始まり
その青年は、絶剣の擬人化した姿。否―。彼が刀になったのが〈絶剣〉である。世界一の刀鍛冶は、刀に魂を込めた。それも、その刀に最も適した人物の魂を。
「やぁ、グレン。今日は久々に僕を使ったけど―。あぁ、そうか。そこの女性と剣を交えたのか」絶剣―否、〈骸羽 密〉―〈むくろば ひそか〉は、ニーナを見て理解する。骸羽の人としての力は、〈完全理解〉。体つきから、筋肉量、魔力量、果ては体を戦闘中にどのように使っているかも全て理解する。その能力で、ニーナだと確信する。
「ぇ?えぇ―そうよ」燃える様な赤髪を揺らし、肯定する。
「君の刀は強いね。でも―。僕に比べて血を吸っていないね。名刀―妖刀―。そんな呼ばれかたをする刀は、何千という人間の血を吸っている。この僕もそうだ。しかし―君の[アルテミス]は、弱く、脆く、脆弱だ。君は、グレンと戦って、初めて知ったんじゃないか?〈殺人刀〉ってヤツを」血を吸っている刀は、強い。そんな考えが日本にはある。それはニーナも知っていた。しかし、彼女は海外から留学に来ているだけで、生粋の〈ジャパニーズ〉ではない。そもそも―[アルテミス]は殺人刀ではないのだ。確かに戦闘用の刀だが、殺す為ではない。あくまでも、〈対魔法騎士〉専用の武器。殺すなど、念頭に置いていないのだから。しかし―骸羽は、それを知っていて、尚もそう言った。その意味がわからない程、ニーナもバカではない。
その言葉の意味は。〈実戦が足りなすぎる〉という事。それは―。それは―。知っている。誰よりも、ニーナが知っている。わかっている。そんな事くらい―。承知している。けれど、それとこれとは別。室内だろうと構わずに、己のプライドを否定した彼を切り伏せようと、[アルテミス]を降る。
「な―っ!!」
しかし、それを、右手の人差し指で止める。
「忘れたのかい?僕は、刀だ」そう―刀。
そして、〈刀〉は、アルテミスを介して、ニーナへと魔力を送る。バチンッとニーナの手に電流が走る。痺れた手は、反射的に武器を離す。
「ダメだよ。武器を離したら」ニヤリと笑う骸羽を見て、ニーナは、ムッとした顔で反論する。「だって、いきなり電流が―」
「だから、何?」ニーナの言葉を喰って、骸羽は
言う。
そもそも、これくらいで手放したらダメだ、と。なぜなら、ニーナもグレンと共に日本の頂を目指す者。その彼女が、ちょっと痺れただけで武器を離してしまってはまともに戦う事など、できる訳がない。勿論、グレンはこの程度で武器を離したりなどしない。彼は、才能がなかった。だから、幼少の頃からずっと、刀を振り続けた。手の皮が剥け、マメが潰れ、霜焼けが出来ても、あかぎれを起こしても。骨折しても。インフルエンザだろうと、毎日1万本の素振りを己に課してきた。故に、手の皮が厚くなり、そもそも〈電流など通らない〉のだ。
それくらいしないと、自分は強くなれないのだから。
「わ、わかったわよ!!私はあんたに勝つ!!覚えてなさい!!」と、怒って何処かへと消えて行った。
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翌日。入学式。式は滞りなく進行していた。理事長挨拶―と、司会の先生が言う。そして、雅音が壇上に上がり、マイクを取る。
ふと―違和感を覚える。嫌な予感がする。背筋に悪寒が走る。液体窒素でも流された様な―。そんな感じ。刹那―違和感に気づく。その違和感の正体は。
「グレン!!武器の使用を許可する。外にいる奴らを斬り捨てろ」
とっさの命令。しかし、彼は瞬時に言いたい事を理解する。体育館の扉を開け、絶剣を抜き、振り下ろす。
「ぐぇっ」と聞こえた後、開いた扉の隙間から赤い液体が流れるのが見える。「このぉ―!!」と叫び声がした後、金属音が五回。その音が止み、グレンが入って来る。後ろ手で扉を閉じて、鞘に収める。〈キンッ〉と音がして、一つため息。そして、絶剣を消した。
「終わりました、〈理事長〉」それに頷き、話はじめる。一年生には理解出来ていないだろう。けれど、しない方が良い。グレンが斬り捨てたのは、〈神楽徒〉―〈ダンテ〉のメンバーだったから。
〈神楽徒〉は、魔法士を徹底的に排除しようとする者と、魔法士ではあるものの、魔法士の元締め―〈世界魔法騎士協会〉に反発する者によって構成される宗教団体。教祖である[チャリオット・ドラゲノフ]を神として崇めている。勿論、彼らには彼らの正義が有り、それに則り、行動しているだけである。しかし、己の正義のために犯罪者になるのは理解し難い。そもそも、敬虔な信者がどの程度かは知らないが、世界におよそ十万人はいるとされている。
初日から、戦闘など―ましてや実戦など、させられるはずも無い。だから、グレンが斬り捨てた。
痛みに慣れて、殺す感覚にもなれた。人ならざる人は、容赦なく殺せる。自分が殺されかけたこともあった。だから、刀を取ると、殺したくなる。見ず知らずの〈宗教団体〉など、知らない。彼には関係ない。魔法など使わなくても、グレンは、武芸百般を極めている。一端の犯罪者など、切るのは蟻を踏み潰すよりも楽な事。しかし―それを、この学園の人間は、まだ知らない。
グレンという男の、本当の恐ろしさを。
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