*02*
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と、そのとき鍵をしているはずの私の部屋の扉がガチャガチャ鳴った。
私がこの部屋の合鍵を作っているのは1つだけで、それを持っているのも彼しかいない。
私はもう少ししたら何か声があるだろうと思いながらそちらを見ていた。
やはり、しばらくして
「メーイー、入れてー」
扉の向こうから声が掛かった。
3つしている鍵は合鍵で開けられるけれど、私が部屋の中にいるときはチェーンロックもしている。そのチェーンロックに阻まれて彼が情けない声を上げていた。
……今ブラウン管の向こうで彼女に甘い台詞を吐いている男と同じ人間とは到底信じられない(まぁ、ブラウン管の向こうは彼が演じる物語の主人公だけれども)情けない声だった。
「んー」
私はかじりかけていた煎餅を1枚抜いたティッシュの上に置くと、テレビを消してからよいせと立ち上がった。
移動中きっと車の中で眠っていたのだろう、ぼさぼさの頭をかきむしり、もう片方の手でよれよれになった服を手で伸ばしながら私が扉を開けるのをおとなしく待っている。
私が扉を一度閉めて、チェーンロックをはずしてから改めて開くと、我が家の隣にある彼の部屋で、彼のマネージャーの太田さんが鍵を閉めているのが見えた。
「ご苦労様です。今回は長丁場でしたね」
私は目の前にいる彼にじゃなく、太田さんのほうに労いの言葉をかけた。
「そうですね。正直に今回はしんどかったです」
彼のデビューからずっとマネージャーをしている太田さんは、気さくな言葉で私の言葉に頷いた。
すると、目の前に仁王立ちになっていた彼が
「芽、人のこと無視すんじゃない」
豪快に私に覆いかぶさってきた。
どさりと私に体重をかけてくる彼は本当に疲れているようで、私は苦笑いしながらぱぱんと彼の肩口を叩いた。
「バンキチ、明日の朝、また迎えに来るから逃げるなよ」
彼の背後で太田さんが苦笑いしながら明日のスケジュールを確認する。バンキチ……芸名はTOMOKIにしているから一般に知られていないけれど、本名が斉藤伴喜と言うので、事務所の面々や同じ事務所のアイドル集団の中ではバンちゃんとかバンキチとか呼ばれていた。
「えー……起きれるかなぁ」
私の肩の上で伴喜がぼやく。
太田さんは眉をしかめると私を見て
「菰田さん、バンキチのこと、明日の朝8時に迎えに来ますからくれぐれもよろしくお願いしますね」
そう念を押すようにお願いをされてしまった。
マネージャーさんも大変だ。
「ええ。心得ております」
私が小さく頷くと、伴喜は少し嫌そうに眉根を寄せて息を吐いて
「もういいだろう? もう仕事は終わったんだ。お前はこっち」
私ごと私の部屋に押し入って扉を閉めてしまった。
鍵とチェーンロックまで後ろ手にしてしまって、どかどか上がりこんでくる。
「あー、疲れたー」
彼はそう言ってぱたりと私の座布団の上に横になった。
あーあー。
本当にくたびれた顔をしちゃって、まぁ。
「そんなに疲れてるんだったら自分の部屋に行けば?」
私が彼の横に腰をおろしながら言うと
「やだよ、めんどい」
彼は私の太ももに顔をうずめるように寝返りを打った。
めんどいって、あなた。
「あなたのお部屋はうちの隣でしょうが。今日帰ってくるって言ってたから、昨日ちゃんと部屋の掃除もしてあるし、お布団も干したし、洗濯だってしてるんだよ? 着替えて寝てきたら?」
「んー……」
私の気遣いなんて知ったこっちゃないというように、彼が私の膝の上で寝始めてしまう。
私はベッドのほうにもたれながら一ヶ月ぶりに見る彼の顔を見つめた。
この一ヶ月、彼は韓国映画の主演を勤めるに当たって、長期海外ロケに行ってしまっていた。だからほとんど連絡も取っていなかった。
その間は本当に寂しかったし、だから久々に顔を見れるのは嬉しいけれど、こんなにも疲れているのだったらゆっくり休んで欲しいというのも本当だ。
私は彼の前髪をそっと指で弄った。
柔らかそうに見えて、実は剛毛……とまではいかないけれど、ちょっとごわごわしている。
人に顔や髪を触られるのを彼は得意としていない。
仕事柄メイクさんやスタイリストさんが彼を触るけれど、プライベートで彼に触れることができるのは私だけだった。
それも私の特権。
彼の部屋の合鍵をもらっているのも、彼の部屋を掃除したり洗濯できるのも私だけの特権だった。
けど、それって……本当に都合のいい女かもしれないなぁ。
私は彼の顔を見つめながら小さく息を吐いた。