二日目―(二)
二日目―第三試合。
グレン対嵐山 春一
グレンはいうまでもなく剣を基本とした炎戒流を使った武術。対する嵐山は、二年きっての槍遣い。グレンの間合いの外へと身を置けば有利に戦える。
「両者構えて、始め!!」レフェリーの声が響く。
しかし、二人とも動かない。互いに出かたを伺っている様だった。
「、、、っ!!」急な槍撃に反応できず、グレンは太ももに一撃をくらう。
(なんだ―?)と思考する暇すらなく、見えない槍撃が来る。バックステップで躱すも、刹那の間すらなく繰り出される槍の餌食となる。
「ハハハッ!!なんだ―グレン。少しは期待したんだぞ。でも、相変わらずの有様だな」
「君も、弱者を甚振る趣味は相変わらずだな」少し笑うグレン。
昨年、グレンは彼に何度も挑発され、決闘を申し込まれていた。しかし、1度としてグレンはそれを受けなかった。受けなかったにも関わらず、彼は武器の槍を抜き、刺して、突いて、いたぶって来た。それにも耐えて、耐えて、耐え抜いていた。それは、此処で武器を抜いたら「弱い」事になってしまうから。それだけは、自分のプライドが許さなかった。
けれど、そんな姿を人は、〈やり返す事すらできない無能〉と、蔑んだ。
血まみれになっても、失血により意識を失っても、誰も彼に手を差し伸べない。それでも彼は―諦めなかった。だから、今、此処に、グレンは―
「立っている!!」貫かれても痛みなどもう感じない。痛みに慣れた。だから、
「俺は強い!!」刺されても、何も気にしない。今更失血したところで関係ない。
「あぁ?何言ってんの?ハハハッ!!」
そう言って笑う彼は、魔法を使う。
〈完全迷彩〉―〈コラプス・スピナー〉
能力的には綾音の魔法と変わらない。しかし、能力名が異なるという事は、性能が違う。
〈空間射影〉は、空気の流れが起こる。しかし、この魔法は、空気すら流れない。グレンの観察眼をもってしても、認識不可能。完全に一方的な暴力。
「ほら、どうした!?死んじまうぞ!!右足!!左手!!右肩!!左脇腹!!次は―心臓でも刺してやろうかぁ!!ほら、避けて見ろよ!!じゃないと、卒業できないぞ!!天剣祭に出ないと卒業できねぇぞ!!落第野郎!!」
「え―?」観客は、嵐山の言葉に反応する。
「おい、待てよ!!成績に影響ないってから出なかったのに―」
「あぁ、言葉の綾だね。天剣祭優勝―。それが、この落第騎士に与えられた卒業条件。みんなは関係ないよ」
その言葉が、完全に決め手となった。グレンは、膝を着く。がっくりとうなだれる。観客の嘲笑が大きく響く。頭の中を掻き乱す。目前が暗くなる。
(俺は―。こんなところでやられて、優勝なんてできんのか、、、?無理だろ。だって俺は、絶剣を使わなきゃ何もできない、文字通りの〈無能〉だ。あぁ、ハナから無謀だった。無茶だった。無理だった。―無駄だった。この一年を棒に振ったやつが―)
完全に消えかけた闘志。しかし、それに火を再びつけた人がいた。
「だ・ま・れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」嘲笑う観衆を一喝。さながら龍の咆哮。
声の主は、ニーナ。
「アンタら、そうやってグレンの事を笑っていられるのも今のうちよ!!グレンは、私を倒した!!私に勝った!!それは紛れもない事実!!それを棚にあげて、弱い所だけ見るなんて、アンタ達の方がよっぽど無能よ!!あんた達が何気に過ごしてる一分一秒がグレンにとっては大変なモノなの!!大切なモノなの!!どんなに馬鹿にされても、罵られても、諦めない!!そんな執念があんた達にある!!いいえ、あるわけないわ!!私は、はっきりと言える!!グレン!!あなたは天剣祭で優勝できる!!だってあなたは!!私が憧れた!私の大好きな騎士だもの!!」
その言葉が、グレンをもう一度、立たせた。弱りきった瞳は熱を帯びる。全身に力が入る。
「そうだね。そうだよ―。俺は、天剣祭優勝を目標に、ずっとやって来た。こんなところで負ける筈がない。さぁ―勝負だ。嵐山 春一!!」
グレンは絶剣を構える。傷が治っていく。
「絶剣―!?それって、まさか―」嵐山の顔色が変わる。見えないのに、グレンにはわかる。世界一の刀鍛冶の作品。無限の魔力が込められた刀。1度抜けば必ず勝てる。付いた二つ名は〈抜刀全勝〉―。
「君の魔法は見切った。君は言ったね。躱して〈見ろ〉って。だから、躱して〈見て〉やるよ。君がそう言ったんだ。後悔はなしだよ」
グレンは、姿無き槍使いをその双眸に写す。
「完全模倣!!〈超音速〉!!」
グレンの姿が消える。否、視認不可能なまでの速さで移動しているだけ。ニーナには、その能力に見覚えがあった。生徒会副会長の能力。グレンは、持ち前の観察眼でたった一試合のうちに盗んだのだ。
「まだ行くよ―」
〈炎戒流四十八歩法―抜き足〉
ただでさえ追えないグレンの動き。そこに、〈抜き足〉を重ねる。必然―嵐山の頭はグレン事をいらない情報として処理する。もはや、嵐山にはグレンが見えない。
〈完全迷彩〉が〈魔法〉なら、グレンは〈炎戒流〉という〈技術〉で勝負する。魔法などに頼らない。無限に湧き出る魔力は、〈スタミナ回復〉と〈治癒〉、〈身体強化〉に回す。
〈炎戒流幻術―夢覚め〉この幻術は、自信にかける。どんなに視認不可能なモノでも、強制的に視界に入れる。
もう嵐山には回避手段がない。そこに迷うことなく―。
〈炎戒流剣術第二秘剣―老い姫!!〉それは、ニーナとの試合終了後のあの一件で使った剣術。心臓を一突きして抜く。それにより、大量の血液が溢れ出る。その後、全身を刺していく。血液が無くなり、体内の水分が失われた姿から、付いた技名が〈老い姫〉だった。
「カハッ!!」と、吐血した後で、嵐山はその場に倒れた。
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「ニーナ、ありがとう」自室に帰り、ニーナにお礼を言う。それに対して、顔を赤くして、俯き、
「うん、、、」と答える。
(腹くくるか―)グレンの心臓が音を立てる。
鼓動が胸を打つ。若干、息があがる。
「ニーナ。俺―。はじめて出会ってからまだ数日だけだけど。ニーナと一緒に居て、今までの一年間が嘘みたいに楽しくて―。俺は―。俺は―」
深呼吸。そして、がっつくように乱雑に、ニーナを抱きしめる。
抱きしめられた手は、大きくて、がっしりしていた。ニーナの腕は行き場に困っていた。
「ちょっと、痛いわよ―」そんなの知ったことじゃない。だって、自分の心が、張り裂けそうなくらいに〈大好き〉だと叫んでいるのだから。
「俺は―。ニーナ・ヴァレンタインが、大好きだ」
その言葉。その言葉を聞いて、ニーナの腕がしっかりとグレンの体を捉える。グレンの鍛えられた体。包容力のある体。その体に、何度触れたいと願った事か―。
「私も大好きよ、グレン」ニーナは答える。互いの鼓動が大きく響く。
(やっと、家族以外に俺の事を必要としてくれる人ができた―)
グレンは、ニーナをよりいっそう強く抱きしめた。
「ニーナ。大好きだ」
「さっきも聞いたわよ」
「本当に大好きなんだから―仕方ないだろ」
ふと、グレンの頬に涙が伝う。嬉しさと、喜びと。
「泣かないでよ。私は、何があってもグレンの味方よ」
優しい口調。誰かに優しくされたのははじめて。他人に認めてもらえたのもはじめて。ニーナと出会ってすべてが変わったのも事実。だから、今度はグレンがニーナを守る。それが男としての最低限出来ることだから。
「お兄様―。お取り込み中失礼しますね」
気がつくと、グレンの部屋に静音がいた。
「うわぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
グレンとニーナは驚いて離れる。その後、ひとまず落ち着いて、静音の話を聞く。静音の口から放たれた言葉―。それは。
「何処を探しても、綾音がいないんです」
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