ピッチャーへの挑戦⑭
周囲からの視線も物ともせずに睨めあげてくる双眸に気圧され、古義が背を伸ばすと、叶華は深い溜息をついて呆れたように首を振った。
「ソフトボールが普及しない理由を知ってる?」
「ぞんじあげませんが」
「難しくて、つまらないからよ」
「んんん?」
古義が首を傾げる。
大道寺は静観に徹するようだ。
「野球と比べて距離が短いっていうのは流石にわかったでしょ。だからこそ、一瞬の判断と反射が求められる。争うのはコンマ数秒の世界なの」
「……見応えあるじゃん?」
「『ボールが前に飛べば』ね」
弁当箱から綺麗なかまぼこ型の卵焼きを箸でつまみ出し、二口で咀嚼すると叶華は言葉を続けた。
「ピッチャーからバッターまでの距離も短いでしょ? 野球をやっていた経験のある人が打席に立つと、速いピッチャーの球は百五十キロ以上に感じられるのよ」
「ひゃうごじゅう!?」
「オリンピック選手や、プロのレベルなら百七十キロとも言われているわ。更にそこに、ライズ、ドロップ、シュート、カーブ、チェンジアップという変化球が加わるの。ソフトボールの場合、最悪、いいピッチャーとその球を受けられるキャッチャーがいれば、他のメンバーが初心者でも、ある程度試合に勝ち残れるのよ」
「……だから、『つまらない』か」
納得顔の大道寺に、古義は眉根を寄せた。
「え、なに? どういう事?」
「強いチームには、当然、良い投手がいるということだ。場合によっては、一イニングの間に一度も野手に球が飛ばないということだろう? 観覧している側からしたら、実に『つまらない』といえる」
「ああ、なーる……」
「そしてお前が投手をやるという事は、言葉通り、お前の腕にチームの命運がかかっているという事だな」
「うぐっ」
呻いた古義へ、叶華は冷ややかな視線を向ける。
「ソフトボールにおいてピッチャーを担うというのは、限りなく責任のある立場を請負うということなの。塁間も狭い分、馬鹿みたいに打たれれば、野手がどんなに必死に守っても失点は防げないから」
これはとんでもない事になった。
今更になって『ピッチャーを担う』という言葉の重みが、古義の軋んだ身体にめり込んでくる。
でも不思議と、ならやめようとは思わなかった。それどころか逆に、心臓のもっと奥のほうから、むず痒いような奮い立つような奇妙な感覚がした。
この感覚を、素直に言葉とするのなら。
「うん、がんばる」
純粋な響きで首肯してみせた古義に、叶華は面食らい、大道寺は観察するように古義の顔をしげしげと見つめ、次いでさつまいもの甘露煮を口へ運んだ。
気持ちは固まっているのだろう。きっと、こちら側が思っているよりも強く。
叶華はぐっと顔を顰めると、不満を飲み込むように箸を動かした。あんな風に返されては、これ以上の『忠告』を躊躇ってしまう。
古義はまだ、本当の怖さを知らない。けれども叶華も、自身が身を持って体験した訳ではない。
ただその恐怖に呑まれないと必死に抗い続けている兄の姿が、消えない悪夢のように脳裏に刻まれているだけで。
――彼もそう、なるのだろうか。
「あ、大道寺ソレさつまいもの甘いやつじゃん。ずりい!」
「弁当の具材にズルいもズルくないもないだろう」
「いやあるね。俺の好物を堂々と入れてきて、分け与えるでもなく見せびらかして全部食っちまうだなんて悪代官のやるコトだ。そうやって飢え苦しむオレを見て『ゆかいゆかい』って笑ってるんだろう! おおコワイ!」
「わかったから、やるから」
「さっすが大道寺、話しがはやーい」
(……苦しめばいいんだわ)
駄々をこねて得たさつまいもの甘露煮を幸せそうに頬張る古義に脱力して、叶華はチキンのハーブソテーを咀嚼した。
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