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ピッチャーへの挑戦⑱


「今のが、ライズ?」

「まだ荒削りだけど、確かに、浮いたな。高丘、詳しい説明は頼んだ」

「仕方ないね。どこまで話している?」

「まだ、何も」

「そうか。予想通りだよ」

「悪い悪い」


 嘆息した高丘は古義へと歩を進め、説明の体制に入る。


「端的に言うのなら、ソフトボールに純粋な『ストレート』は存在しない」

「え?」

「回転がかかるだろう? そのせいで、必ず『何かしら』変化が生じるんだ。その中で主なのが、軌道が沈む『ドロップ』回転と、浮き上がる『ライズ』回転。蒼海が前者で、古義が後者だ」


 古義の脳内に、以前、蒼海に告げられた言葉が思い起こされる。


『……アレは、俺の『ストレート』だ』

『『ドロップ』は、もっと落ちる』


 そういう、事だったのか。


「ドロップは『落ちる』回転がかかっているから、ライズ回転よりもスピードが出にくい。だがその分『重い』球になるから、バットに当っても、下に落ちる打球になりやすいんだ。ライズはその逆。スピードが上がる分、球も『軽い』。だから中途半端な位置に投げると、簡単に外野まで持っていかれる。特に一発狙いのパワーバッターからしたら、絶好の『獲物』だね」

「ヤバイじゃないっすか!?」

「ああ。だが、昨今のソフトボールにおいて、『ライズ』は花型の武器だ。中盤までは確実に『ストレート』の軌道で、そこから浮かび上がる球はバッターを惑わせるし、簡単には捕まらない。当然だ。ほんの一瞬振り遅れただけでも『追いつけない』のに、球が上に逃げていくんだから。バットの軌道は上から下だろう?」


「つまり」高丘は少しだけ眉を傾けた。


「磨けば鋭利な剣になる。そして古義には、その剣を扱うだけの素質があるという事だ」

「!」


 『素質』。その言葉に息を詰めた。

 『足りない』と言われ続けてきた過去がフラッシュバックする。

 どんな顔をしていたのか、古義の表情を捉えた高丘は苦笑を浮かべると、少しだけ視線を落としてから再び向いた。

 瞳には憂いが強い。


「……素直に言うのなら、確かにピッチャーがもう一人欲しい。知っての通り、僕達からはそのもう一人を『つくる』事は出来なかった。だがマウンドに立つというのは、想像よりも『孤独』だ。それは支えがないという意味ではない。結局、傷を抱えるのは投げた本人だからだ」

「高丘さん……」

「古義には『素質』がある。だがウチにはそれ以上へと導けるコーチもいない。明崎も、僕も、結局は机上論だ。なにが正解で、なにが誤っているのかも、本当のところはわからない。……僕達の感情だけで、古義の『この先』を狭めたくは」

「オレッ!」


 遮った強い声に、高丘は虚を突かれたように目を丸くした。

 心配、してくれているのだろう。『勘違い』したまま先を進んで、いつか本当に、潰れてしまうのではないかと。

 けれども。古義は右手を握りこめる。


「……オレ、ちゃんと決めたんです。今度は、今度こそは、何としてでも踏ん張ってやるって」

「古義……」

「やってみたいんです。出来る所まで。煽てられたからとか、やり直したいからじゃなくて、『出来る』力があるのなら、その最大限を、知りたいんです。あっ! でも、ちゃんとチームに迷惑かけないように、勝てるピッチャーになるつもりで!」


 高丘が噴出した。


「アッハハ! いや、すまない。そうか、古義はもう『勝つ』事を考えていたか。どうやら僕は、とんだ取り越し苦労をしていたみたいだ」

「へ? ……あ、オレ!」


 まるでもう試合に出ることを前提にしたような言い回しになってしまった。

 いや、本心から言えばその通りなのだが、まだ始めたての、それも、不動の正ピッチャーが見ている前で口にすべきではなかった。


 しまった。「ち、違うんです! あ、いや、違わないっすけど! これはちゃんと使いモノになろうという意気込みで!」と取り繕うも、下手な言い訳にしかならない。

 青ざめる古義に顔を背けてクツクツと笑った高丘は、「いいじゃないか」と目じりを拭った。


「なら、覚悟しておくといい、古義。この先は思っている以上に、泥臭い隘路だ。途中で沼地に足を取られるんじゃないぞ」

「っ! うっす!」

「さて。今の一球はまごうことなき『マグレ』だろう。だが、その感覚を忘れないように。そして今は、ストライクを取れるようになるのが先決だ」


 高丘は左手にしたボールでパシンとグローブを鳴らすと、ニコリと笑んで古義のグローブに入れ渡した。

 受け取った古義は深く頷き、スパイクの感覚を踏みしめながら小走りで投球位置に戻る。


――ライズ。


(オレの、剣)


 網膜に残る浮いた軌道に切っ先を重ね、古義は次の一投へと構えた。


***

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