明崎未咲①
「いいか、よく見ろよ。左足は右より少し前で、グローブは両方のつま先を結んだ線状の真ん中から、少し左前だ」
言いながら捕球体制をとる宮坂を真似て、古義も同じように体制をつくる。
「もうちょっと腰落とした方がいいよ、野球のボールと比べるとバウンド低いから」。そう言って古義の両肩を軽く押し下げたのは小鳥遊で、「重心はもっと左足側ね。捕ったら直ぐにステップ踏めるでしょ?」と指先で古義の右腕を軽くつついたのは風雅だ。
「あ! お前ら! 今言おうとしてたってーのに!」
「えーそうなのー?」
「遅いのよ。効率悪すぎ」
「あんだと!?」
宮坂に対して小鳥遊と風雅がちょっかいを掛ける。そのパターンがここの通常なのだと早くも慣れた古義は、プルプルと震える太腿に耐えながら体制を維持し三人に声をかける。
「あの、これでいいっすか?」
必死な今では見上げる事も出来ない。
一点を見つめ真顔で口を結ぶ古義に、気づいた三人はぎょっとしながら口々に言う。
「いいぞ! それで! もう戻れっ!」
「練習前に痛めたら大変よっ!」
「大丈夫かずちゃん!?」
「だ、いじょうぶっす」
ようやく出たオーケーに、古義はガクンと右膝を地面につき体制を崩す。
しんどかった。太腿の痺れが徐々に和らいでいく。
やっとの事で立ち上がった古義に宮坂は安堵の表情を浮かべると、「悪かった、平気か?」と謝罪を口にする。その余りの自然さに古義は思わず目を丸くするが、直ぐに「いえっ! 平気っす!」と否定するように両手を振る。
謝罪はしないタイプかと思っていた。失礼な思い違いに反省だ。
「んじゃ、ボール投げてやっから捕ってみろ」
「もうすか!?」
「こーゆーのは形だけ繰り返したって時間のムダだろ。実際やっちまったほうがはえーよ」
「ほら下がれっ!」とボールを手にシッシと振られ、古義は軽く駆けて宮坂から距離をとる。塁間よりは少し狭い程度の距離。バットを使ったノックではなく手での投球だと勢いが上がらない為、離れすぎてしまうと練習にならないからだ。
「いくぞ!」
「しあっす!」
膝にグローブを当て構えた古義目掛け、宮坂が思いっきり球を放る。地面をバウンドして向かってくる球に、古義は二歩ほど距離を詰める。確かに、バウンドは随分と低い。球が重いせいだろう。
右足、その少し先に左足を位置させ、あとは腰を落とすだけだと古義はグローブを下げる。
ポスン。キッチリと収まった球に満足気に顔を上げると、険しい顔をした宮坂が「全然腰あがってんぞぉ!」と叫ぶ。
(あ、あれ?)
どうやら身体は今までの経験を"丁度いい"と記憶しているようだ。キャッチボールの時に明崎に言われた"忘れる"という言葉を思い出し、「スミマセン!」と古義は宮坂に投げ返す。肩にも肘にも、違和感はない。
「ッラア! 次!」
「っしあっす!」
再び放られた球は回転がかかっているのか、地面を擦ると左に跳ね、古義から逃げるように離れていく。
(やっべ)
捕球の基本は正面だとこれまで何度も教えられている。左に走って、球の正面に回りこむと左足で踏ん張る。
が、スパイクではなく普通の運動靴。勢いを止めきれず、ズッと鈍い音を立てて左足が砂上を滑る。
バランスをとるように曲がる右膝。視界に入った丸い白に、とっさにグローブを下ろす。
ポスン。
些か情けない音を響かせながらも何とか収めたボール。広がった両足に古義は「ほっ!」と声を出しながら体制を上げると、「おー! そんくらいだぞ!」と褒めるような声が飛んでくる。
(マジか。こんだけ下げて丁度かよ!?)
投げ返すために顔を上げると、宮坂の後ろに一人の女性。
ポンッ、と宮坂の肩に片手を置くと、ナチュラルな淡桃色の唇でニコリと笑顔を作る。
「へぇ~、随分と偉くなったもんねぇ? 千秋」
「っ!? おま、いつの間にっ!」
振り向いた宮坂が焦りの表情で飛び退く。
ヒールのないフラットなパンプスに、膝丈まである白のロングカーディガン。開いたボタンの奥にはコーラルのカットソーとジーンズというラフな服装だ。
大きめのトートバッグの持ち手が掛かる肩には、セミロングの髪がふわりと被さっている。見たことのある髪色。どこでだっけ、と古義が思考を巡らせていると、小鳥遊の「未咲さん!」という声が届く。




