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*04*

*04*


 気がつくと、下から硬い手のひらが私の頬を触れていた。

 昔ものすごい野球少年で、甲子園を目指していたくらい野球バカだったと豪語するだけあって、その手のひらや指先の皮膚は硬い。

 今は幾分やわらかくなったって言っていたけど、私に比べればまだまだ硬いそれで、不器用に私の頬を撫でていた。

 いつの間に起きたのだろう?

 「どうしたの? おなかすいた?」

 私が彼を覗き込むと、伴喜は小さく笑った。

 しばらく彼は私の顔を見上げて、何かを考えているようだった。

 言おうか言うまいか迷っているようなそんな感じの顔。けど結局

 「そうだな。腹減った」

 なんとなくはぐらかすように起き上がった。

 それまで私の足にあった彼の温もりと重さがなくなって寂しい。

 私は彼の肩を見つめて小さく息を吐いた。

 そしてそんな寂しさなんて振り払うように私も勢いをつけて立ち上がる。

 「何が良いかな? やっぱり久々の日本だし、和食?」

 私がキッチンのほうに向かうと

 「梅茶漬けは欠かさないでくれ」

 と、いつも付け足される一品を注文された。

 はいはい、梅茶漬けね。

 私は笑ってそれを請けおった。

 ごぼうをささがきして水にさらしていると、

 「なー、芽」

 リモコンを弄り好みの番組を探している伴喜に呼ばれた。

 私が声だけ返事をすると、彼も声だけで私に問うた。「就職、決まったの?」と。

 私は一瞬包丁を動かす手を止めた。少し伴喜の様子を伺う。

 彼は別段こちらを気にしている様子もなく、番組探しを続行していた。

 私は電子レンジでやわらかくしていたカボチャを取り出してから頷いた。

 「決まったよ。伴喜が日本にいない間に」

 「どこ?」

 今度、その声はこちらに向けられていた。

 もう一度彼を見ると、伴喜はまっすぐに私を見ていた。

 少し、驚いたようなこわばった表情で……。

 私は薄く砂糖醤油で味をつけただし汁の中に、レンジでやわらかくしたカボチャを入れて、アルミホイルで落し蓋をしてから伴喜に向き直った。

 「私の地元。春がきたら地元の企業に就職するの」

 こういうことは遅かれ早かれ彼には伝えねばならない。

 勤めて明るい声で私はきっぱりと彼に言った。

 「春がきたら、もうお別れだね」

 自分で言っていて、鼻のところから胸にかけてのところがつんと痛くなった。

 キュッと締め付けられる様な痛み……。

 自分で言っておいて、自分が傷ついてるなんてバカみたい。

 私は自分自身に呆れて笑った。

 少しだけ彼がどんな反応をするかなって、意地悪なことも思った。

 引き止めてくれるだろうか? 何をバカなこと言ってるんだって、笑い飛ばしてくれるだろうか?

 少しだけ期待をしていた。

 けれど。

 「そうか。地元に帰るのか」

 彼はそう頷いてまたテレビのほうに戻ってしまった。

 あっけないほど簡単な一言だったと思う。

 まぁ、付き合いだしたときも簡単だったから、終わるのもこんなもんなのかもしれない。

 「うん。帰るよ」

 私は自分に言い聞かせるようにまた包丁を握った。

 ……本当は引き止めて欲しかった。

 帰るなよ、って。

 ここにいろよ、って。

 でも、約束させられてしまったから、私は地元に帰る。

 もう、二度と彼に会わない。

 彼とのことは学生の間の甘い夢だったとして、胸の奥にひっそりと大事に仕舞って置こう。そして次は太陽の下を堂々と手を繋いで歩いて行ける恋人を持とう。私はぐっと包丁を握って料理を続けた。

 しばらく伴喜は適当に番組を探して、結局静かで淡々としたニュース番組をつけた。

 円の動きや株価の動きを淡々とつげ、今日の主な出来事を教えてくれる。

 静かなテレビ番組だから、私の包丁の音はいつもより部屋の中に響いた。


 「来週から年末は、年末年始の新春大河ドラマの撮影が架橋になるから、またロケがちになる。あと、歌番組の収録とか、事務所の特番とかそういうので……ああ本当忙しくなるな」

 ごはんにキンピラゴボウをのせて食べながら伴喜が当面のスケジュールを教えてくれる。

 今朝まで来年の夏公開の映画を撮りに行っていた彼は、この後も休みもほとんどない忙しそうなスケジュールが組まれていた。

 睡眠時間3時間というのはあながち嘘じゃないだけに私は心配になってくる。

 私が付き合いだした頃から比べても、さらに睡眠時間減ったんじゃない?

 「そう。番組の途中で倒れないことを祈ってるよ」

 私は笑って頷いた。

 もう、私が卒業するときに私がいなくなるのは伝えたし、後のことは知らない。

 無茶をやるならやってしまえばいい。

 半分自棄気味で受け答えしていると

 「2月の終わり……3月の頭くらいには時間が取れるから、お祝いしようか」

 突然彼はそう言った。

 はい?

 私は伴喜を見つめた。

 「卒業祝いと、就職祝い。両方兼ねたお祝い、しよう」

 彼はそう言って私の前髪を引っ張った。

 「それを言うなら、私が伴喜のお世話を頑張りましたって言うお疲れさんパーティーじゃないの?」

 私がわざとおどけて言うと、彼も小さく笑ってそれは違いないって認めて、私を抱きしめた。

 もともと、私たちの関係は密着したものじゃない。

 隙間だらけだった。

 ……けど、私は今新たに大きな大穴が胸にあいてしまったそんな気持ちで彼の腕の中に入った。

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