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マリ・カーガー

 交代で獣車を操り、精霊樹に咲き乱れる花に透けた星空が、朝日に色を変えた頃、荒れた道が石畳に変わって屋敷が姿を現した。大きな町でもまず見かけないような立派な洋館だ。


 異世界で洋風というのも意味不明ではあるが。


 けれど、世界を管理してる神が共通しているのだからに似たような部分は出てくるのだろう。人間型をしているという共通点やイケメンの概念がかけ離れていないことなど、美しさを感じる基準みたいなものは同じな気がする。


「ルーヴァ、ニュド、着いたみたいだけど」


 オレは獣車を停めて、荷台で寝ている魔王の娘と一つ目少女に声をかける。二人はひとつの毛布に仲良くくるまっていた。春でも夜は少しばかり冷える。


「んん。おはよ。テオ」


 ルーヴァが身体を起こすと、その大きな胸に顔を埋めるニュドの短い髪の後頭部が見えた。なんてうらやましい状態なんだ。抱き枕みたいにしてるじゃないか。


「起きられる?」


 そしてその頭を撫でている。


「……」


 しかし首を振る。


「ダメみたい。目の種族は夜型というか、光に弱いところがあるから。ここで寝て待ってる? うん。うん、たぶん話が長くなるから寝てていいわ。でもあとでお風呂と着替えね?」


 ルーヴァは毛布を一つ目少女にかぶせて、自分は抜け出るとぐっと伸びをする。着替えていないドレスの胸元が開いてかなり目の毒だ。


 いや、立場的には堂々と見てもいいのか?


「風呂か」


 農場の奴隷になってからは入ってないから、すごい久しぶりだ。精霊界は水が豊富なのか、日本とそれほど変わらない入浴文化があるのだが、立場的にあまり堪能できてない。


 半分は仕事場みたいなものだったし。


「テオと一緒にお風呂っ?」


 ルーヴァは鼻血を垂らしている。


「たぶん死ぬでしょ、オレ」


 入りたいのは山々だが、魔族と人間の間にはスキンシップ以前の壁がある。差別でもなんでもなく、非常に現実的な魔力の壁が。


「むー」


 鼻血を拭いながら、頬を膨らませる。


「まずは、その侍女の人に会いに行こう。名前はなんて言ったっけ? マリ?」


「マリ・カーガー」


 オレとルーヴァは荷台から降りて、高い柵に囲まれた屋敷の門に向かう。話は聞いていた。魔王の幼なじみにして、魔族最強の呼び声も高いが、決してだれも魔王には推薦しない女であると。


「どちらさまですか?」


 門の前に立つと、その内側の庭木から子供がひょっこりと顔を出した。全身が体毛に覆われたサルっぽい雰囲気の魔族だ。


「ルーヴァ・パティよ。マリにそう伝えて」


「王女様!? わかりましたっ!」


 サル子供は頷いて地面にジャンプ、そのまま屋敷に走っていく。お尻も赤い。やっぱり異世界にも共通するものがあるようだ。


「王女ってあんな子供にも尊敬されてるのな」


「おそらく、そうじゃないわ」


 ルーヴァは少し表情を暗くしている。


「え?」


「あの子たちは、たぶんこっちで生まれた魔族の子だろうから。魔王の娘のことなんて知ってる訳ないのよ。わかっていたけど、やっぱり。こればかりはどうしようもないみたいね」


「なんの話なのか……」


「ルーヴァ!」


 屋敷の方から声がして、見ると、三階はある屋根の上で、腕がたくさんある女が手を振っている。あまりにも賑やかな動きで数えられない。


「はぁ」


 溜息を吐きながら、手を振り返すルーヴァ。


「ルーヴァ! ルーヴァなのね! よく無事で! すっかり薄汚れて! あっははっ! なんて情けない姿! それが魔王の娘の姿なの!?」


 屋根から飛び降り、ゆったりと歩きながら、大声で笑いながら喋っている。腕の一本は上品に顔を覆っていたけれど、他の数本はなんか喜んでいるみたいに楽しげに動いていた。


「落ちぶれたわね!」


 明るく言うセリフじゃない。


「だれのせいでこうなってると?」


「あたしのせいにされても困る。シドラー坊やの野心に無頓着だったのはルーヴァたちの方でしょ? 油断しすぎなの」


「わたしが捕まってるのに助けにも来なかった」


 ルーヴァは唇を尖らせる。


「だって、シドラー坊やったら、立派な屋敷をくれて、あたしの好きにしていいって言うんだもの。贈り物もこうして毎月くるし」


 マリが振り返ると、屋敷の中から子供がわらわらと飛び出してくる。いろんな動物みたいなのや、身体の各部が多いのやら、小さいのやら大きいのやら。だが、ともかく幼稚園か保育園かみたいなテンションの声が響いた。


「立派なものじゃない。人間に捕まった魔族の子供を取り戻してくるんだから、シドラー坊やを魔王に認めてあげなさいよ」


 走ってきた子供たちを腕で次々に抱き上げながら、マリは言う。なんというか、お母さんって感じの女性だった。外見的には若いようにも見えるけれど、しかしその力強さには経験を感じる。


「マリ。王女様?」


「王女様!?」


「あの王女様!?」


 子供たちが口々に言う。


「そう。あの王女様! なかなかおねしょが治らなかったあの王女様! 夜ひとりでトイレにいけない王女様! 魔王に叱られて家出したはいいけど魔獣に追いかけられて一晩中走り回った王女様! 可愛かったのよ? 本当に!」


 黒めの肌に、ふわりとしたグレーのボブヘア、肉感的な姿でなかなか圧倒される。悪く言えばおばちゃんって感じだ。これが魔族最強、と言われるとちょっと困惑する部分はないでもないが。


「おねしょ姫!」


「おねしょ姫、ほんもの!」


「おねしょ姫になっちゃうぞ!」


 それにしても王女、凄い慕われ方だ。


 反面教師なのか。


「……」


 顔をしかめるルーヴァがあまり詳しく説明しなかったのもわかるような気がする。侍女とは言うけど、父親と幼なじみという時点で乳母というか、実質的な母親みたいなものだ。

 

「で? なんの用なの?」


「なんの用ってことないでしょう? シドラーのところから出てきたから、預けてた荷物を受け取りに来たの。それとわたしの夫を紹介に」


「夫?」


「テオ・ルブルクよ」


「あら? ゴミかと思ったら人間だったの?」


「……」


 ナチュラルに無視されてるのは感じてた。


「ゴミとか言わないで! わたしを助け出してくれたんだから! そして新たな魔王になるんだから! そういう報告よ!」


 ルーヴァは怒っている。


「魔王? 人間が?」


 マリは子供たちをおろして屋敷に戻るように複数の手で示した。嫌な予感のする動きだ。自分の子供を溺愛する一方で、愛玩奴隷には歪んだ愛情を注ぐタイプは経験がある。


 暴力的衝動のバランスを取るというか。


「ふぅん?」


「!」


 腕の長さはバラバラだった。


 見えていなかった角度に隠されていたさらなる腕が伸びてきてオレの頭を掠める。豪快に空気を斬る音は、しゃがんでいなかったら粉々に吹っ飛んでいたのではないかという感じだ。


「勘は悪くないみたい」


「マリ! なんのつもりで」


「魔王になるんなら、あたしも従えるってことでしょう? あたし、あいつに負けたことはないけど、実力は認めてたから、ちゃんと従ってはいたの。その遺言だし、七人全員が認めるなら、それに従うのもやぶさかじゃないけど」


 いくつもの拳をボキボキボキボキと鳴らしながら、エプロンドレス姿の千手母さんがオレを睨みつけている。仁王像を正直思いだした。間違いなく魔王の風格はあると思う。まおかあさんとか。


「は、はじめまして、どうも」


 オレは言った。


 逃げたい。


 だが、もうあの腕のリーチの中だ。


「人間くさいから喋らないでくれる?」


 マリは赤い瞳でオレを見下した。


「若さ故の過ちは、大人が早めに潰さないと!」


 複数の腕が同時にオレを狙っていた。


 一本を避けても、確実に他で逃げ場を奪い、そしてしとめる。そういう攻撃なのは理解できた。ガードするしかない。それはわかったが、耐えられる予感はまったくなかった。


 死ぬ。


「やめて!」


 その横っ面を殴ってルーヴァが止めた。


「……」


 だが、マリの瞳は凶暴さを増すだけだった。オレに向かっていた腕が、一気にルーヴァに反撃しようと向かっていく。オレは荷物袋に手を突っ込んで例の石壁を握りしめる。


 死角に飛び込んで。


「子供のままごとなら可愛いけど」


 だが、マリの視線から外れたはずのオレの目の前には、腕の一本が迫っていて、のばした指で額を突かれ、背後に倒される。


「テオ!」


「まったく可愛くない。十歳以上は」


 オレに駆け寄ろうとした首を数本の腕が掴んでいた。ほとんど絞首刑みたいに吊り上げられて、ルーヴァがもがく。手も足も出ない。

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