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電光石火

「抵抗は無意味」


 マリはオレに向かって言った。


「さて、脱走王子?」


「!」


 知っていたのか。


「滅びた王家の末裔、というのは本当?」


 声も出せないほどにじたばたと苦しむルーヴァを吊り上げたまま、オレの首にも手を伸ばして言った。そこには感情らしきものはない。


 偽証すれば殺すという意思表示だと思う。


「い、いいえ。奴隷商人が勝手にそう名付けただけです。顔も知らない両親がオレに与えた名前はテオという部分だけです」


 自分を偽る理由はないので素直に答える。


「本当なのね?」


「ルブルクに連なる人間がいるかいないかすらわからないとは以前の主人に聞きました。あるいは関係がないとは言い切れないかもしれないですけど、少なくともオレが王家を名乗ったことは一度もないです。単なる売り文句ですよ」


「ふぅん」


 パッと、ルーヴァを手放してマリは沢山ある肩を竦めた。緊張がゆるんで、オレはびっしょりとかいた汗の冷たさに気づく。


「な、なんだったのっ」


 ルーヴァは苦しそうに言った。


「奴隷にまで落ちた王族と噂される人間が、魔王になろうとしてたら、人間への復讐なのかと思うじゃない? 実際、ルブルクが滅びたのは人間の裏切りが原因だとも言われてるし」


 マリは言う。


「男に免疫のないルーヴァがこの絶世の美少年に誑かされたのかと疑ってたのよ。危なかった。売り出された頃に出会ってたら、一緒に人間を滅ぼそうって言ってた」


 イケメンが通じてないのかと思ったけど、嗜好が年齢に偏っているタイプの変態だったらしい。出会ってなくて良かったと思う。


 精霊界、たぶん滅びてた。


 十歳に満たない頃のオレなら、奴隷であることだけで人間へ復讐したいと思っていたからだ。薄汚さに慣れて、そこにある種の居心地の良さも存在することに気づく前。


「誑かされるのマリの方!?」


 ルーヴァは呆れていた。


「シドラーの城からルーヴァを連れ出した。それは功績だろうし、魔王と認めるなら勝手にすればいい。あたしは手伝いもしないけど邪魔もしない。身寄りのない十歳未満の子供を送ってくれさえすれば」


「賄賂の要求!?」


「……」


 オレにもそう聞こえた。


「賄賂? あたしの博愛精神を……」


「十歳を超えたら興味を失う博愛なんてないわ」


 ルーヴァはキッパリと言った。


「十歳を超えて、あたしの庇護下にいたら、その子供は自立できなくなる。断腸の思いで、十歳の誕生日に鞄一杯のお菓子を与えて放り出しているだけ。それまでに読み書き算盤、戦いの訓練、生き残るために必要な力は叩き込んでいる」


 マリはとうとうと語った。


「……」


 かなりの重症だな。


 しかし、精霊界では十歳まででも保護されるだけマシではあるし、読み書き算盤すら教わらないまま奴隷としてしか生きられない人間に育ってしまう場合も少なくないから必要悪かもしれないが、それがこの魔族の異常性的嗜好を正当化はしないだろう。


 本当に出会わなくて良かった。


「預けておいた荷物を受け取りたいんだけど」


 ルーヴァも話す気がなくなったようである。


「あと、わたしとテオ、あとニュドっていう目の種族がいるからその着替えも欲しいわ。お風呂もあるでしょう? 一晩ぐらい休ませて」


「目の種族の歳は?」


 この侍女はまったくブレない。


「……」


 ルーヴァは唇を曲げた。


 十歳未満なのか。


 確かに子供っぽい雰囲気はあったが。


「何歳なの?」


「八歳」


「それを早く言いなさい!」


 マリはルーヴァを突き飛ばして、停車してある獣車の荷台に乗り込むと何本もの手で胴上げでもするみたいにニュドを抱えて屋敷に戻っていく。オレたちに対する興味を完全に失っている。


「あれが魔族最強なのよ」


 残念そうにルーヴァが言った。


「戦争では、人間の子供を拾っては離脱しちゃうからまったく役に立たなくて、子供だったわたしを守らせようと侍女にしたんだけど、わたしが十歳超えたら守らなくなって」


「捕まってた訳だ」


 それはもう残念すぎる。


「荷物を引きとって、自分たちで出発の準備をしましょう。マリは本当に話にならないわ」


 ルーヴァはそう言って歩き出す。


「ところでさ」


 その後につづきながらオレは尋ねる。


「おねしょ姫って」


「テオ」


 バチン、と触れてもいないのに電気がこちらに流れ込んできた。ルーヴァの金髪が広がっている。さっきはスルーしてたから大丈夫な話題かと思ったけど、力の差あってこその冗談、つまるところパワーセクシャルハラスメントだった。


「ごめん」


「この魔力のせいなのよ」


 ルーヴァは溜息を吐いて言った。


「身体に取り込んだ魔素が、核を通って個人の魔力になるんだけど、魔力にはいくつかの系統があるのよ。わたしは見せた通り雷ね」


「うん」


 オレは頷く。


 おねしょの言い訳?


「雷の魔力は放出するだけでシドラーにやったみたいに攻撃にもなるのだけど、身体に纏っているだけで、感覚を高める効果もある。攻撃されたらすぐ受け止められたり、考えた瞬間に動いたり」


「なるほど」


「幼い頃はそういうのが制御できなかったりするのね。今はそんなことないけど、もう相手を嫌いだと思った瞬間には殴ってたりする訳」


 なんとなく言いたいことがわかってきた。


「寝ている間におしっこしたいと思うと」


「そういうこと」


 ルーヴァは赤面して頷いた。


「我慢するとか考えるより先に出ちゃうのよ」


「大変だったね」


 しみじみとオレは言った。


 想像するだけで、苦労は尋常じゃない。


「そうなの。鼻血が出ちゃうのも」


「ああ……」


 幼い頃はおねしょだったものが、今では鼻血になっていると、いやらしいことを考えた瞬間にもう最大限に興奮しきってしまう。魔力、まったくもって魔力過ぎる。


 それはつまり。


「雷の魔力を持つ魔族って数が少なくて悩みとして共有してもらえないの。だからね、テオ、わたしこれからも失敗したりすると思うけど、軽蔑したりしないでね? お願いよ」


 ルーヴァってものすごい感度良い?


「軽蔑なんかしないよ。オレの方が酷いから」


 隣を歩く魔族の胸を見つめながら、そう言えばブラをしてないんだということをオレは思い出していた。胸の膨らみの先端を触ってみたい。そんな衝動にどうしようもなく襲われる。


「おしっことか人前でするものだったし」


 そんなことを考えて言葉を選べなかった。


「ごめんなさい。テオ、わたしそんな辛いこと思い出させるつもりじゃなかったのに」


 逆にルーヴァに気を遣わせてしまう。


「ち、違うんだ。なんていうか、あー、と。その、見せびらかすって気持ちいい? そうじゃないな。そうじゃなくて、見たかった?」


「見たかった!?」


 ルーヴァが真っ赤になった。


「違っ」


 言うべきことを思い切り間違えた。


「見たくないの!?」


「え? あの見たから、見せたい?」


 なにを言ってるんだろう。


 オレはルーヴァと出会ったときのことを思い出した。思いっきりトイレの最中にお邪魔している。漏らす前にこまめに行く習慣が出来上がっているんだろうとかそんな話でもなく。


「ふぶっ」


 ルーヴァは鼻血。


「見せられたら、わたし死んじゃうかも」


「……」


 夫とか紹介しておいて、それで大丈夫なんだろうかとも思うが、なんだか嬉しそうなのでそれ以上はなにも言わなかった。もう羞恥心などないから、見せろと言われれば見せてもいい。


 屋敷の庭は花盛りだった。


 全体として統一感はなく手入れはそれほど行き届いていないけれど、それぞれが元気なのを誇っているのは子供好きらしい庭なのかもしれない。ワイルドな仕上がりだ。


「喜ぶところじゃないのに」


 開け放たれた扉を抜けながらルーヴァは言う。


「いいよ」


 オレは首を振った。


「喜んでもらえた方が、オレの過去にも意味があったと思える。結局、そうじゃなかったら、オレたちは出会ってない訳なんだから」


「テオ」


 本当に王家に生まれていたら、おそらく魔族とは戦うしかない人生だっただろう。奴隷として育って、魔族も奴隷を使う人間も、どちらも好きになっていなかったから、比較的ニュートラルにルーヴァと接することができる。


 屋敷の中は少しひんやりとしている。


「本当に見せてくれる?」


「見たいの? 本当に?」


 とりあえずちゃんと加減はしようと思った。


 ルーヴァは間違いなく倒錯にハマるタイプだ。素直で真面目な人間ほど異常性に惹かれて飲まれてしまう。冷静になれないのだ。電光石火の速さで順応するのは目に見える。おそらく相当に快感に弱い。

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