*01*
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私には困った彼氏がいる。
もっとも、私が彼の彼女というのもおこがましい気がするけれど、三年以上お付き合いしているし、彼の親友には「俺の彼女」と紹介されているので、一応彼女なのだろう。
ただ、ここ一ヶ月まともに会っていないし、マンネリ化というのも深刻化している。会えたとしても外ではなく、向こうが時間が空いたときにうちにふらりとやってきて、適当にくつろいで帰ってしまうだけ。
もっと普通の彼氏彼女みたいに外でデートできたら良いだろう。
けど、私は彼に対してそれを望んでいないし、向こうも私と外で会うのは非常に問題がある。
我が家でただ二人でごろんと転がっているのが一番平和な過ごし方だった。
とはいえ、私だって人並みに理想の彼氏像というのは心に描いている。
それは決して彼のような人間ではない。
まぁ、ぶっちゃけ理想の半分は彼のような人間だけれど、半分は彼であっては困る。
私の描く理想通りの部分は彼の容姿だった。
彼はとても綺麗な顔立ちをしていた。女の子が思い描く王子様像をまんま具現化させたような綺麗で優しげな顔をもち、身長も高く、運動神経もバクテンやヒップホップが軽く踊れるくらいには発達している。
歌だって私よりはるかに上手く歌っちゃう。
ほんとうに、姿かたちは白馬に乗った王子様。
けれど、彼女(私)の扱い方は、私の理想からはかけ離れていた。
やっぱり彼氏というのは影でこそこそ会うのじゃなく、ちゃんとお日様の下で手を繋いで、私の友達や親にも胸を張って紹介できる人がいい。
それなりに頻繁に会える人がいい。
いつでもちゃんと連絡がついて、自分だけに愛の言葉を囁いてくれる人がいい。
いっそのこと別れてしまえばきっと楽なのだろうけど……。
私自身困ったことに、私の部屋でくつろいでいる彼を見るのは嫌いじゃない。
一緒に触れ合うのも嫌いじゃない。
なんだかんだと、私は彼が嫌いじゃないから離れたくない、それが一番困ってしまうのだ。
私がお付き合いしている人はとても忙しい人で、そう簡単に会えない人だった。
別にそれは構わない。
もともと彼が忙しいのは知っていたし、承知の上で付き合うと決めていたから。
だから会えないのは辛いけれど、最初から覚悟できてる分、一緒にいる時間はとても貴重に思えたし大事にしていた。
どうせ、いつかは別れるのが目に見えてわかっている人だし?
一生一緒にいる人じゃないってわかりきっているだけに、そのあたりの割り切り方はシビアにしている。
いつか来る日がそう遠くない未来であることを知っているからこそ、私は彼といられるわずかな時間をとても大事にしていた。
けれどその前に、彼のほうが私のことなんて忘れてしまって、そのうち連絡が来なくなるんじゃないかなって心配してしまう。
だから一応「自然消滅なんて心の切り替えに困るから、ちゃんと別に好きな人が出来たときはメールで一言でバイバイでもサヨナラでも良いから、そういう言葉をよこせ」って言ってある。彼は苦笑いしてたけど、今のところその手の言葉はかけられていないからまだ別れてはいないのだと思う。
本当、困った相手と恋愛してるもんだなって思った。
別れる日が来るのがわかってる、とか、あまり堂々と人に紹介できない相手、とか並べると「コイツは不倫でもしているんじゃないのか」と言われそうだけれど、そんな破滅的な恋愛はしてもいないし私もしたくない。
いや、今も十分非生産的だとは思うけれど、違法なことも不道徳なこともしていない。
一応、健全な男女の付き合いのはず、である。
「さー、どうしたものかな」
私は苦笑いしながらテレビをつけた。
そろそろチェックしている番組が始まる時間だ。
案の定しばらくして良く見知った顔が良く聞く声で甘い台詞を紡ぎだした。
先週放映したドラマのダイジェスト。
物語はいよいよ迫ってきたクライマックスに向け、大いに盛り上がっている。先週は主人公がやっとヒロインに告白して、甘い口付けをしたところで終わっていたのだけど、今週はどうやらベッドインの後の朝から始まるらしい。
あ~あ~。
昔はキスシーンとかベッドシーンなんて、ファン心理を考慮してか、はたまたヒロイン役の女の子を気遣ってか、やったことなかったのに、二十歳も過ぎればやらなきゃいけなくなってくるのね。
私は冷静に観察しながら、絵になる二人の朝の光景を見ていた。
私と彼とじゃ日常というか滑稽なだけで、興ざめもいいところだが、やはり美人な女優さんがお相手ともなると絵の映り方が違う。
ベッドの中で、彼は女優に鳥肌がたちそうなほど甘い言葉を囁いていた。
そういやこんなに甘い台詞なんて、長いこと言ってもらってないなぁ。
最もしょっちゅう言って欲しいとは思わないけれど、言ってもらえなさ過ぎるのも辛いところがある。
ほどほどにラブラブするのが気持ち的にはちょうどいいのだが……彼のいつもの言動を思い浮かべて難しいだろうなぁと、私は息を吐いた。
私の非生産的な恋愛の相手は、今をときめくトップアイドル。
毎日必ず全チャンネルに映り、時には今のように可愛らしい女の子アイドルに愛の言葉を囁いたり、歌って踊ったりして私たちの目を楽しませてくれている。
そんな人とお付き合いしていると友人に話せば、きっと「なんでアンタがそんなアイドルと付き合うの?」とか「紹介しろ」とかうるさいのが目に見えてわかっているから、いまだかつて誰にも言ったことない。
言う気もない。
だって、もうすぐこんな関係も終わりが来るのが目に見えてるから、今更誰かに言うのは恥ずかしい。
残された時間を、ひっそりと静かに二人でいることで、私なりにこの恋を大切にしているのだ。
……たとえ、彼にとって都合のいい女だったとしても。
たくさんの綺麗で可愛い女の人たちに囲まれていても、仕事上でたくさんの綺麗な女の人と口付けしたり、それ以上の関係になっていようと、私だけ許されているいくつかの特権に私は十分満足していた。
……そりゃぁ、引っかからないところがないわけじゃないけど、それを言っていたら彼は仕事ができないし、そんな我侭を言ったがために物語の大事なところでキスシーンやベッドシーンがカットされて、お話の盛り上がりが欠けてしまうとつまらないというのもわかるから、私は何も言わないことに決めていた。