7.5話
私は銀狼族の片目。長年、銀狼族の長として君臨してきた。……だが、望んでそうなった訳ではない。なにしろ私が生まれた瞬間からそうなる事が決定づけられていたのだから。
通常、銀狼族は黒い瞳を持って生まれてくる。だが、私はそうではなかった。私は金色の瞳を持って生まれた。金色の瞳は覇王の証だと言われている。かの魔王皇達も全員金色の瞳を持っているらしい。私が生まれた時村の重鎮達は魔王が生まれたと戦々恐々としていたらしい。私が魔王だと?馬鹿を言え、こんなに可愛らしい乙女を捕まえて。
幼い頃から次期長として目をかけられていた私はそれはそれは厳しく育てられた。同年代の連中は勿論、成人した大人ですら弱い者はついてこれないだろうというものだった。これらの厳しい訓練を私は当然のようにこなしてきた。こなせるだけの力と才能があったからだ。だが当然フラストレーションも溜まっていく。
私の次期長という立場や才能を妬む奴等が絡んできたりする事もあったが私にとってはむしろ願ってもない事だった。溜まったうっぷんを存分にぶつけられるからだ。しかしあまりに暴れすぎたせいか、しばらくしたら誰も喧嘩を売ってくる事は無くなった。ストレスの発散手段が無くなった私は荒れに荒れた。誰これ構わず喧嘩を売って無茶な行動を繰り返し群れの重鎮達を多いに困らせた。
その中の一つに人間の姿に化けて人里に紛れ込むというのがあった。人間達の集落で見る物はどれも新鮮で面白かった。途中で何回か正体がバレて人間達の軍隊や冒険者に追い回されたりもしたが、それすら私は楽しんでいた。
そんな時に出会ったのが彼等だった。彼等は若い冒険者の夫婦だった。妻が妊娠したのを期に危険な冒険者稼業からは足を洗うと言っていた。彼等が抱えていた猿のような物体に私は大いに興味を引かれた。
それは人間の赤子だった。どうも私の正体に感づいているらしく私が近付くと大泣きするので結局1度も抱き上げる事は出来なかった。赤ん坊を可愛い可愛いと言ってあやす彼等の顔は幸せに満ち溢れていた。
私は生まれてこの方、そんな表情をした事が無かった。全ては私の意思とは無関係に進んでいき、気持ちを共有できる親友も、共に同じ道を歩む恋人も、持てた事は無かった。
銀狼族の仲間達はくだらない、と人間達のそういう姿を見かける度に馬鹿にしてこき下ろしていたが、私の目にはそれはとても眩しいものに見えた。
「人間は、子供を持てば誰もがこんな幸せそうに笑えるものなのか……?」
思わずそう呟いてしまった。その言葉がきっかけで正体がバレてしまい、冒険者の夫婦は私に襲いかかってきた。
まともに戦えば人間など私の敵ではない。だが、我が子を守ろうと死にもの狂いで私に喰らいついてくる彼等の勢いに私は気圧されていた。凄まじい力だった。私達魔物が持つ力とは全く違う異質な力。その力の輝きに私は心のどこかで感心していた。思えばこの時から私は人間という生き物に魅せられていたのだと思う。
結局私は一切彼等に手を出す事もなく、すごすごと退散した。どうしても彼等に牙を向ける気になれなかった。だが、それを情けないとは思わなかった。
それが銀狼族の重鎮達に知られた時、私は激しい叱責を受けた。人里へ紛れこんだ事ではなく、人間相手に尻尾を巻いて逃げ帰ってきた事が問題になった。人間等に、誇り高き銀狼族が、と彼等は馬鹿の1つ覚えのように繰り返した。
この時、長年蓄積していた怒りが全て吐き出された。怒り狂った私は悪鬼羅刹の如く当時の長やその取り巻きなど、群れの重鎮達を全て叩きのめした。この時の事件がキッカケで群れの中に私の支持者が増えていき、嫌がおうにも群れの長となる事になってしまった。
私のやる事はいつも裏目に出る。人間に惹かれたりしなければ、怒り狂って暴れたりしなければ、………………忌み子の赤子を連れ帰ったりしなければ、こんな事にはならなかった。同族同士で血で血を洗う、凄惨極まりない殺し合いなど起こさずにすんだ。
だが、そう思う一方で現状を歓迎している自分がいるのもまた事実だった。忌々しい群れの長という立場から抜け出せた。長年憧れていた「母親」になれたのだと。
ーー私は今、笑っているのだろうか。