75話
そうしてクロ達はメグロボリスに住む事になった。クロ達が済む住居や食事、その他もろもろの用意は全てサーベルグが取り計らってくれた。献身的とも言える程にサーベルグはクロ達の為に動いてくれた。クロ達は何不自由なく、毎日を過ごす事が出来ていた。
そんなある日の事だった。ブラックタワーに向かう一つの影があった。それはジュレスだった。入口で要件を告げると無事に空間は繋がりジュレスは最奥の部屋、サーベルグの脳が鎮座される部屋へと足を踏み入れていた。
「ブラックタワー最奥の『常世の間』にようこそ、ジュレス殿。相談したい事がある、との事でしたが……」
闇の中から浮かび上がるようにサーベルグが姿を現す。ジュレスは強い決意を称えた顔で要件を告げた。
「聞きたい事がある」
「何でしょうか」
「契約は、二重契約……つまり同時に2人以上と交わす事はできるのか?」
「……それを確認してどうするつもりですか?」
サーベルグはすぐに質問に答えることはせず、先にジュレスの真意を確かめる事にした。
「……強くなりたいんだ。どうしても」
そう言ったジュレスの表情は苦みきっていた。
「あの日、ユータ兄さんの後続部隊としてやってきた連中にオレ達は追い詰められてた。コーデリックは1度死んだし、ユータ兄さんがこっちに寝返ってくれなかったら、首につけられた爆弾が爆発してたら、間違いなく全滅していた」
コーデリックが1度死んだ、という話を聞いてサーベルグの表情が変わった。
「……失礼。コーちゃんが、コーデリックが死んだというのはどういう事ですか?」
「言葉の通りだよ。撃退した連中の首に着けられた爆弾が一斉に爆発して、コーデリックはオレ達を守る為に全てを使い切った。心臓が止まったコーデリックを魔神の力に覚醒したクロが回復魔法で復活させたんだ」
「………………」
サーベルグは固まったまま何も喋らない。やがてゆっくりと口を開いた。
「ジュレス殿。貴方が嘘をついているとは思わない。しかしその話はあまりにも……」
「信じられないってか?無理もねえ。俺自信未だに信じられないからな……」
ジュレスの態度に何かを感じたのか、サーベルグはとある提案をしてきた。
「ジュレス殿。このメットを被って頂けませんか」
「これは……?」
ジュレスが渡されたのは頭をスッポリと覆うサイズのメットだった。後頭部部分にはコードが繋がれており、配線は鎮座している巨大な脳の台座まで繋がっている。
「それを被った者の記憶を読み取り映像として私の脳へと送る装置です。平たく言えば他者の記憶を読み取る装置ですね」
「なるほど。これを被れば本当に起こった事かどうか確認できるって事だな。分かったぜ」
そう言ってジュレスは躊躇う事なくメットを装着した。その瞬間奥に鎮座された脳がぶるり、と震えたようにジュレスには見えた。
「むう……これは、何という……」
しばらくそうやって唸り続けた後、もう外して良いですよと声をかけてきた。ジュレスがメットを外すと真剣な顔をしたサーベルグが質問を投げ掛けてきた。
「確かに、貴方の言う通りでした。貴方達はあと1歩の所で全滅、という所まで追い詰められていたようですね。貴方が自分の無力を嘆き強くなりたいというのも頷ける。……ですが、それが何故多重契約の話に繋がるのですか?」
「簡単な話だ。強い魔族と契約を交わせばそれだけ強くなれる。加護を得られるんだからな」
なるほど。たしかにそれは道理だ。だがそれは同時にもう一つの事実を示していた。
「……魔王との契約ですか。貴方が望むのは」
幾分先程までより冷たい声音でサーベルグは言った。そうなるのも無理はない。ジュレスの言っている事は侮辱と取られかねない内容だからだ。契約とは、人と魔族の最大の絆の証である。魔族にとってそれは誇るべき物でありおいそれと出来るものではない。魔王ともなれば尚更だ。しかもサーベルグとコーデリックは既に契約を交わした相手がいるのだ。
それは例えて言うならばすでに結婚して相手がいる大富豪に何の権力も金も力もない小僧が金が欲しいから不倫してくれと言っているような物なのだ。一笑に付されるどころか侮辱と捉われてもおかしくない事を口にしているのだ。
「勿論、どれだけ無礼な事を言ってるのかは分かってるつもりだ。気に入らなければいつでも殺して構わないぜ」
物騒な事を平然と言っているように見える。だが、その手が微かに震えているのをサーベルグは見逃さなかった。
「…………何故、そこまでして?」
だがサーベルグはここで怒る程に愚かな男ではない。あくまで冷静にジュレスの真意を確かめようとする。
「俺の記憶を覗いたなら分かるだろ。あの時、明らかに俺だけが足手纒いだった。当たり前だ。オレ達のパーティー構成を見てみろよ。救世の天子に元銀狼族の長、魔王皇に女神の救い手だ。豪華すぎて涙が出てくらあ。そんな連中でさえ苦戦するような敵を相手に何の取り柄もないただの忌み子が何をできる訳もない」
悲観的に物事を見ているのではない。極めて客観的に、正しくジュレスは自分の置かれている状況を理解していた。ジュレスが今のままパーティーに居るという事は足手纏い以外の何物でもなかった。
「……厳しい事を言うようですが、それならば貴方がパーティーから抜ければ済むだけの話では?それで何も問題はないように思えますが」
冷徹な言葉だが、事実だ。何も無理に一緒にいる必要はないのだ。真に相手の事を思うならば引くのもまた一つの道だ。サーベルグはそう捉えていた。ジュレスの次の言葉を聞くまでは。
「……それは出来ねえ。俺は約束しちまった。何があってもあいつの傍に居続けるって。俺が居なくなったらあいつは……きっと自分を保てなくなる」
「………………」
「1人の辛さ苦しさはアンタも知ってるだろ。クロは俺と、魔族信仰者と出会うまでずっと1人だった。ずっと耐えてきたんだ。俺は何があってもアイツの隣に居続けたいんだ。アイツに寂しい思いはさせたくねえ」
それは聞きようによっては傲慢とも取れる内容だった。何故なら今のクロには多くの味方がいるからだ。だが、サーベルグにはそれがジュレスの真摯な友を思う気持ちから発せられた言葉だと思えてならなかった。
似ていたからだ。全てを自分の為に捧げ尽くしてくれたかつての友と。
ーーだが、それと願望が叶うかどうかは全く別問題だ。
「貴方の言い分は分かりました。それが、おそらく真実だという事も。ーーですが………………契約を二重に出来るという話は聞いた事がありませんし、私も知りません。私には残念ながら力添えする事は出来ません」
サーベルグの口から告げられたのは無情な事実だけだった。




