60話
大陸の中心に位置する国家アクアドール、その王都エルクエドより遥か西ーーこの世界で女神信仰が最も盛んな国、ザカリク。その王都、キエヌルカ。首都には絢爛豪華な大客殿、その頂点に立つ尖塔、ーー通称女神の塔。女神信仰者のなかでもごく一部の限られた者しか入る事を許されぬ部屋。
その部屋の中は、様々な機械や通信施設が備えられておりおおよそ宗教施設とは思えぬ高度な機構を備えていた。ここに女神の使い手としてこの世界ネバーエンドに呼び出された異世界の青年、サトウ=ユータがいればさぞ驚いた事であろう。なにしろ彼の故郷、地球の高度な化学技術が使われていたのだから。
その部屋に佇むのは、豪奢な衣装に身を包んだ男、大僧正マードッリック=ウォン=フォンデンブルグであった。ウォンとはこちらの国では酋長を意味する言葉だ。ザカリクには大小様々な部族が点在しており、彼が治めるフォンデンブルグ族は国内きってのエリート部族であった。
今でこそ世界一の女神信仰国家として名を馳せるザカリクであるが、女神信仰の発祥地という訳ではない。女神信仰は元々大陸中央の国アクアドールより発祥し西のザカリクへと流れ伝えられた。そして長い年月が経つ内に両者の力関係は逆転しいつの間にかザカリクが女神信仰の第一人者という立ち位置にすげ変わっていた。
理由は色々ある。ザカリクはその国土の殆どを険しい山々と広大な砂漠に支配される地である。基本的には資材に乏しく人々が生きるには不毛の地であった事から、そこに住む人々は心の安寧を宗教に求めた。
そうして間もなく北の大国ザンツバルケルが技術革命を起こし蒸気機関や高度な化学技術等を発展させていった。それまで使い道の無かった石炭や石油は金の成る木に化けた。更に未開拓だった炭鉱からは様々な宝石や金が発掘された。それまでは掘り出す技術が無かった為に正に宝の持ち腐れだったのが一転億万長者の超大国と成長したのである。
人々はこれらの出来事を女神を信仰し奉った功徳だと喜び、こうしてザカリクは宗教国家としても大発展を遂げたのである。今ではアクアドールはザカリクの援助なくしては国として機能しなくなり、女神信仰の最高指導者である法王の権力も形だけの物となり、正しく傀儡の徒と化していた。
その、実質的には法王をも超える権力を持つ男、マードリックの元に通信が入る。
「女神の使い手につけられた爆弾反応消失。どうやら敵に敗れた模様」
「そうか、では後続部隊を投入しろ。爆弾が作動しているなら敵側の戦力も相当削れた筈だ。速やかに第一目標である救世の天子を索敵、始末せよ」
などと顔色1つ変えず命令を伝える。
女神の救い手の首に装着された首輪は装着者の生命反応を常に捕捉しており、生命反応が消失すると首輪に着けられた爆弾が爆発するようにセットされている。装着者が戦闘に敗れても敵を巻き添えにする為である。正に悪魔の兵器であった。
その爆弾の反応が消失したという事は女神の救い手は敵に敗れ殺されたのだろう。
まさかコーデリックが神速のスピードと技術で爆発させずに首輪を抜き取った等とは夢にも思わない彼は、後続部隊にそのまま突入させる事を選択してしまった。この判断が、後に両者の命運を分ける事になる。
「ーーーーーー敵がやってくる」
全身を緊張させながらコーデリックが言った。
一同の視線が魔王皇に集まる。
「まずいな。ユータ君。どうやら敵はキミがやられても作戦を継続できるように後続の部隊を待機させていたようだ。……しかも、こっちがメインらしい」
ユータは驚いた顔をしていたが、その一方で納得してもいた。
「そうか……やはり捨てゴマだったか、オレは……」
遠い目をして微笑む青年に、我慢できなくなったのかジュレスが声を上げた。
「ちくしょう!!」
その目は真っ直ぐ成年を見据えていた。だが、先程の殺気の篭ったものではなく、温かみのあるどこか哀れむような目だった。
「俺……俺よ、ずっと憎かった。女神の救い手が。こいつが出てこなけりゃ戦争は起きなかった。誰も死なないで済んだってな」
その言葉は、鋭利な刃物になってユータの胸を引き裂いた。
かのように思えた。が、次に紡がれた言葉は予想とは異なるものだった。
「だけどよお……実際会って見れば、誰も殺さねえ。敵意がないって訴えてよ……爆発されるかもしんなかったのによ。話を聞いてみりゃあ、元々何も関係ねえのに違う世界に引っ張ってこられて、利用されてよう。役に立たなかったら爆弾でもろとも皆殺しって、何だよそりゃあ!!」
ジュレスは泣いていた。泣いて、怒っていた。ユータの為に、怒っていたのだ。
「お前……泣いているのか、オレなんかの為に」
「『なんか』じゃねえ!!」
更にジュレスは怒鳴った。
「あんたは、『なんか』なんて言葉で言い現していい存在じゃねえ!……あんたが、命令通りに戦っていたら、誰も生き残れなかった! あんたが、戦いを拒否して、牢獄に入れられてなかったら、今俺はここにいやしねえんだ!」
それは魂の底からの叫びであった。その叫びが、魂の訴えが、激しくユータの心を揺さぶる。
「クロの言う通り、あんたは救世主だよ。立派な救世主だ。それなのによお、あんまりじゃねえか。この扱いは、あんまりじゃねえか!!」
体を震わせ、自分の為に泣く少年。彼は、忌み子だ。つまり二年前の戦争の犠牲者なのだろう。恨まれても罵られてもおかしくはない。それが今、自分の為に泣いている。
このまま、泣かせていていいのか?
ーー否。
偽者の救世主とはいえ、出来る事がある筈だ。かけてあげなくてはならない言葉がある筈だ。
偽者でも、胸を張って出来る事がーー
ユータはゆっくりとジュレスの元へ進むと、できる限り優しく赤毛の少年をその両手で包容する。先程救世の天使が自分にそうしてくれたように。
「お前の名は何て言うんだ?」
声もできる限り優しく、包み込むように。
「ジュレス……」
あの少年のように上手くはいかないだろう。
「そうかーー」
それでも、自分はーー
「ジュレス……この世界に来て、オレの為に泣いてくれたのはお前が初めてだ。……ありがとう、ジュレス」
そうしてしばらくの間、2人は包容をし続けた。




