86話
かくして二回目となるサーベルグとの戦いが始まった。
サーベルグは奇襲を警戒してか開始と同時に後ろに飛び距離を取る。そして呪文の詠唱を始めた。
「全てを惑わす幻影の空間 我が願いによりて今ここに顕現せん 幻影空間」
前回も使った大魔法である。サーベルグの姿が虚空へと消える。しかし片目は余裕たっぷりの表情で突進し何も無い空間を切り裂いた。鈍い音がしてサーベルグが壁に叩きつけられ実体化する。
「同じ技を2度使うとはな。舐めているのか?」
怒ったように言う片目にサーベルグは笑って言った。
「いいえ。舐めてなどいませんよ。言ったでしょう? 全力で行くと。ただ、私の本気は前段階としてこの魔法を出す事が条件だったと言うだけの事です」
そう言うと再び呪文の詠唱を始める。が、次の瞬間風の刃がサーベルグを薙ぎ詠唱を中断させた。
「よくやった! クロ」
叫ぶと前足でサーベルグの身体を跳ね飛ばす。その飛んだ方向にはユータが待ち構えており、右手に雷を帯電させていた。前回使った聖雷鳴流動剣よりは一ランク落ちる上級魔法であるがその代わり出したい時にいつでも出せて消耗も少ない。
「喰らえ!」
ユータが右ストレートを放つが身体を蝙蝠にして分解させ避ける。そのまま距離を取ろうとするが、不意に飛んできた個体と液体の中間のような物体が蝙蝠にまとわりつき一纏めにしてしまう。
ジュレスが投擲した特製のトリモチ弾だった。粘着性に優れ対象の動きを制限する効果がある。更に通電物質がたっぷりと塗りこまれていた。
「ユータ兄! やっちまえ!!」
「おう!」
叫ぶと同時に蝙蝠の固まりに今度こそ右拳を叩き込んだ。バリバリバリッと電撃が激しく流れ蝙蝠達を消し炭に変えていく。まとわりついていたトリモチごと焼き尽くされ灰となる。が、相手は不死の魔王皇。こんな事でやられる程ヤワではない。突然灰が自分の意志を持ったように動き回り分散すると、それぞれがサーベルグとなって再生し、無数のサーベルグがあたりを取り囲んだ。
「? どうなってやがる!? 分身したぞ!」
「惑わされるな! 幻影だ! だが……」
ここで片目は戸惑う表情を見せた。気配から辿ろうにも全てのサーベルグから気配がする。どうやら散りじりにされた自分の身体1つ1つを分身の核に置いているらしい。どのサーベルグからも同じように気配がする。
ようやくクロ達の猛攻から脱したサーベルグは改めて呪文の詠唱を始める。
「呪文の詠唱を始めたぞ! 早く止めろ!」
「だが、どうやって本体を見極めれば……」
「ええい! 区別が出来ねえなら全部纏めてやっちまえ!」
ジュレスの指示通りに2人は片っ端からサーベルグ達を蹴散らしていったが、間に合わなかった。時間がかかり過ぎたのだ。
「「「我が願い 幻影より生まれて 現実とならん 全ての願い 全ての願望を叶えたまえ 幻影現実逆転空間」」」
そしてサーベルグの切り札となる極大魔法が発動する。半数以上消し飛ばされていたサーベルグ達が突然「本体」となり一体一体が強大な力を持つ魔王皇サーベルグとなった。
「馬鹿な! 全員本物だと! そんな巫山戯た話があるか!」
たまらず片目が叫ぶが、無理もない事だった。1人1人が本物という事はその数だけ戦力が倍増するという事だ。少なく見積もっても10体以上はいる。
「フフフ…………馬鹿げた事が現実になる。それこそが我が幻影魔法の極み」
いかに修行し鍛えられたとはいえ流石にこの人数差である。片目とユータも懸命に応戦していたが明らかに押されてきている。
「くっ! このままでは……」
「一体どうすれば……」
「落ち着け!!」
ジュレスが一括する。
「焦ったら向こうの思うツボだ! 冷静になれ! 自分のできる事をするんだ!」
焦りで熱くなりかけていた頭が冷静に戻る。
「クロ! 援護魔法を頼む!」
「分かった!」
ここを勝負どころと捉えたのか、クロは魔神の力を引き出し、防御力向上魔法と攻撃力向上魔法を順に放った。上級魔法レベルで放ったので呪文詠唱なしにすぐに発動する。次いで防御力減退魔法と攻撃力減退魔法を順に発動しサーベルグ達に放つ。
「2人とも! ここがこらえどころだ! 全力でやって時間をなるべく稼いでくれ!」
「「了解!!」」
「地獄の火炎よ 冥獄の熱波よ 吹きすさび全てを焼き尽くせ!! 灼熱昇炎地獄!!」
片目の右目が赤く輝くと同時に強大な炎の柱が巻き起こり熱波を含んだいくつもの上昇気流が場を包む。何体かのサーベルグ達は何とかその場に留まり耐えたが残りの者は熱波によって引き寄せられ炎の柱に焼かれ巻き上がっていった。
「邪悪を滅ぼす断罪の雷よ 我が体に依りて 神敵を打ち滅ぼせ! 神雷帯電体」
一筋の雷がユータに落ち、その全てのエネルギーを体に帯電させたユータは、先の攻撃を逃れたサーベルグ達に突進していきその全てを感電させていく。サーベルグ達は逃げようとしたり迎え撃とうとしたりしたが無駄な抵抗であった。
「………………?」
ここでジュレスは違和感を感じた。
(何故魔法で反撃するなり防御するなりしない? そっちの方がよっぽどマシな対応の筈だ)
ここで攻撃を受けていたサーベルグ達は霧散し霧となった後一つになりその体積を増大させていく。その身体は全長50メートル程にまで大きくなり巨人となってクロ達に襲い掛かる。
恐ろしい事に巨大化してもスピードは変わっておらずどんどん味方達が跳ね飛ばされていく。それでも死傷者が出ないのは先程のクロの魔法がまだ生きているからだろう。
ここでまたしてもジュレスは違和感を覚えた。
(おかしい……クロにかけられた魔法を解除すればすぐに決着が着くはずなのに……何故そうしない?……いや、まさか『出来ない』のか!?)
今現在サーベルグは巨人となって仲間達を襲っている。それはサーベルグの極大魔法、幻影現実逆転空間の『魔法の効果』によって引き起こされているものだ。つまり今もサーベルグは魔法を発動させ続けている事になる。
(そうか!)
天啓が閃くと同時に叫ぶ。
「皆! 奴は恐らく魔法を使えない! 幻影を実体化させる為に魔法を既に発動させているからだ!」
瞬間、サーベルグの表情から余裕が消える。次の瞬間サーベルグは元のサイズに戻ると両手から氷の混じった竜巻を発生させクロ達に放った。対魔法攻撃において最強の耐性を誇るクロがカバーに入ったが何故かクロはダメージを受けてしまう。
「クロ!?」
「クロ!大丈夫か?」
「うん、何とかね」
一方ジュレスは冷静に状況を分析していた。
「これでもまだ魔法が使えないと?」
「今のは『魔法に見せた幻影』だな。クロに魔法攻撃が効くわけがねえ。自ら墓穴を掘ったな」
「………………」
「そしてもう一つ分かった事もあるぜ。2つ以上の幻影を同時に実体化させる事は出来ない。そうじゃなきゃわざわざ巨人化を解く必要がないからな」
事実あの状況でわざわざ巨人化を解く必要などどこにもなかった。巨人化したまま魔法を放てば良かったのだから。
「それが分かったから何だと言うのです? 2つ以上同時に行えないという事は裏を返せば『一括りにすれば何でも出来る』という事です。こんな風にね」
そう宣言したサーベルグの身体が再び巨人となる。ただし今度は全身を燃え上がらせた炎の巨人であった。
「巨大化する」「炎を纏う」この二つを重ねて発動させる事は出来ない。だが、
「炎の巨人になる」事は出来るのだ。
目障りなジュレスを叩き潰そうとサーベルグが拳を振り下ろした。
が、一手早くジュレスは避けて交わした。
「手品の種が魔力による物だってんなら打つ手は一つだ」
クロに目配せをする。クロの手持ちの中でも最大級の威力を誇る大魔法を発動させるためだ。
ジュレスはすかさず発煙弾を発射し、視界を遮る。
「片目、ユータ兄! クロが魔法を発動させるまでサポートよろしく!」
「「おう!!」」
クロが唱えようとしている大魔法に心当たりがあったのか焦ってクロに攻撃を仕掛けようとするが、ユータが横から蹴りを入れ軌道をそらし片目が受けとめる。その間にクロは詠唱を終わらせていた。
「深遠なる神の導きにおいて 邪悪なる魔の猛りを沈め 我が糧とせん 聖魔吸演舞台」
クロを中心に円状に結界が張り巡らされ、眩い光を放ったかと思うとサーベルグの身体から魔力が漏れ出して舞台へと吸い込まれていく。
「うがああああっ!」
サーベルグが苦しそうに悶え暴れだす。やがて炎の巨人は実態を保てなくなり、元のサーベルグの姿へと戻る。
その間にも凄まじい勢いで魔力が吸い取られていく。その吸収した魔力をフルに使い、魔神の魔力なしで次の大魔法を発動させる。
「魔を封じる聖なる封印 体を封じる神なる刻印 封印と刻印を持って縛鎖と成す 聖十字縛」
縦に刻まれた刻印と横に紡がれた封印が十字の鎖となってサーベルグの身体を捕縛した。魔力を封じられ身動きも取れなくなったサーベルグは完全に無力化されてしまった。
サーベルグは溜息をついていった。
「やはり恐ろしいですね……二つの大魔法のコンボは。最早何も出来ませんよ……私の負けです」
こうして、2度目の戦いの決着が着いたのだった。
分かりにくいと思うので捕捉を。サーベルグの極大魔法によって生み出された幻影は「本物の現象」と化します。炎を出せばそれは魔法で生み出された炎ではなく物理現象としての炎なのです。
クロはあくまで魔力で生み出された攻撃に強いだけであって魔力の介在しない自然現象には強い訳ではありません。よってダメージを受けてしまった訳です。
この説明で分かるかな……(ーー;)




