76話
「そうか……分かった。悪かったな。……それじゃ俺はこれで」
そう言ってジュレスは帰ろうと踵を返す。
「お待ちなさい」
サーベルグが去ろうとするジュレスを呼び止める。
「最後まで話をお聞きなさい。『私には』力添えする事はできないと言ったのですよ」
「え?」
サーベルグの言葉に振り返ると、闇の中からもう1人の人影が姿を現した。
「片目……」
そこに居たのは片目だった。何故ここに片目がいるのか。ジュレスの疑問を解消するようにサーベルグは説明を始める。
「貴方の来る前に、貴方と全く同じ内容で相談を受けていたのです」
「同じ内容って……」
「あの日役に立てなかったのは私とて同じだ。ユータやコーデリックが居なければクロは殺されていた」
訝しがるジュレスに片目はアッサリと言った。
「貴方はどうしても強くなりたい。片目殿もどうしても強くなりたい。ならば話は簡単です。2人で契約を結んでしまえばいいのです。契約を結ぶ事は魔族にとってもプラスになるのですから」
「いや、でもよ……」
ジュレスは困惑した。正直言って片目と契約を交わす事は全く考えていなかった。想定の外にあったと言っていい。
「何だ? 私が相手だと不満か?」
「そんな事はねえけどよ……お前は本当にいいのか? 相手が俺で」
「いつも口喧嘩ばっかりしている相手が契約を結んでくれるのが信じられないか?」
フッと微笑を浮かべ片目が言った。その通りだった。片目が契約を交わす程に自分を認めてくれているとは思えなかったのだ。
「いつだったか、私とこの脳味噌野郎が喧嘩していた時にクロが言っていた。相手を認めているからこそ喧嘩できるのだと。あの時は認める気にはなれなかったが、今は認めよう。私は、どうでもいい相手とは喧嘩などしない」
「貴方にそう言って頂けるとは、光栄ですね」
「フン……」
それは、サーベルグとジュレスの事を認めていると宣言したも同然だった。
「でもよ……」
珍しく言い淀んでいるジュレスにハア、と溜息をついて片目はダメ押しをする。
「よく考えてみろジュレス。お前がクロにとって益を齎さない存在だったとしよう。私がそんな奴をクロの傍に置いておくと思うか?」
「………………」
「ルクスを亡くして壊れかけていたクロの心を正常に繋ぎ止めたのはお前だ、ジュレス。お前と出会ったからこそクロは今笑っていられるんだ。自信を持て」
「片目……」
「私がお前に力を貸してやる。だからお前も私に力を貸してくれ。私達の思いは同じ筈だ。クロを守りたい、寂しい思いをさせたくないというその思いは」
思いがけないその言葉にジュレスは胸が熱くなる。
コク、とジュレスは頷いた。片目はそんなジュレスにゆっくりと近付いていき、口付けをした。
「!!?」
驚くジュレスだったが、抵抗する事はせず身を任せる。片目は口付けをしたまま優しくジュレスを包み込んだ。
「ん……」
そして次の瞬間、眩い光が2人を包み込み、力と光の奔流が辺りを包む。全てが静まった後、やっと片目は口を離した。
「セカンドキスは私が頂いたぞ」
フフンと笑って得意そうに言う片目にジュレスは
「何言ってんだ、馬鹿……恥ずかしいだろ」
とほのかに顔を赤らめた。
いつもの強気で元気な姿からは想像もできない程今のジュレスは大人しく、そして可愛らしかった。ジュレスとて未だ12歳の年若い少年なのだと理解させるには充分すぎる程に艶めかしい姿だった。
そんなジュレスを見て片目は顔を逸らした。
「いかんな。これでは私もユータを馬鹿には出来んな」
そうボソッと呟いた片目もまた顔を赤くしていた。そして、片目の失われた右目が眩く光を放ち、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれた。
それは赤い瞳。ジュレスの髪と同じ色の瞳。その瞳にはよく見るとジュレスの名が紋様となってうっすらと刻まれていた。
ジュレスの身体にも刻印は刻まれた。ジュレスの右太股に刻まれたその名はーー
「片目=フォンデルフ…………変な名前」
そう言ってジュレスはプッと吹き出した。片目も釣られて吹き出す。
「プッ、ククク……アハハハハ」
笑い声が常世の間に響いたのだった。




