88話
「アルクエドに戦争を仕掛けます」
開口一番、サーベルグはそう宣言した。
「「「………………」」」
一同に衝撃が走る。
「……とは言ってもフリです。実際に戦う事はありません。向こうに話は通してありますから」
「話は通してあるって……王政派の連中がマガミネシアの統治を呑んだっていうのか?」
ジュレスはとても信じられないと言った様子だ。
「いえ、王政はザカリクの手に落ちています。私が話を通したのは法王庁です」
「法王庁……聖十字騎士団か」
ああ、という声を上げて多少納得した様子だ。2年前にエスクエスで一緒に共闘し反王政派過激派に壊滅的な打撃を与えたのは記憶に新しい。
「成程……まあ他の奴等よりは幾分マシか」
「元気にしてるかなあ……おじさん達」
「聖十字騎士団を介する法王庁のトップ現法王は話の分かる方ですよ。4年前の戦争の時も彼は戦争を起こす事に反対し国王に直訴しています。彼は歪んでしまう前の正しい姿だった時の女神信仰を知っています。彼に国王に代わりアルクエドを統治して貰おうと考えています」
「法王がアルクエドを……」
「勿論エスクエスを元の魔族信仰者達の街に戻す事を条件に、です。安心して下さい」
サーベルグの言葉にジュレスはホッとする。
「じゃあ、今回の作戦が上手くいけばエスクエスを……故郷を取り戻せるんだな?」
「ええ、そうです」
「……よっしゃあ! やる気出てきたぜ! それで、オレ達は何をすればいい?」
「当分の間は何もしなくて大丈夫ですよ。何せお互い了承済の戦争ゴッコですから。アルクエドに宣戦布告して兵を送り込むだけです」
「とは言っても王政の連中は当然抵抗してくるだろう? どうするつもりだ?」
「マガミネシアの軍がアルクエドに到着する頃には王政は崩壊していますから大丈夫ですよ」
片目の疑問に対し微笑みながらサラッととんでもない事を言った。
「何を企んでる……?」
胡散臭げな目でサーベルグを睨む片目。
「私が望んでいるのは無血開城。平和的な戦争ですよ」
「平和的な戦争……誰も殺さないって事?」
「そうです。それがあなたの望む世界征服のやり方でしょう? クロ殿」
「うん……そうだね。そうだよ! ありがとうサーベルグ!」
クロは嬉しくなって礼を言うがサーベルグは難しい顔をして、
「とはいえ、完全に戦闘を避けるというのは難しいでしょう。無論最善は尽くしますが戦とは常に想定外の出来事が起こるもの。貴方達にはそういった緊急事態が起こった時に動いて頂く事になるでしょう」
「了解した。……ところでコーデリックの姿が見えないようだが……?」
「フフ、気になりますか? コーデリックの事が。毎晩ベッドを共にしていますものね」
からかうように言ったサーベルグにユータは面白いくらいに動揺する。
「バッ馬鹿野郎! そんなんじゃない! ただこんな重要な話の時にあいつが同席しないのはおかしいと思っただけだ!」
確かにユータの言う通り、コーデリックがこの場にいないのはおかしな事ではあった。
「彼には裏工作のために動いてもらっています。彼ほどそういう任務に向いた者もいないのでね」
「まあ確かに淫魔族の王だからな。色仕掛けは古典的だがやはり有効な手段だ」
片目がウンウンと唸りながら言う。
「という事は潜入工作を……?」
「ええ。心配いりませんよ。彼はそういう事に関しては超がつく一流です。なにしろあの超絶的な美貌に加え、心から相手に寄り添う優しさがあります。これで落ちない者はいませんよ」
「まてよ……て事はまさかあいつが落とそうとしているのは」
「アルクエド国王アーノルド=ヴァン=アルクエドです」
「「「………………!!」」」
「成程な。確かにそれが上手くいけばマガミネシアの軍がアルクエドに到着する頃には王政は崩壊しているだろうな」
「崩壊って……何をさせるつもりなんだよ」
呆れたように言うユータに安心させるようにサーベルグが説明する。
「洗脳を解くだけですよ。彼は長年ザカリクの手の者によって操られていましたから」
「それだったら別に王政を崩壊させなくてもいいんじゃ……」
「いえ、それは無理です。王政はあまりにも長い間魔族信仰者を虐げすぎました。今更彼が正気に戻った所でどうにもなりません。新しい指導者が必要なのです」
「じゃあ正気に戻した後の国王の処遇はどうするんだ?」
「彼自身の宣言によって王政の解体をした後は隠居して頂く事になるでしょう。マガミネシアの庇護下の元でね」
ジュレスの疑問にサーベルグはそう答えた。
「………………」
「気になって仕方が無いようですね。コーちゃんの事が」
「本当に大丈夫なのか?」
今度は否定する事なく素直に問いただした。
「大丈夫です。何せ彼は50年もかけて私の心を救ってくれたんですから。貴方だってコーちゃんに救われたでしょう?」
「え……?」
「貴方は自覚できていないのでしょうが、いきなり異世界に飛ばされ戦争に駆り出され投獄され首に爆弾を着けられ……貴方の体験してきた事は常人ならとっくに壊れていておかしくない程に悲惨な事なのですよ、ユータ殿」
「………………」
「コーちゃん程の美貌と力を兼ね備える者に懐かれてどうでしたか? けして悪い気はしなかったでしょう? そして人肌の暖かさというのは寂しさを埋めてくれるものなのです。私がそうでしたからよく分かります」
「まさかあいつは俺の為に肌を重ねてくれていたっていうのか……?」
「勿論性欲解消も含めてでしょうが、それでも彼は意味なく人と肌を重ねたりはしません。セックスは彼にとってコミュニケーションの手段にしか過ぎませんよ。それが彼が他の淫魔族と一線を画す一番の理由です」
「知らなかった……俺は何も」
「貴方が気に止む事は無いんですよ。彼は彼なりの目的の為に喜んで行動しているのです。その結果として彼と肌を重ね合わせ、愛し合う事になったとしても別にいいじゃありませんか。何一つ悪い事などしていないのですから」
「………………」
「ジュレス殿の事が気になっているのだとしても罪悪感を覚える必要はありません。必要ないと言われれば彼は躊躇いなく貴方との逢瀬を断ち切るでしょう。貴方が心から納得できる道を探し答えを見つければ良いのです。仮に貴方がコーちゃんとジュレス殿両方が気になると言うのなら、3人で付き合うという道もあるのですから。勿論それは当人達が話し合って納得すれば、の話ですが」
「いや、別に俺はそんな……」
「だからオレは別にユータ兄の事なんか……」
「本当に、そうですか?」
サーベルグは思いの他真剣に、2人を見つめた。
そのあまりの真剣さに思わず2人はたじろぐ。
[不謹慎な話ではありますが、この場の全員が無事に最後まで生き残れる絶対の保証などないのですよ? 自分の気持ちに気付いた時に相手が生きていてくれるとは限りません。その時になって後悔しても遅いのです」
「「………………」」
「生きていても、意志が通じあえなくなる事だってある……」
苦しげに言うサーベルグに2人はハッと思い至る。そうだ。サーベルグは大切な人を……
何とも言えない空気がその場を包んだ。
ハッと思い至ったように我に返りサーベルグは慌てて言葉を濁す。
「失礼……私とした事が……余計なお世話でしたね」
そう言って自重げに笑う。
「いや、そんな事はない。……為になる話だった。……色々とな」
ユータはまだ迷いを心に含ませながら、それでも先程までよりは幾分スッキリしたように、サーベルグにそう告げたのだった。




