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萌えたぎっている

 知られたくなかった。


「……」


 オレはルーヴァの顔を見られない。


 でも、これで嫌われることは間違いなかった。奴隷の人間を分け隔てなく受け入れられても、奴隷の中ですら蔑まれる愛玩奴隷である。魔族でも処女の女の子が受け入れられるような経歴じゃない。


「そんな。テオが……」


 悲痛な声。


「本人に聞いて」


 言い掛けたシドラーの言葉が止まった。


 なんだろうと思って見ると、


「……」


 ルーヴァがぼたぼたと鼻血を垂らしていた。


 かなりすごい勢いで顎から胸元にかけてを赤く染めている。呼吸が荒い。じっとオレを見つめるその視線が冷静さを欠いているのは明らかだった。だって表情がにやけている。


「あの」


「ただの鼻血よ。なんでもないわ」


 ルーヴァは手に握った翅小人で鼻血を拭った。


「や、やめるのです!」


「喋ったら潰すから、黙ってなさい」


 これほど気の毒な人質もあまり見ない。


「クソだな」


 こればかりはシドラーの発言も理解できる。


「心配しないで、テオ、わたしはあなたの過去がどんなものでも受け入れ、ぶっ」


 ルーヴァは喋りながら激しく鼻血を吹く。


「シドラー様ぁ」


 びちゃびちゃと血を被って翅小人は泣いている。そりゃ泣きたくもなるだろう。うるさく飛び回るくせに、油断してすぐに捕まっちゃうのが悪いんだけれども。


「ルーヴァ、ちょっと落ち着いて」


 オレは言った。


 緊迫した命がけの状況だったはずだが、空気がグダグダになってる。とても逃げられる訳がないのだが,この感じで殺されるのはちょっと死に様として情けない。


「仕方ないでしょう!」


 だが、ルーヴァは叫んだ。


「シドラー・リノストン! あなた、想像してみなさいよ! ものすっごい好みの外見をした相手が、整って気品すら感じる顔をしてるのに、望まぬ相手に蹂躙され尽くして、それを手玉にとって逃げるような経験豊富! 萌えない!?」


 萌える、はオレのテキトー翻訳である。


 本来の意味ではちょっと女子の口から飛び出したとは思いたくない系の単語が入ってくる。あまりにも直接的なのでちょっと自己防衛した。


 泳いできたからそれは当然だし。


「クソ女だろ」


 シドラーは常識的な反応をする。


 こいつ、まともだ。


 オレも男としてはちょっと引く。清楚な感じの子が、実はビッチだったから萌えるって、それなりにひねくれた趣味だ。女子からしたらイケメンがヤリチンなのは当然なのかもしれないが、それも本人が処女の場合はまた違うような。


「あなたが閉じ込めたからこうなったのよ!」


 ルーヴァは抗議した。


「いや!? お前のことじゃない! 想像上の話をしてたんだろうが! 別の意味ではクソ女だと思ってるが! どっちでもいい!」


 こいつ、悪いヤツじゃない気がしてきた。


「そうよ! どっちでもいいの! わたしがあなたを魔王と認めることなんてないんだから! クソ女ですよ! でも、テオはそんなわたしだって受け入れられる経験を持ってる! そういうことでしょう!?」


「そういうことなの?」


 噛み合わない会話が、なぜかルーヴァの自己評価が低いという話になって戻ってきていた。いや、正直、それも噛み合ってないような気がしなくもないんだけど、理解力が追いつかない。


 しかし、嫌いじゃなかった。


「だから愛玩奴隷のオレでもいいと?」


 オレは言う。


 そこまで自分をさらけ出す覚悟を見せられたら、男として逃げられないと思った。魔王を選ぶとか選ばないとかじゃなく、王女とか奴隷とかじゃなく、ただ好みだと言われたら。


「テオがいいの!」


「!」


 オレは反射的に駆け出していた。


 だとしたら、シドラーを突破しなければいけない。幸い他に仲間が出てくる様子もない。さっきは浅かったが、今度は確実にこの石壁で押さえ込んでナイフを刺す。核を砕けば倒せるのだ。


 そうしなければ脱走も脱獄も成り立たない。


「俺様がクソ奴隷の攻撃を二度も食らうか!」


 背中の翼を広げてシドラーが飛び立つ。


「クァアアッ!」


 カラスそのもののような鳴き声で嘴を広げると、音の広がりに呼応するよう炎上した。岸辺の草花が一気に枯れて炎を上げ、皮膚が焦げ、髪の毛が焼けるので、オレは池に飛び込む。


「……」


 ルーヴァも飛び込んでいた。


 濁った水中でも鮮やかに艶めかしく白い脚を揃えて人魚のように水を蹴りながら、オレにこっちにくるように誘導する。


「シドラーはわたしを殺せないわ」


 岸に上がって、オレを引っ張りながら言う。


「っは、魔王になりたいから?」


「ええ、魔王の証がなければ、魔族を束ねられないのは、お父様の部下だったあの男もよく知っていることよ。だから、わたしの後ろに」


「……」


 情けないがそれが合理的なようだ。


 ルーヴァが見せた弱り具合から言って、シドラーもそう動けないのではないかと思っていたが、魔力か魔法かわからないが、一瞬にして人を燃やせる力を見せつけられた。


 それも相手は空を飛んでる。


「クソどもの相手もいい加減うんざりだ」


 シドラーは言った。


「ルーヴァ・パティ。今日のところは見逃してやってもいい。その好みの男と好きに逃避行でもなんでもするがいいさ。人間が魔族の王になることなどありえないからな。だから」


「代わりに姉妹の居場所?」


 ルーヴァは先回りする。


「教えないわ」


「ただの確認だ。わかった。ならば殺そう」


 だが、シドラーは深く息を吐いた。


「! 魔王の証は」


「ああ、手に入らない。だがいい。証などなくとも、俺様が新たな魔王となることは力で認めさせる。それだけだ。その方がいい。先代を尊敬しているが、後継者になるかはまた別の話だ」


「ノアもここにいるのよ!」


 ルーヴァは鼻血塗れの人質を見せる。


「そいつは俺様のタメになら喜んで死ぬさ」


「……!」


 翅小人の脚がピンと伸びて緊張したのがわかった。だが、声は出さない。あれだけうるさく自己アピールをしていたが、シドラーを信じているということなのか、わかっているということなのか。意外と肝が据わっている。


 これが魔族の世界なのか。


「姉妹を逃がすために捕まったのに残念だったな。その男を見捨てて逃げられまい。一人目を殺せば、あとの六人は悩まなくて済む。ふん切りをつけてくれて感謝するぜ、クソ女」


「さっきからクソクソクソクソ人のことを汚物みたいに! 言っておくけどわたしは萌え女よ! 萌え萌えなの! テオが後ろにいるだけでもう萌え萌え! 萌えたぎってるんだから!」


 テキトー翻訳だ。


 魔族の世界は言葉が際どすぎる。


「ッ、クァアアッ!」


 シドラーは深く息を吸って、鳴いた。


「わたしの力、忘れてるんじゃないの!」


 ルーヴァは翅小人を持っていない片手を挙げてそれを受け止める。金髪の長い髪がパチパチと電気を弾けさせながら、広がった。


 見えない力と力がぶつかる。


「くっ」


 ルーヴァの腰が落ちる。


 なにかに圧迫されるように足が地面にめり込んでいく。周囲の草木が燃えはじめていた。防いではいるが、押されているのはわかる。


「ムダです」


 翅小人が静かに言った。


「シドラー様がその気になったら、魔力のほとんどないルーヴァ・パティに勝ち目はありません。ノアも一緒に死にます。死んで魔王の礎となれるのならノアは幸せです。シドラー様」


「うるさい! 気が散る!」


 ルーヴァは怒鳴った。


「どっちにしても死ぬんです! 最期ぐらい好きに言わせて貰います! 王女だからって偉そうに! 脱走王子と脱獄王女! 一緒に死ぬならお似合いです萌え女! 死にたくないなら魔素結晶のひとつぐらい用意してくればよかったんです! なんで無計画に逃げてるんですか! お陰でノアも巻き添えです!」


「うるっさい! こっちも弱ってたんだから、そんなの考えられるわけないでしょう! 魔素結晶なんて、人間が宝石と間違えてしまい込むからこっちの世界ではただでさえ見つからないのよ! 巻き添えはこっちのセリフなの! なんでこんなのと一緒に死ななきゃいけないの!」


「宝石と間違えて?」


 オレは言った。


「テオ! 最期にキスして!」


 振り返ったルーヴァの表情に余裕がない。


 鼻血混じりの鼻水が垂れてる。


 もう完全に美人が台無しになってた。


「あのさ、宝石なら、あの城から結構盗んできたんだけど、この中にまそけっしょう? ない?」


 オレは荷物袋を開いて見せる。


「「盗んで?」」


 二人の声がそろった。


「テオ! あなたって本当にもう萌えるわ!」


「泥棒です!」


「萌え泥棒よ!」


 ルーヴァは翅小人を手放して宝石を鷲掴みにして握りしめた。粉々に砕けた光り輝く粒から全身にバチバチと電流が走っていく。


「カァ!?」


 シドラーの嘴が明らかに大きく開いた。


「轟け! 魔界の雷よ!」


 ルーヴァが唱えると、空を飛ぶ男に向かって雷鳴とともに稲光が走る。決着はまさに一瞬だった。黒い羽根が散って、池に落ちる音が響く。とんでもない威力だった。


「やったわ! テオ!」


 そしてそのままオレを抱きしめる。


「ちょ、ま」


 バチン!


 ヤバい。そう思ったときには、こっちの身体にも電流が流れ込んでいた。核に触らせて貰ったときの静電気のような感覚、あれはルーヴァの魔力そのものだったのだ。


「あ、ごめん。人間だったのよね」


「……」


 その言葉で意識が途切れた。

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