キャッチボールの基礎④
(そういえば……)
明崎に球を放りながら、古義は疑問を浮かべる。
教えてもらった投球フォームは、ボールを"地面側"に向けて回すという非常にコンパクトな方式だ。良く聞く一般的な投球フォームといえば、手首を返してボールを"空側"に向け、つむじの上から構えて振り下ろすというやり方だった気がする。
「明崎センパイ。こーゆー投げ方じゃダメなんすか?」
記憶のまま再現して見せた古義に、明崎は「そうだなぁ」と考えこむ素振りをみせる。
「それでも悪くはないけどな。一応、理論上は"肘が下がらない"ってのと"上から振り下ろす"ってのが基本だから。ただ、そーやーって頭上で返す癖がついちゃうと、試合では致命的な"ロス"になるんだよ。こう、グローブからボールをとって耳元に引き寄せてそこからさっきみたいに"つ"で投げんのと、頭上に振り上げるには差分が出るだろ?」
「あ、ホントすね」
「人間の構造上、"つ"で投げる場合でも投げる瞬間は自然と手首は上側に向くし、一応オレはコッチ推しかな」
肩を竦める明崎に、古義は「そーなんすね、あざっす」と頭を下げる。
高丘にも告げた通り頭は良い方ではないが、こうしてキチンと理解した方が身体は素直に動くものだ。
(ロス、か。なるほどなぁ)
ほんの一瞬の差だが、その"一瞬"で勝敗が決まる事もある。
そこまで深く考えたことはなかったな、と古義は反省しながら構え、回して、投げる。
「なぁ古義、やりたいポディションとかあるか?」
キャッチボールを続けながら明崎に問われ、古義は首を左右に振る。
「いえ、今んトコ特にココってのは……」
「そっかぁ……これまでのポディションは?」
「中学ん時はいくつかグルグルしてましたけど、結局ライトに落ち着きました」
ライトというのは一塁と二塁の間、ポディションでいうとセカンドの後ろに位置する外野手の事だ。
まぁ、落ち着いたというのもレギュラーではなく二軍としてだった訳だが、その話は再三しているので改めて口にする必要もないだろう。
頭の中で思案しているのか、「ふんふん」と零した明崎から球を受け取る度に、古義は一歩後退していく。
それなりに距離が出てきた。ふと隣を見遣ると、薄汚れた二塁ベースが見える。
明崎は三塁ベース側の延長上にいるので、今が丁度塁間といった所だ。
(ソフトの塁間ってこんなもんなんだ)
野球の三分の二くらいだろうか。これまでの長さに慣れている古義からしたら、随分と短く感じる。
とはいえ、そもそもボールの重さが違う。まだ投球も届いてはいるが、ノンステップでは辛くなってきた。
「明崎センパイ! ステップ使っていいっすかー!?」
「いいぞー! 肘、一回にして、ゆっくりなー」
「ハーイ!」
明崎の許可を得て、古義はゆっくりと右腕を回しながら軽くステップを踏む。
腕の回し方も大分馴染んできた。肘と肩に違和感が無いことを感覚で確認しながら、明崎が胸元に構えたブローブ目掛けて球を放る。
スパーン!
気持ち良く響く高音。けれどもこれは、けして古義の投球に勢いがあったわけではない。
明崎の"取り方"が上手いのだ。こういう部分で明崎の捕手としての技量の高さが伺える。
良い音は投手の気分を"上げる"、大事な技術の一つだ。
古義の狙った通りに収まった球に明崎は「ナイスボー」と言いながら、やはりゆったりとステップを踏む。
重心を乗せられた左足、真っ直ぐに伸ばされた右腕。
先程よりも威力の上がった球。
「っ、」
カスッ。情けない音が古義のグローブから届く。
ビビったのだ。本来は指の"付け根"付近で受けるべきだが、先程の痛みを覚えている身体が向かってきた球の威力に無意識的に怯え、瞬時に避けてグローブのポケットの上部で受け止めたのだ。
(なっにビビってんだよオレェ!!?)
この程度で逃げるなんて弱腰もいいところだ。情けなさに古義は奥歯を噛んで、ポスンとグローブの平を叩く。
ただ、ほんの少しだけ違うだけで、殆ど同じ競技だと思っていた。けれどキャッチボール一つとっても、投げ方も、球の威圧感も、まるで違う。全く新しい競技をしている気分だ。
(いや、それが正解か)
少なくとも古義には、ソフトの知識が一切ない。ならもうさっさと"新しい競技"として認識してしまった方が早い。
心の中で頷きながら古義は一歩下がり、明崎へ投げ返す。今度は胸下付近。悪くはないだろう。
(っし、今度はちゃんととる!)
気合満々、といった様子で足を大きく開き構える古義の姿に、明崎は思わず吹き出す。
いや、気合十分なのはいいコトだ。部活終了時までその気合が保つのかと、若干の心配が過るが。