80話
そうしてクロ達の修行の日々が始まった。基本的にはサーベルグが一対一で新しい技や魔法等の技術をレクチャーし、それを個人練習で磨き上げ、合同練習で披露し、新たな問題点や課題を見つけていった。
片目の場合ーー
「まず貴方がすべき事は五感の強化です。その中でも特に索敵に使えるのは聴覚、視覚、嗅覚の3つです。その感覚だけで相手の位置を把握できるようになりましょう」
最初に行ったのは聴覚の強化。どんな微細な音でも聞き分け、また音源の位置を特定できるようにトレーニングを行なった。
暗闇の無菌室の中でサーベルグが機械で音を鳴らし、制限時間内にその場所へ正確に攻撃を行えれば成功。出来なければやり直し。
ある程度ものになってきたら今度は雑音を入れてみたり、大きな音の陰に隠れるように音を混ぜたりして聞き取りにくい状況を作り出した。
最終的には靴ずれの音だけで半径300メートル以内の目標に5秒以内には確実に攻撃を当てられるようになった。
次に行なったのは視覚の強化。瞳に魔力を通して一時的に視力をあげる特訓。新たに手に入れた赤眼の力を使って標的を捕捉する特訓。たゆまぬ特訓により、10キロ先の看板の文字を読み取れる程に視力はアップし、サーモグラフィーのように温度で敵の位置を捕捉できるようにもなった。
また悪環境でも適応できるようにする為の特訓も行われた。視界を遮る砂嵐や吹雪の中で標的を捕捉する特訓であったり、ほとんど光のない暗闇でも僅かな明かりを拾って見れるようにする訓練も行われ、あらゆる環境で標的を視認できるようになった。
最後に嗅覚の強化。例によって視覚と聴覚を封じられる環境で標的につけられた僅かな匂いだけを頼りに攻撃する特訓。同じく嗅覚だけを使って迷路の正しい道を進む特訓。
そしてやはり悪環境でも適応できるようにする為の特訓。悪臭の漂うゴミための中でもきちんと鼻を機能させる為の訓練。様々な匂いの中から正解を探り当てる訓練。
最終的には匂いだけで敵の位置はおろか仲間の位置も常に把握できるようになったし、厨房から漂ってくる匂いでその日のメニュー、使われた材料、分量まで指摘してみせた。
「さて、最後に強化するものは勘、いわゆる第六感という奴ですね」
「勘を鍛えると言ってもどうやってやるんだ?」
もっともと言えばもっともな疑問にサーベルグはニッコリと笑って答えた。
「協力者を用意しております」
そう言ってニヤニヤ笑うだけだ。
「? 協力者って……どこにそんな奴がいるって言うんだ」
キョロキョロ周りを見渡す片目に、可笑しくて仕方がないという風にサーベルグは告げた。
「さっきからずっといるじゃないですか…………貴方の 後 ろ に ほ ら ! 」
「え……!!」
ゆっくりと片目が後ろを振り返ると、半透明の半ば背景に融けかかっているような人の形をした何かが立っていた。
「ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
その日、マガミネシア領全域に片目の絶叫が響き渡ったという。
あまりの大音量にサーベルグは両鼓膜が破れ卒倒。『協力者』の罪無きゴースト族の若者もあまりの声の大きさと片目の形相の凄まじさに気を失ったという。
呆れを通り越して哀れになってくる程に全身をガクガクと震わせて真っ青な顔で片目は言った。
「ダメなんだ私は……幽霊だけはどうしても……」
「ええ、よ~く分かりましたとも。鼓膜を犠牲にしてね」
サーベルグの嫌味にも気付かない様子で顔からは生気が全く感じられず、どっちが幽霊なのかと思わされる有様だった。片目はひたすら嫌がって固辞したがこれしか方法がないという事で催眠術までかけて何とか特訓を受けさせた。
「あれは幽霊じゃないあれは幽霊じゃないあれは幽霊じゃないあれは……」
虚ろな目でブツブツと呟き続ける姿に元銀狼族の長としての威厳は欠片も存在しなかったのだった。
思わぬ理由により大幅に遅れを取った特訓だったが何十回何百回もの挑戦によってゴースト族の若者に少しずつ慣れていき、何とかこなせるようになっていった。
音を出さず匂いもしない姿も見えないゴースト族の若者との隠れんぼ。片目が鬼となって若者に触れるまで特訓は続く。ひたすらそれを繰り返していった結果、確かに第六感は向上したらしく何回かに1回は触れられるようにはなった。
だが時折何もない空間を見て笑い出したり話をしている相手と目線が合わず後ろにいる誰かに語りかけたり悪夢にうなされてお経のようなものを唱えだしたりして悪化したとも言えなくもない。
「サーベルグ、この特訓だけは失敗だったんじゃねえか……?」
もの凄く不安そうに言うジュレスにサーベルグは首を捻りながら、
「おかしいでずねえ。これで上手くいくと思ったのですが……」
と残念そうに言った。
悠久の時を生き卓越した頭脳を持つサーベルグにも失敗はあるようだった。




