65話
気がつくと、再びあの場所に立っていた。廃墟とゴミしかない不毛の地に。そこには、いつか夢の中で会ったあの青い髪の青年だった。
「あなたは……」
「また会ったな。御子よ」
淡々と喋っているが、どこかその言葉には喜びがあった。
「あなたが、ぼくと契約をかわした魔神?」
「そうだ。より正確には魔神の魂の欠片、契約を交わした時に交換されお前の魂の一部と化したものだ」
そう言うと唐突に彼は頭を下げた。地に頭を擦りつけん勢いで。
「まずは、今までの事を詫びなければなるまい。済まなかった。……本当に」
「え…?」
「災厄だ。お前の身に今まで散々降り掛かってきただろう。私と契約をかわさなければ、お前はここまで苦渋に満ちた人生を歩む事は無かった」
うーん、としばし考えた後に
「でも、契約を結んでいなかったらぼくは『掃き溜め』から脱出する事が出来なかった」
と返した。
「それは、そうだが……」
「それに赤ん坊の頃とはいえ、ぼくは自分の意志で契約をかわした……はず。あなたが頭を下げる事はないよ。災厄は、あなたが意識してやってる訳じゃないんでしょ?」
「だが、私が原因なのは間違いない」
「それはぼくだって同じ事さ。沢山の人を巻き込んできたんだ。……それでも生きる事を選んだのはぼくだ。……あなたが罪人だと言うならぼくだってそうだ」
「………………」
しばし、沈黙が流れる。
「気を付ける事だ」
「え?」
「私の魔力を体内にまで取り込んでどういう影響が出るか分からん。強大な魔力に身体が耐えられず悲鳴を上げるかもしれないし、力を使う度にお前の身体は魔神に近付いていくかもしれん。唯一確実に言えるのはーー」
「今まで以上に災厄が襲ってくる、でしょ? 分かっているよ。全部、覚悟の上で選んだ事だ。それでもぼくはコーデリックを救いたかった」
「そうか……」
目を細める魔神に今度はぼくの方が頭を下げる。
「ありがとう。力を貸してくれて。おかげでコーデリックを救う事ができた」
そう言うと魔神は何か眩しい者を見るような目をして、
「強いな、お前は……御子の旅に、幸いあれ」
そうしてぼくの意識は闇の中に飲まれていった。
「ん……」
パチ、とクロが目を開けると目の前に片目の顔があった。随分憔悴しているようだった。
「クロ!!」
片目は心底ほっとしたような顔をしてクロの身体を抱きしめた。
「良かった。本当に良かった……もう、目を覚まさないのかと」
「大袈裟だなあ。ちょっと寝てただけなのに」
そう言うと片目は目に涙を溜めて反論してきた。
「大袈裟なもんか! 1週間も寝てたんだぞ! どれだけ心配したと思ってる!!」
「1週間も……」
「キミは無茶しすぎだよ。ボクだけじゃなく、負傷者全員を治すために回復魔法を多用し続けたんだから。倒れたのはその反動だ」
「コーデリック! 身体は大丈夫なの?」
「それはこっちの台詞だよ。全く……皆がどれだけ心配したか」
「……ごめんなさい」
クロは頭を下げた。コーデリックの態度にいつものおちゃらけた物を感じなかったからだ。それだけ本当に心配をかけてしまったという事なのだろう。
「でも、そのお陰で負傷者が皆助かったのも事実だ。クロ。ありがとう」
そう言って今度はコーデリックが頭を下げる。今回の襲撃で城が受けた被害は甚大だった。使用人にも魔物にも多くの犠牲者が出た。城自体もあちこちにダメージを受けていた。雨露を凌ぐくらいは出来るが、かつての古いなれど荘厳な姿は微塵も残ってなかった。
「クロ! 目を覚ましたか!」
今度はジュレスとユータが中に入ってきた。ユータの折れた肋骨はクロの回復魔法によって完全に治っていた。ユータはクロが無事起きた事を確認するとホッと肩を撫で下ろし、頭を下げる。
「クロ。済まなかった。いや、クロだけじゃなく皆にも謝らなければならない」
「ユータお兄さん……?」
「オレが後続部隊を引き連れてきたも同然だ。オレとの無駄な戦闘がなければ消耗もなくて済んだ」
「むしろお兄さんのお陰で皆助かったんじゃないかな?」
クロの言葉にえ? とユータは驚いた顔をする。
「クロの言う通りだよ。ユータ君がこっちの味方をしてくれてなかったら間違いなく全滅してた」
「うむ。戦闘中もよくジュレスとクロを庇ってくれていた」
コーデリックと片目も後押しをするように頷いた。
「あんたは間違いなく救世主だよ。この場にいる全員にとってはな」
「皆……」
「ね? 言ったでしょ?」
とクロが微笑むとユータも
「ああ、そうだな……」
と言って微笑んだ。それは、彼がこの世界に飛ばされてきて初めて心の底から出した笑顔だった。




