ミネア・タイター
しばらく鑑賞するようだ。
「もう少し腰を曲げて、そうその角度だ」
ランナに命じられるまま、ポーズを取って天幕の中で立たされる。何気にハードな愛玩奴隷の使い方をする。おそらく、従順さを見ているのだろう。拾った物が使えるかどうか。
身じろぎひとつ許されない。
「夜明けを待って撤退するんだぁ?」
「深入りは禁物だ。シドラー・リノストンの率いる軍団は羽の種族が多い。飛行の魔力消費がいくら大きいと言っても、魔王の娘奪還の為なら本気を出してくるかも知れない」
二人は地図を広げて話し合いながら、こちらをチラチラと眺めている。真剣な話をしているはずだが、表情はリラックスしている。イケメンがムードを和やかにしているようだ。
うれしくないが。
「でもぉ、成果もなしに帰ったらぁ」
「いや、ひとつ面白い情報を手に入れた」
ランナはそう言って地図の上に指を置く。
「もう一人の魔王の娘がここにいるらしい。なんでもルーヴァ・パティを助けるために岩の種族の力を借りて軍勢を集めているとか」
「魔族の潰し合いかぁ。好機かもねぇ」
角度が悪くて地図が見えない。
「マリ・カーガー相手では、兵たちの志気もあがらない。戦争初期に十万の兵を一体で壊滅させた伝説の魔族だ。精霊騎士が二人出てきても、捨て駒の意識が拭えない」
「ワタシたちでやっちゃえるのにねぇ」
「それを見せたかったのがこの作戦の意図だろうが、奇襲をかけて迎撃してこないのは予想外だったな。大事にしている魔族の子供の一人でも殺れていれば話は違っただろうが」
「報告! 報告ッ!!」
天幕の外から男の声がした。
「入れ」
「失礼いたします! うぉっ!」
入ってきた若い兵士は中腰で挑発的なポーズを取る女装の奴隷に明らかに動揺した。視線が明らかに短いスカートに向いているのは入り口側からだと下着が丸出しだからだろう。
「報告を聞こう」
ランナは特に気にする様子もなかった。
「はっ! 周囲の警戒に当たっていた隊が、屋敷を伺う不審な魔族の子供を捕獲いたしました! おそらく逃げ遅れたものと思われます! この者の処遇についてご指示を賜りたいと」
「でかした!」
ランナが立ち上がる。
「運がまだあったねぇ」
「ここに連れてこい」
「それが、捕まえたはいいのですが、運ぼうにも触れると眠気に襲われまして、手こずっております。精霊騎士殿のお力をお借りしたいと」
「魔力か、わかった」
「……」
ヨニじゃないか?
若い兵士に連れられて天幕を出て行くランナを追いかけたかったが、指示もなく勝手に動くわけにもいかず、観賞用ポーズを維持したまま緊張する。鬼の父親と同じく、おそらくは汗から発する匂いで眠りに落とす魔力、オレが誘拐されたときと同様の状況。
どうして戻ってきたんだ?
屋敷の子供を売り飛ばしていた時点で、マリの元へは戻れないはずである。まさか謝罪でもする気だったのだろうか。いや、子供だからな、ありえないとは言えないのだが。それにしてもタイミングが悪い。
「ねぇ?」
「!」
ポーズを変えたつもりはなかったが、天幕に残った少女の方がオレの目の前にしゃがんで、こちらを上目遣いに見つめている。
「魔族の子供、心当たりあるんでしょ?」
「いいえ」
オレはもちろん否定した。
「だぁれが喋っていいって言ったかなぁ!?」
だが、少女は即座にしゃがんだ状態からジャンプして、腹に蹴りを叩き込んでくる。質問に答えようが答えなかろうが反抗的と見なす奴隷使いの常套手段だ。
「……!」
オレは声を出さないように耐える。
転んだが、立ち上がって元のポーズに戻る。
ここで「申し訳ごさいません」とか言っても多くの場合は意味がない。呻き声ですら加虐心を煽るだけ、そういうタイプの相手だと痛いほどわかっている。なんとなく察していた。
物を大切にしない相手だと。
「ランナのためにも、このミネア・タイターが生意気な奴隷の躾をしてあげないとねぇ? 正直に答えなさぁい? 魔族の子供を知ってたのはなんでぇ? もしかして魔族の斥候ぉ?」
「知りません。自分はなにも」
「ワタシの見立てが間違ってるとでもぉ!?」
小さな拳を握るとまた腹を殴ってくる。
「っぐ」
ランナと比べるまでもなく、見た目は圧倒的に普通の人間の少女なのだが、パワーは信じられないほどある。会話でなんとなくわかっていたが、精霊騎士なのだろう。
「間違ってるって言って見なさいよぉ!」
「ごはっ」
さらにもう一発。
オレは膝をつかざるを得なかった。吐かないので精一杯だ。執拗に同じ場所を攻め抜くのは拾ったランナの奴隷という立場に配慮して傷を増やしすぎないようにするとことより、それが効果的に奴隷を苦しめると知っているからだろう。
「認めなさいよぉ? 知ってるんでしょ?」
四つん這いのオレの耳元に囁く。
「……」
完全に逃げ道がない。
別にヨニを庇おうとしている訳ではないのだ。ヨニの父親に売られそうになっていたと伝えてこの状況から助かるのならそうしている。だが、当然それはありえない。ミネアの見立てを認めればオレは魔族のスパイになる。その先に待つのは、成果を引き出すための激しい拷問か、良くて死である。
「黙ってんじゃなぁいの!」
頭を踏まれた。
「潰しちゃったっていぃんだよぉ? それとも潰されたいのぉ? まさか、その顔だから潰されないとでも思ってるぅ?」
だが、喋らなくても活路はない。
ヨニが事情を喋らされるのは時間の問題だろう。魔族に対して、人間は奴隷に対するより容赦なく振る舞える。子供であることも、人間とのハーフであることもあまり意味はない。
事情にオレが含まれる可能性は高かった。
ルーヴァとの繋がりまで露見すれば、新たな魔王にするという話を信じようが信じまいが、魔王の娘をおびき寄せる餌にされる。それだけは避けなければ。
「気持ち、いいです。もっと踏んでください」
オレは頭を踏む足を撫でる。
「はぁ?」
踏んでいる脚の力が緩む。
容赦のなさは嫌がる様に悦びを覚えることの裏返しだ。受け入れてやることで、責めの趣向は変えざるを得なくさせる。
「自分はそういう躾を受けてきましたから」
半分は事実。
オレはミネアの靴の裏を舐めて、足首をつかまない程度にさわさわと愛撫する。具足ではなく、靴だったのは助かったというべきだろう。
「この顔で初心な訳がない、か」
ポツリとつぶやく。
「靴はいいから、足」
ミネアはそう言って、自ら靴を脱いで、脚を包んでいた白いタイツのようなものも脱ぎ、素足になってオレの鼻面に押しつける。つんと酸っぱい臭いがした。
「綺麗にしなさぁい?」
「かしこまりました」
オレはあくまで従順にその小さな足を優しく触りながら舐める。親指から順にくわえて汚れまでも舐め取っていく。丁寧に、そして集中して。
「……」
けれどもミネアは油断していない。
リラックスしてもいい足から力が抜けていなかった。この状況で奴隷が従順になる意味がよくわかっている。妙な動きをすればいつでも対応できる、そういう意識がある。奴隷に逃げられたことがあるか、逃げられた状況を知っているか。厄介なことだ。
「興奮は、してるのねぇ?」
もう一本の足で、オレのスカートをめくって言う。それは仕方ない。うん。だってなんていうか、状況もそうだけど、ミネアはかなりの美少女だ。ぶっちゃけ足を舐められてうれしいところはなくもなくはない。
そっちに没頭してる場合ではないが。
「……」
足首にはアクセサリーがついていた。
オレは頬ずりをする素振りで、それの声を聞く。聞きたいことはミネアの弱点だ。ずっと身に着けているならおそらく知っているはず。なんでもいい。隙さえできれば、逃げ出せる。
くちびる。
アンクレットの声。
唇が弱い?
足を舐めてるときに、そんな弱点を明かされてもどうしようもないだろ。キスとかそんなことできる状態じゃないし、この居丈高な少女が奴隷と唇を重ねるなんてありえない。しかも足を舐めた後にだ。
「……」
見上げると、ミネアは指をしゃぶっていた。
オレが舐める足の指に合わせるように。
「つづけなさぁい? ランナが戻ってくるまでの余興なんだからぁ。上手、なかなかねぇ。殺すには惜しいかも」
舐めながら唇をいじる仕草は色っぽい。
なるほど、足を舐めていれば弱点への刺激になるみたいだ。




