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*05*

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 それからの時間がたつのは早かった。

 彼は前に私に宣言していたように、もともと休みが少ない人だったけれど、さらに輪をかけて忙しくなっていた。私は私で卒業論文や試験の関係で忙しくなり、私たちは今まで以上に会うのもままならなくなっていた。

 時々、本当に稀に伴喜がふらりと私の部屋に来たけれど、特別何か変わった話をするでもなく、私の肌を味わうといつも私が起きる前にはいなくなっていた。

 年末や正月になると、メールや携帯のやりとりもなくなった。

 私は実家で過ごし、彼は仕事三昧で一切連絡が取れなくなった。

 それでも私は平気だった。

 個人として彼に会えなくても、私はテレビを通して彼に会うことができたから……彼の元気な様子をテレビは教えてくれるから私は平気だった。

 きっと、春からもこんな風にして私は彼を見て行くのだろうなって思ったら、「案外大丈夫かな」って小さく笑えた。

 彼のぬくもりとか、声とか、息遣いとか、すぐそこに感じられなくても、彼ほどの人だったら怪我をしたり倒れたりしたらすぐメディアが教えてくれるだろう。だから、私にとって彼がまったくの消息不明になることはない。

 アイドルのTOMOKIは元気に、歌って踊って、日本だけじゃなく世界中の女の子たちに愛情をもらって生きている。

 テレビを通して、私は彼のことを知ることができる。

 だったら、春からも私は一人で生きて行けるだろう。

 「もう少し未練を残すかなって思ったけど……案外簡単だな」

 私はひとりで小さく呟いてみた。

 だからだろうか?

 『もう、終わりにしようか』

 私は何度もそのフレーズをメールに打ち込んでいた。

 彼に送るために。

 このままじゃ、本当に自然消滅しそうで……それでも平気になりそうな私がいたから、だから区切りをつけるために自分から終わらせようとしていた。きっと、伴喜はわかったって、簡単に返事を打ってくるだろう。

 私たちの4年弱はそういうモノだってわかっていたから簡単にその一言が打てた。けど、わかっていたからこそすがりたくて、彼とのかすかに残されたつながりを切りたくなくて、私はこのメールを送れずにいた。

 ……どうせ、もうすぐ切れてしまうんだから、今このメールを送りつけてしまえば良い……。

 そうしたら、もう苦しまなくていい。

 春がきたら、新しい世界でまた誰かに出会うだろう。

 大学生になった春、私は甘い夢をみた。今も長い春の夢を見続けている。

 けれど、夢は覚めるだろう。私の学生生活の終わりと共に。

 夢は終わり、もうすぐ現実の社会へと旅立たなくてはいけない。

 でも、覚めたくない甘い夢に私は苦しくて涙を流した。


 『春がきたら、TOMOKIとは別れてください。TOMOKIの前から消えて欲しいのです。簡単でしょう? あなたは東京の人間じゃないのだから、TOMOKIに言い訳はしやすいでしょう』

 彼が日本にいない間に、私は彼の所属する事務所の社長直々の訪問を受け、その言葉を言われた。

 自分でもわかっていたことだったけれど、改めて彼の上司に言われて、私が恋をしている相手はとんでもない人なんだって気付かされた。

 『TOMOKIは万人を愛し、万人に愛されるアイドルです。幸いあなたは頭がいい人間だ。TOMOKIのマイナスになる行動は一切しなかった。住んでいる場所もよく、あなたのことは一切ばれていない。だからこそ、TOMOKIに傷がつかないうちに、彼を愛する全世界の少女たちに彼を返して欲しいのです』

 それに、と社長はこうも付け足した。

 『TOMOKIに彼女がいるとわかったとき、傷がつくのはTOMOKIではない。確実にあなたです。あなたは芸能人や業界の人間ではない。そんなあなたを誰が守るのですか? マスコミやTOMOKIの過剰なファンからあなたは自分を守る楯がありますか? あなたが傷つけば、今度TOMOKIが傷つきます。あなたが自分を守る楯を持たない限り、私はTOMOKIとあなたの交際をこれ以上認めることができません』

 その言葉に私は何も言い返せなかった。

 自分の中でも感じていた不安要素だっただけに、そこを突きつけられて私はぐうの音も出なかった。


 春がきたら、彼とはお別れ。

 私たちはそれが決まっていた。

 『別れたくない』なんて、言わない。

 だけど、まだ私は彼の隣の部屋に住んでいる。年が明けて春はすぐそこまで来たけれど、まだ私は大学を卒業していない。

 だから、もう少しだけ……。

 もう少しだけ、彼の近くにいたい。

 『もう、終わりにしようか』

 送り出せないメッセージを保存しないままクリアする。

 もう少し。もう少しだけ、私は甘い夢の中にいたかった。

 トップアイドルの彼女、そんな夢みたいな響きに浸るのではなく、斉藤伴喜という人間の近くにいたかった。

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