*03*
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彼と出会ったのは、今から3年と半年前。
私が大学に通うために上京した日だった。
心配性の親が子供のためにセキュリティのしっかりした部屋を用意してくれたのが、今私が住むこの部屋。で、お隣にすんでいたのが彼だった。
私は昔から世間に疎くて、最初お隣に住む彼を「ああ、綺麗な人だなぁ。さすが東京、これだけの綺麗なお兄さんなんて芸能界にもそうそういないよ」と、一般人扱いしていた。いや、一般人じゃないとは思っていたけど、まさか芸能人とも思っていなかった。
どこか間違った認識だといまだに彼に言われるんだけど、私は芸能人というのは普通に所属事務所の用意しているセキュリティの厳しい高級マンションに住んでいるものと思っていたのだ。
だから、彼が本当に売れっ子のアイドルと気付いたときは目を点にして驚いたのを今も覚えている。
気付いたきっかけもあほらしいのだけど……。
私は引っ越したばかりの部屋の中を片付けようと、クローゼットの中で棚を組んでいた。そのとき、変なうめき声が聞こえたのだ。
一応、このマンションは防音設備が効いていることがウリだった。
だからそのうめき声が聞こえたとき焦った。どこから聞こえてくるのかわからなくて、声の方向を探した。
で、ようやくクローゼットの向こう、隣の部屋から聞こえてくると気付いたとき、『た、助けてくれ』という言葉を聴いたのだ。注意深く聴いていると『どうか、命だけは……!』という懇願まで聞こえてきて、私は尋常じゃないことが起きてるって思った。
だって、隣の部屋のお兄さんはあまりにも綺麗なナリだったから、売れっ子ホストでも通るだろうと思ってたし、そうじゃなかったとしても絶対女性関係が派手そうだと勝手に決め付けていたから、揉め事の一つや二つ起きても不思議はないと常々思っていたもので……。
だから慌てて、隣の家にすっ飛んで行った。『大丈夫ですか!?』って。
そうしたら、けろっとした表情で彼が出てきて不思議そうな顔をして私を見たのだった。
私の慌てっぷりとは裏腹に、彼は不振そうな目で私を見ていた。
で、私が事情を話していると、そのとき彼が大笑いしだした。
『わー、俺の演技そこまで鬼気に迫って聞こえてた? 嬉しいな』
そのときになって私が彼が芝居の練習をしていたことを知り、ついでにお互いクローゼットは防音が効いていない事も知って大笑いしたのだった。
以来、私は彼におっちょこちょいなお隣さんと認識されてしまった。
私は大学生、向こうは芸能人、生活リズムは不一致だったけれど、何故かよく顔を合わす機会が多くそのたびからかわれたり、てがわれたりと接触が多かった。
そのうち私は仕事に対してひたむきに頑張る彼を好きになっていた。
もっとも私の好きは『見守っているだけで十分』の好きという気持ちだったんだけど……なんだか気がつけばこんな風に普通に男の人と女の人としてつきあうようになっていた。
もちろん世間様にばれれば私は彼のファンの女の子たちにボコられるだろう。
だから内緒。
……隣の部屋だから私がこのあたりでうろうろしていても特に怪しまれないのが幸いしていた。もちろんマンションの住人にはバレバレだけども、でも、それはそれ。
結構ここの人たちはしっかりしているらしく、決して人を売るようなまねはなかった。(……暗に自分たちの静かな暮らしを守りたかっただけかもしれないけれど)
だから私たちはのんびりと平和な生活を楽しんでいた。
まぁ、いつまでもこんな関係が続かないだろう。
私は最初から彼と別れが来る日を覚悟して付き合っていた。
案の定、私の心配どおり、私には彼と別れる最終期限日が見えていた。
……彼が打ち切るを告げるか、私の決められた期限日が早いのか、そのどちらかだけで。
とりあえず……。
とりあえず、私は彼の寝顔を見つめることができる『今』を大切にしたかった。