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星空の下

 ごとごとした揺れで目を覚ます。


 荒れた路面を行く車輪。


「っ! 捕まった!?」


 オレの脳裏を過ぎったのは悪夢だった。


 脱走の果て、捕まっては奴隷市場へ運ばれる車内、奴隷商人による商品のチェック、薄暗い照明の下での出来事は思い出したくない。


 なんだかんだで奴隷を必要としている主人とは違って、気持ち一つで売る客を選べると言わんかりの商人の相手はこの世界で経験したことの中で最悪の部類に属している。


「……」


 オレの顔をのぞき込む一つ目があった。


「え? っと、だれ?」


「……」


 顔の半分ほどが目で、身長が人間の半分ぐらいの少女っぽい娘は、瞬きして会釈、幌のついた荷台から御者台へ、とことこと出て行く。


 すぐに車が止まった。


「起きたのね!」


 ルーヴァが荷台に入ってくる。


「目を覚まさないからどうしようかとっ!」


 勢い込んで抱きしめようと両手を広げたが、ハッとしたのか直前で思いとどまり自分の両肩を抱いて切なそうな顔をする。人間が感電死するかもという理性はあったようだ。


「あれ、からどうなったの?」


「シドラーにとどめを刺さずに助ける代わりに、ニュドと獣車を貰ったわ。こちらの世界じゃどこに向かうにも移動の足は必要だもの」


「ニュド?」


「……」


 一つ目の娘が頭を下げた。


「あの監獄でわたしの世話をしてくれていた子よ。魔力の弱い目の種族だから、テオに触ってもあまり影響がなくて助かったわ」


「……」


 ニュドが背伸びしてルーヴァの袖を引っ張る。


「そうね。本当にそうだわ」


「……」


「わたしの方こそ。ノアがあっさり手放してくれて助かったわ。せっかく友達になったんだもの。シドラーの城においていくのは忍びなくて」


「え? その子、喋ってるの?」


 目を合わせてなにかやりとりをしている風だったが、見ているオレにはまったくわからない。そもそもニュドには口がない。


「あ、テオには魔力がないから伝わらないのね」


「……」


 ルーヴァの言葉にニュドが頷く。


「目の種族はすごく遠くを見る目を持った臆病な種族で、魔界で外敵から隠れ潜んでたんだけど、そのせいで声を出す器官を失ってしまっているの。代わりに魔力で意思伝達ができるんだけど、人間相手だと受け取る側に魔力がないからどうしようもないみたい」


「そうなんだ」


 環境に適応したってことなのだろうか。


「……」


 ニュドは何度も瞬きする。


「でも気にしないで、って言ってるわ。二人の邪魔はしないから、ってもうっ。ニュドならわたしはテオを分かち合ってもいいのよ?」


 ルーヴァが軽く鼻血を出しながら言った。


 分かち合うの?


「……」


 瞬き。


「お似合いすぎる? 正直者なんだからっ!」


 もの凄い嬉しそうなルーヴァ。


「仲が良いのはわかったよ。その、よろしく。ニュド。会話はできないけど、一緒に旅をするってことになるんだよね? たぶん」


「……」


 オレが差し出した手の指先を握ってニュドはこくこくと頭を下げる。握手は精霊界でも一般的な挨拶の形だった。奴隷の売り買いが成立した後などに商人と主人が笑顔でやってるのを何度も見ている。あまり思い出したくはないが。


「!」


 ニュドの目が不意に充血した。


「テオ。変なこと考えた?」


「え? いや別に」


「……」


 ニュドが首を振る。


「刺激が強かったのね。うん。うん……ぶっ」


 言いながら、ルーヴァは鼻血を吹く。


「あのね。この子は触れていると心を読めるから、テオはあまり昔のことは思い出さないでね。ちょっと、わたしも萌えちゃうから」


「ごめん」


 たぶんオレの責任じゃないと思うけど。


 ニュドを荷台に乗せて、オレとルーヴァは御者台に並んで座り、獣車がふたたび走り出す。スイビフュという毛むくじゃらの温厚な動物が車を引くのが精霊界でのスタンダードだ。


 ニュドはこの生き物自体が苦手らしい。


「どこへ向かうの?」


「わたしの侍女のところね」


 オレの質問にルーヴァは答える。


「荷物を預けたって言ったでしょう? ニュドに確かめてもらったから、ディポント領内に今もいるのは間違いない。朝には着くわ」


「……」


 魔王の娘の侍女か。


「本当にオレを魔王にするつもりなの?」


 少し考えて言った。


「その、ルーヴァがオレを認めてくれたのは嬉しいし、そうでなかったら命もたぶんなかった。魔王になれっていうなら、頑張りたいとは思う。けど、他の六人の姉妹は、人間を魔王と認めてくれるような人なのかな?」


「んー、そうね。おそらく認めてくれないわ」


 あっさりとルーヴァは言った。


「!」


「確実に二人は人間を憎んでるのね。二人はわたしとすごく仲が悪くて、あとの二人はなにを考えてるかわからないわ」


「姉妹の関係、あんまり良くないの?」


 気の重くなる説明だった。


「母親がみんな違うのよ」


 ルーヴァは言う。


「それで母親同士がお父様を取り合うような関係だったから、それがわりと娘同士の関係になっちゃってるのね。わたしは仲良くしたいんだけど、正室の娘だから? みんなよそよそしくなっちゃう?」


「それって、つまり」


 新たな魔王を選ぶ条件の理由がわかった。


「そうなの。たぶんお父様はわたしたちに仲の良い姉妹になって欲しくて、あんな遺言を遺したんだと思うわ。わたしとしてはみんなの身代わりになったんだから、力づくでも認めさせるけど」


 血の気の多い発言。


「それはお父様の意図に反するよね」


 オレはやんわりと諫める。


 さすがに姉妹で殴り合った結果として魔王になるってのは違うと思う。仲良くならないにしても、もうちょっと穏便な解決策を探らないことには新たな魔王によって魔族がさらに分裂しかねないと思うところだ。


「お父様が甲斐性なしだから、お母様たちの争いが激化したのよ? こっちの世界に攻め込んだのだって、浮気がバレた勢いだったんだから」


 だがルーヴァはとんでもないことを言った。


「マジで?」


 それは精霊界の人間が浮かばれない。


 夫婦喧嘩の余波で侵略戦争を仕掛けて、やられちゃった男の後継者にされそうなオレの立場としてもちょっと聞き捨てならない。


「半分ぐらいは?」


「半分も?」


「その半分くらいかな?」


 ルーヴァはオレの反応にマズいことを言ったという意識が芽生えたみたいだった。しかしウソがつけないのか、冗談とまでは言わなかった。その性格は好ましいというべきか、甲斐性のないお父様をしっかり受け継いでるというべきか。


 色濃く影響を受けてるよな。


「その、さ。魔王にならないで、ルーヴァと幸せに生きる、とかじゃダメなのかな。それだったら、オレは……」


「うれしいけど」


 ルーヴァはオレの言葉に首を振る。


「わたしはやっぱり魔王の娘だから。この世界に取り残された魔族たちを見捨てたりはできない。わたしたち姉妹や、シドラーみたいに強い魔族はそれでも勝手に生きられるわ。でも、ニュドやノアみたいな弱い魔族はもし人間にそれを知られたら生きてはいけなくなる。わかるでしょう?」


「恨まれてるから」


 オレは言う。


「魔族も人間も、残酷になれる生き物なのよ」


 ルーヴァは頷く。


「さっきは萌えるとか言っちゃったけど、テオの過去につらいことがいっぱいあったんだろうってことは、わたしにも想像できるわ。想像したくないけど、それでもね」


「うん」


 御者台においたオレの手に、ルーヴァがおそるおそる手を重ねようとしていた。触りたいけれども、触れない。戸惑いが見える。


「心の余裕を失うと残酷になっちゃうから」


 パチン、と激しく静電気が弾けた。


「ごめんなさい」


「いいよ。大丈夫」


 ルーヴァの謝罪にオレは首を振って、逆に手を握る。ビリビリと痺れたけれど、それは暖かく血の通った手だった。気絶するほどじゃない。許容できる痛みだ。


「テオ」


「本当に魔王に相応しいのは、ルーヴァだとオレは思うよ。オレは魔族のことなんて、ちっとも考えたりしてないんだからさ。でも、これからはもっとちゃんと知りたいと思う」


 ひとつ考えていたことがあった。


「オレが魔王になるとしたら」


 ずっと、奴隷として育ちながら、前世の知識でいつかそういう時代がくると期待していたこと。それを実行すべきだと強く思う。


「奴隷は解放したいと思うんだ」


「それは、でも」


 ルーヴァは即答を避けた。


 こちらの世界の奴隷には色々とある。


「わかってる。とりあえず罪のない奴隷から、時間はかかるだろうけど、でも、魔族がこの世界に攻め込んだのがこの世界から魔界に落とされたことが原因だとするなら、奴隷をそのままにしておけば、必ず残酷な結末を迎えることになる」


 知っていることでもある。


「ルーヴァが魔族を見捨てられないように、オレも奴隷を見捨てちゃいけないと思うんだ」


 もう散々、見捨ててきた。


 イケメンに転生して、殺されることのなかったオレだが、だからこそ多くの奴隷が殺されるところを間近に見てきた。病気になれば殺されたし、重傷の怪我を負えば殺された。主人の機嫌が悪ければ、景気が悪ければ、なにかの八つ当たりで、助けに入ろうとは思わなかった。


 助けられるとまず思わなかったのだ。


「甲斐性のある魔王に、なりたいからさ」


 それで過去が許される訳ではないにしても、それでも。


「そうね。人間と融和するのだから」


 ルーヴァは静かに頷いた。


 星空の下、ゆっくりと獣車は進んでいく。

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