーレム入りか?などと疑われなきゃいけないのか。
「そのままの意味ですよ?随分仲よさそうでしたし……」
「だから、なんでそれだけでそんな結論になるんだよ!?」
「わ、私は……その……」
「……ほら、今だって戸惑ってる」
「で、でも私には……!」
俺もフローレも必死に否定するものの、二人は諦めようとしない。だが、そこに一人助けが舞い降りた。
「はいはい、そこまでだよ」
それは、さっきまで察したような目をしていた美雪だった。今は、比較的真面目っぽそうな目をしているが。
「……なんのつもり?」
「これ以上恋敵が増えるのを見過ごすんですか?」
二人は、間に立った美雪を威圧しながらにじり寄る。だが、美雪は平静としていた。そして、ゆっくりと確信を持った声で言う。
「確かに、本当に恋敵が増えるなら私だって黙ってないよ。でも、フローレちゃんは違うみたいだからね」
「ど、どういう事、ですか?」
美雪はフローレの方にゆっくりと向き直りながら言う。その視線を浴びながらフローレは戸惑っているが、美雪はそれを優しそうな目で見ていた。
「私だって、恋する乙女なんだよ?恋をしてる人の目位分かるよ。……いるんだよね?海斗くんじゃない、別の想い人が」
「ーーっ!!?」
そして美雪は、フローレが恋敵にならないという理由を、はっきりと言い切った。




