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 「芽ちゃんって可愛いね。すごく愛らしい顔立ちしてる。これで性格がもっと前に向いていったら、結構売れるよ」

 私の髪を弄りながらものすごーい美人なお姉さまが延々と呟いていた。

 「白い肌だし、ああ、でも最近睡眠不足じゃない? 肌が荒れてるわよ? でも、それ以外は本当合格。なんならいくつか事務所、紹介するわよ」

 「いや、私芸能人になろうとかそういうのはまったくなく、平々凡々の人生を堅実に歩みたいんですけど」

 私はお姉さまの暴走を止めるべく突っ込みを入れる。

 すると、綺麗なお姉さまは大口を開けて豪快に笑った。

 見かけによらずこのすばらしい笑い方をしてくれる女性は、先ほどの高戸さんの奥様でユキさんと仰った。

 以前カリスマ美容室で店長として腕を振るっていたという彼女は、現在たくさんのアイドルのヘアメイクを担当しているという。

 そんな彼女にヘアメイクをしてもらってたら、凡人の私だってアイドルとまでは行かなくとも何とか見れるようになるだろうか?

 私はドキドキしながら鏡の向こうで変貌して行く自分の姿を見ていた。

 豪快に笑いながらもしっかりとした手つきで私を変身させてくれていたユキさんは、ふと私を見つめてまじめな顔つきになった。

 「アイドルの彼女って、怖いよね。スキャンダルとか、マスコミとか。天下のTOMOKIの彼女ともなれば事務所の人にも何か言われた?」

 私の髪に柔らかなウェーブをつけながら鏡越しにユキさんが首をかしげた。

 そっか、この人もあの往年のアイドルの奥様だ。

 私は鏡越しにユキさんの目を見つめた。彼女の瞳から母親のような優しいぬくもりを感じる。

 「私もあなたの苦労、少しはわかると思う。私が彼と付き合ってた頃は、あの人は本当にトップスターだった。だから怖かったわ。彼のファンに何を言われるだろう? 何をされるだろう? 今以上に厳しい時代だったし、ファンから彼を奪うのは本当に怖かったわ。実際、カミソリ入りの手紙や、ズタズタにされたわら人形を本当に贈りつけられたときは、さすがにショックを隠せなかった」

 ユキさんの言葉に、私はぎょっと彼女を見た。

 カミソリ入りの手紙や、わら人形……!!

 常識として考えられない、尋常じゃない贈り物に私は背筋をぞっとさせた。

 それは、さぞ怖かっただろう。

 「でもね、私は彼が好きだったから……彼がファンの子達に見せる幸せな顔を作り出すのは、私がいるからだってわかったから、私は逃げるのを辞めたの」

 鏡の向こうでユキさんはとても綺麗に微笑んでいた。

 「あなたも、視点を変えて御覧なさい? 伴喜君の気持ちを疑っているわけじゃないでしょう?」

 私の頬を捕らえてユキさんが顔をくいと動かした。目を瞑ってと指示されておとなしく従う。

 そのままユキさんは私のメイクの仕上げにかかった。

 「TOMOKIはファンを愛するからファンに愛されているの。でも、間違えないで。アイドルはいつでも走り続けられるわけじゃない。万人に愛されるわけじゃない。個人として傷ついてしまうこともある。そんなとき彼を支えられるのはファンじゃない。彼個人の幸せな笑顔を作り出せるのは、ファンには無理なの」

 柔らかなユキさんの手の感触を感じながら、私は自分が催眠術に掛かっているんじゃないかと思った。

 ふわふわして気持ちいいし……。

 それに、私の中にすごく暖かくて強い気持ちを感じたから。

 「アイドルの仕事というのは結構素が出るものでね。プライベートが上手くいってなければ仕事も影響するし、それが上手くいっていないアイドルは売れないわ」

 ユキさんはきっぱりとそう言った。

 私もそれはわかる気がした。

 不幸な家庭を売りにしている有名人もいるけれど、それがもてはやされるのは一時だけで、やはりずっと続いているのは元気で明るい幸せそうな芸能人ばかりだ。

 「TOMOKIは今まであなたと一緒にいてトップアイドルに登っていってるわ」

 ユキさんはそう言ってから、私の口元にグロスを塗り、できたわよ、と私の肩を叩いた。

 服が汚れないようにかけられていたカバーをはずされると、私は鏡に映る自分の姿に驚いた。

 私も自分で化粧をするけど……ここまで変わるもの?

 ファンデーション塗って、アイメイクして、チーク塗って……。

 自分が塗るより品数は2つ3つ多いけどほとんど大差はないはずだ。

 なのにこの顔の差は何だろう?

 私は鏡に映る自分の姿に驚きを隠せなかった。

 「あなたは大丈夫よ。さぁ、あなたも確認しに伴喜君の前に行ってらっしゃい」

 黒い綺麗なパンプスをそっと私の前においてくれる。

 ユキさんは、きっとシンデレラに出てくる魔女なんだ。

 私は漠然とそう思った。

 私を変身させてくれて、そして私に勇気をくれる。

 私は美しい魔女の手をとって、王子様の元に向かうべく足を踏み出した。


 再び伴喜の元に向かうと、彼もさっきとは違う服に着替えていた。

 私の服と対になっているデザインだった。

 「お、お姫様がきたぞ」

 まず高戸さんが私に気がついて、ひゅうっと口笛を拭いた。

 伴喜が、え? というように振り返って、そして目を丸める。

 「芽?」

 私は少し恥ずかしくて俯いた。

 「顔隠すなって。もったいない」

 ととっと軽快な足取りで伴喜が私のところにやってきて私の肩に手を置いた。

 じっと見られて、恥ずかしくてしょうがない。

 「ユキさん、ありがとうございます」

 私の背後にいたユキさんに、伴喜は嬉しそうにお礼を言った。ユキさんはおかしそうにくすくす笑う。

 「芽ちゃん。ちゃんと自分の目で見るのよ。顔を上げてないと見逃しちゃうわ」

 ユキさんは笑いながら私の背を伸ばすように強くさすった。

 その力強さに励まされるように私は顔を上げた。改めて私を見つめる伴喜の視線とぶつかる。

 「可愛い、可愛い」

 すごく嬉しそうに伴喜は私の姿を見ていた。

 アイドルの笑顔じゃなく、彼本来の笑顔だった。

 伴喜はふと我に返ると、改めて私にお辞儀をし手を差し出した。

 「食事をご一緒にしたいのですが……ご一緒していただけないでしょうか? お姫様」

 それはさっきまでの嬉しそうなはしゃいだものとはまったく違う、少し緊張を含んだ声だった。

 不安そうな、硬い声……。

 この手をとれば、きっと大変なことになる。

 けれど。

 私は高戸さんと、ユキさんを見た。

 二人は黙って私たちを見守ってくれていた。何も言わない、でもさっきのユキさんと同じ優しくて暖かい瞳だった。

 今ならさっきユキさんが言いたかったことが判る気がする。

 まだこの手をとるのは怖い。

 私が変わってしまう、これまでの平和な世界を失うかもしれない。

 でも。

 彼の一番素敵な笑顔を作れるのは私だけ。

 ファンから彼を奪うことは許されないかもしれない。

 けど。

 私はそっと彼の硬い手のひらに手を載せた。

 私の手のひらを感じて伴喜が顔を上げる。その顔はこれ以上ないほど幸せそうにほころんでいた。

 「芽」

 名前を呼ばれてぎゅっと抱きしめられる。

 きっと、私の想いを貫くのは、ファンから彼を取り上げる行為に繋がるだろう。

 でも、私が我侭を押し切ったことで、彼がこんな風に幸せそうに笑ってくれるのであれば。

 彼を幸せにして、彼の笑顔をファンの人たちに向けることができるなら、私の許されない行為は、少しは許されるだろうか?

 「伴喜」

 私はぎゅっと彼を抱きしめた。



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