63話
コーデリックの体が霧状に分解し黒い障気となって部屋中に充満する。視界が真っ暗になり何も見えなくなる。
「こ、コーデリック、これは……?」
クロが動揺の声を上げるが無理もない事だった。敵の目を欺けるのかもしれないがこれでは自分達も何も見えないではないか。
「大丈夫。安心して。こうなったからにはもう奴等に好きにさせない」
どこから声を発してるのか不明だが、コーデリックの口調からは強い自信が伺えた。
直後、
「うわあああっ!」
敵兵の叫び声が響いた。突入してきた兵達がコーデリックによって撃退されたらしいが何も見えない。
再び敵が乗り込んでくる音が聞こえてきて、発砲音が撒き散らされる。目の前でガギギギ、とかん高い音が鳴り響き、直後に地面にバラバラと落ちる音がした。
どうやら敵兵が闇雲に銃を乱射してそれがクロ達に向かってきたらしいが、目の前で何かに遮られ全て地面に落ちたようだ。
その後も断続的に突入してきたり発砲してきたりを繰り返していたがどれも最終的には沈黙し制圧されたらしい。全く何も見えないがどうやら戦況はこちらの有利に傾いているようだ。
空間を分解した自らの体で多い尽くし全てを支配する。それが魔王皇コーデリックの奥の手、暗黒空間である。霧状に分解された体を自由に再構成し、突入してきた敵兵の体を拘束したり発砲された弾をはじき落としたり、その使用法は多岐に渡る。
敵が攻撃を加えようとしても霧は敵の攻撃をすり抜け無力化する。敵の攻撃は無力化しこちらは好き放題に攻撃できる。強力極まりない技であるが、相応のリスクも背負っている。
体を分解し霧状に保ったままコントロールし続けるというのは膨大な体力と魔力を消耗する。魔力や集中力が切れて体を再構成出来なくなったらそれは即死を意味する。
決して軽はずみに使っていい技ではないのだ。文字通り『奥の手』でありこの技を出したという事はそれだけ追い詰められていたと言う事だ。
何しろ敵はどこからどのタイミングでどれくらいやってくるのかも分からない。姿も捉えられない。位置を捉えて敵を制圧しても分散して襲ってきているのですぐに新手がやってくる。彼等の攻撃は魔を払うと言われる銀で出来た弾丸を惜しみなくばら撒くという物であり、これはコーデリックも預かり知らぬ事であるが聖水によって祝福を受けておりより対魔能力を向上してあった。
コーデリック淫魔族の身体は物質的よりも精神的な割合が大きく、魔力が身体を構成しているといっていい。洗礼された銀の弾丸は正にコーデリックにとって鬼門であった。
それもその筈で、彼等突撃部隊は救世の天子抹殺にあたり最大の障害である魔王を倒す為に組織された特化部隊なのだ。女神の救い手の投入はあくまでオマケであり、メインは後続の彼らなのだ。突撃部隊の装備戦略がどれだけ魔王に通用するか調べることが目的であり、ここで仮に救世の天子の抹殺に失敗しても問題は無い。真に警戒すべきは魔王であり、逆に言えば魔王さえ倒せば他の連中はいつでも倒せる。そういう計算の元にこの襲撃計画は立てられていた。
恐るべき事に事実、女神の救い手の裏切りがなければ、いや裏切ったとしても爆弾さえ発動していれば確実にクロ達は全滅していた。女神の救い手が裏切って敵に加わっても尚、魔王に奥の手を使わせる程に追い詰めていたのだから。
しかし、現実はそうはならなかった。唯一の誤算、それは爆弾が外され裏切った女神の救い手が生き残った事だった。その、ほんの僅かなミスとも呼べない微かな綻びが命運を分ける事になる。
敵部隊の襲撃は収まった。投入された全ての部隊を制圧し終わったらしい。コーデリックは分散させていた自分の身体を元に戻していく。暗闇が解除され少しずつ視界が戻ってくる。かなりのピンチではあったが、何とか危機をくぐり抜けた。その場の誰もがそう思った。
だが、彼等は忘れていた。
女神信仰者達がどれほどに悪逆非道で、目的の為に手段を選ばないかという事を。
ピピピピピピピピ…………とかん高い嫌な音が部屋に響き渡る。
「「「!!?」」」
場に緊張が再び戻る。音の出どころは、と周囲を見回すと倒れている敵兵から音は鳴り響いているようだ。
「まさか、まさかこれって……」
最悪の事態がクロの頭をよぎる。その、まさかだった。
「全員中央に寄れ! クロを真ん中にして覆い被されっ!!」
いち早く反応した片目がクロを全員の真ん中に寄せ次いでジュレスを被せる。その後に片目とユータが被さり、最後に再び身体を霧状に転化させつつコーデリックが周囲の空間ごと包むように覆った。
直後、大爆発が巻き起こり、玉座の間ごと周囲の物を全て吹き飛ばした。
クロの危惧した通り、敵兵全員の首に爆弾が仕掛けられていたのだ。黒煙を巻き上げ炎が辺りを包む。しばらくの間を置いて、煙の中から真っ黒な球体が姿を現した。そして球体が少しづつ形を変えて人の形に変わっていく。球体がなくなると、中にいたクロ達が姿を現す。
いち早く動き始めた片目が声をかける。
「ふう……皆、無事か?」
「ああ、何とかな……」
ヒュー、ヒューと苦しそうな呼吸をしながらユータが応える。ヒビが入っていた肋骨は完全に折れてしまっていた。
次いでジュレスも起き上がる。そして最後にクロが姿を現す。二人とも怪我はしていなかった。
「助かった……のか?」
「コーデリックが身を呈して守ってくれたんだ。ありがとうコーデーー」
言いかけた言葉が途中で止まる。
コーデリックは人型の姿に戻り倒れている。ピクリとも動かない。
「おい、まさかーー」
ジュレスが声を上げるが、誰も反応しない。クロがコーデリックの元へ近寄り、その体に触れる。
呼吸をしていない。心臓が、止まっていた。
「コーデリック? ねえ、嘘でしょ?」
体が、手先がブルブルと震えて上手く動かせない。コーデリックの頬に手を触れるが、少しずつ熱が失われていくように感じられた。
「皆、助かったんだよ? 君のおかげで全員。それなのにーーそれなのに、どうしてだよ!」
コーデリックは一言も喋らない。動きもしない。
「コーデリックうううううううーーーーーーーー!!!!!!」
クロの絶叫が辺りに響き渡った。




