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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
女神の救い手編
67/229

59.5話

 オレの名前は佐藤勇太。この世界風に言うならサトウ=ユウタだな。

 地球という世界の日本という国に住んでいた。学生だったオレは毎日学校に通って勉強していた。ただ、オレは頭が良くなかった。運動もできなかったし、顔が特別良い訳でも、コミュニケーション力がある訳でもない。要するに落ちこぼれだったんだ。


 そんなオレの唯一の楽しみは、漫画や小説を見てその物語の主人公に自分を重ね合わせる事だった。あー、漫画ってのはまあ絵本みたいなもんだ。

 ともかく、オレはそうやっていつも物語の世界に没頭していた。悪く言えば現実逃避していたんだ。オレが好んでよく読んでいたのは異世界トリップものや異世界転生ものだった。冴えない主人公が異世界に飛ばされたり、現実世界で死んで異世界に転生して、違う世界で活躍する。そういう話だな。


 現実の世界ではオレは虐められていた。親との関係も上手く行ってなかった。そういうつまらない現実から逃げ出したかったんだ。……そして、その望みはやがて現実になった。眩い光に包まれたかと思うと、全く見たこともない世界に移動していた。それが、この世界だった。



 女神信仰者に呼び出されて、女神の救い手なんだと言われた。救世主なんだと。オレは喜んだよ。夢に見た救世主……『勇者』になれたんだとな。つまらない人生から脱却して、華々しい活躍をして英雄になれるんだと。


 オレには魔力に対する強い適性があったらしい。少し手解きを受けただけですぐに凄まじい力を使えるようになった。楽しくて仕方が無かったよ。他人がどうやっても成しえない事をいとも簡単に成し遂げて脚光を浴びるのは。それまでの人生では一度も味わった事の無い快感だった。誰もがオレにひれ伏して、崇め奉った。


 やがて、戦争が始まった。女神の使い手を手に入れた女神信仰者達はかつてない程に勢いづき、その勢いのままに魔族信仰者達への侵攻を始めたんだ。

 女神信仰者達は魔族信仰者を人間じゃないと言った。だから心を痛める必要はないと。魔族という化物とつるむ悪魔なのだと。……だが、戦場で実際に見た魔族信仰者達は、紛れもない人間だった。

 そして、魔族も確かな知性と自分の意思を持ち、人と強い絆で結ばれていた。決してただの化物なんかではなかったんだ。


 武器を渡され、戦場で敵と向かい合って初めて、オレはこれから殺し合いをしなきゃいけないんだという事実に気が付いた。殺されるかもしれない。だがそれ以上に自分の手で人を殺めるという事が、恐ろしかった。理性のない魔物相手の戦なら何とかなったのかも知れない。殺さなければ殺される。話の通じない相手なのだから。そう自分を誤魔化す事ができたかもしれない。



 ……だが、目の前にいたのは人間だ。自分と同じ人間だ。魔族も、ただの化物とは到底思えなかった。

 ………………結局、オレは何も出来なかった。剣を振る事さえも。強大な力を持っていた癖に、その力を一片も振るう事もなくな。使えないと判断されたオレはアッサリと女神の救い手という立場から転がり落ちた。自分そっくりに変化した替え玉が戦場に出ていくのを見た時、オレは驚愕したよ。……間もなくオレは誰にも知られる事なく人里離れた牢獄に入れられた。


 牢の中で、看守に全てを教えられたよ。オレは女神の救い手などではなかったのだと。異世界から呼び出された魔力の強い只の人間だと。不思議な事にどこかオレは納得していたんだ。ああ、ここは現実なんだなと。異世界に行こうと何だろうと、そこは現実の延長でしかないんだ。現実と向き合う事から逃げて、都合のいい幻影だけを追いかけていたオレに、戦う事なんてできる筈もなかったんだ。



 そのまま、朽ち果てようと思っていた。自分に救世主になる資格などないと良く分かったし、現状に満足さえしていた。下らない人間のオレには相応しい末路だと。……だが、ある日看守から救世の天子の話を聞かされた時からオレの意識に変化が起きた。


 女神の使い手以外にも救世主がいるのか。女神の使い手は結局いなかったが、救世の天子はどうなのだろうと。オレの目から見た魔族信仰者達は、……上手く言えないが『本物』に見えた。確かな現実に根を這って生きているように見えた。そんな魔族信仰者達が救世主と崇める存在。ひょっとしたらそれは本当に救世主なのかもしれないと。


 自分が偽者なのは分かった。納得もした。……なら、本物とは何だ? 本物の救世主とは何を考え、どう行動するのだ? 本物を本物たらしめるものとは何だ? 偽者と本物とは何が違う?



 せっかく異世界にまで来たのだから、救世主に会ってみたい。どんな人間なのかを知りたい。……だからオレは生きてみる事にした。だから今オレはここにいる。

 そう。救世の天子よ。オレは、お前に会うためにここまで来た。



 一通り話し終わると、最後にオレはこう告げた。

「これでオレの話は終わりだ。ーーさあ、救世の天子よ。約束通りオレの質問に答えてくれ。お前は、救世の天子という立場をどう捉えている? お前にとって救世主とは何なんだ?」


 救世の天子は、オレの質問を受けて黙ったまま、ゆっくりとオレに近付いてきた。そして両手をオレの腰に回すと優しく抱きしめてきた。しばし絶句していると、少年は口を開いた。

「答えはーー『何でもない』だよ」

 静かな、だがよく通る声だった。


「ぼくにとって肩書きは何も意味を為さない。目の前の人を救えるか否か。それがぼくにとっての全てだよ」

 少年の放った言葉が体に染み込んでいく。頭で理解するより早く、体の隅々に行き渡っていくようだ。

「そして、そういう意味で捉えるなら、ぼくは救世主失格だよ。それどころか、ぼく程救世主と対極に位置する存在もいないよ。ぼくに関わっていった人達は、皆死んでいったんだから」

 災厄ーーその言葉が脳内を駆け巡った。忌み子は災厄をもたらすと聞いた事がある。あれは本当の事だったのか。


「お兄さんは自分を偽者だと言うけど、それは違うと思うよ」

「え?」

 思わぬ言葉につい言葉が漏れる。

「普通の人ならきっと、自分に与えられた権力とその力に酔って、戦争に参加して沢山の人の命を奪っていた筈。人を殺す事が勇気だと言うなら、ぼくはそんな勇気いらない。お兄さんは痛みを知っているから、人を殺す事を拒否したんだ。ーー勇気を持って」

「そんな、そんな事はーー」

 おかしい。何故今更オレは焦っているのだろう。こんなものは唯のお世辞ではないか。それ以前に褒められているというのに。

「ねえ、ユータお兄さん。ぼくは今までいっぱい悪い人達を見てきたよ。だから分かるんだ。お兄さんはいい人だよ。偽者なんかじゃない」

「違う……オレは、いい人なんかじゃ」

「だったら、戦争に参加して沢山の人を殺していたら本物だったの? 周りの言うがままに利用され続けていれば良かったの? ……お兄さん、勘違いしちゃいけないよ。

お兄さんは何も悪い事なんかしてない。お兄さんは、被害者なんだよ?」


 ーー被害者。その言葉を聞いた途端、何かが反応した。

 心のどこかで、何かが。


「いきなり知らない世界に飛ばされて、英雄に仕立て上げられて利用されて、戦争に駆り出されて、拒否したら牢に入れられて。ーーそして今、やっと牢から出られたと思ったら、首に爆弾を着けられて、ここまで来たんだよ」


 止めろーー言うな。


「お兄さんは城での道中でも誰も殺さなかったね? 殺せた筈なのに。こっちは皆、殺しても仕方がない勢いで向かっていったのに」


 止めろ。止めてくれ。


「コリーネから話は聞いたよ。お兄さんは敵意がないという事を訴えたんでしょ? そんな事をしたらその場で爆発させられてもおかしくなかったのに」


 それ以上言われたらオレはーー


「お兄さんはこれまでの事を話してる時、一言も泣き事や恨み事を言わなかったね? まるで全て自分が悪いとでも言わんばかりにーーでも」



 そして遂に、決定的な一言を口にした。



「誰よりも傷ついて苦しんできたのは、お兄さんなんじゃないの?」




 駄目だ。もうーー




 ずっと、長い事抑え続けてきた思いが溢れ出してきた。

 ぽた、と水滴がゆかに落ちた。


「う、うう……うああああ……」



「辛かったよね。でも、もう大丈夫。ここには誰もお兄さんを虐める人はいないから。ーー泣いても、いいんだよーー」

「あああああー! うあああああああああーー!!」


 涙が、止まらなかった。そう、ずっと、ずっと怖かった。恐ろしかった。誰かに頼りたかった。助けて欲しかったんだ。

 でも、自分にはそんな資格はないと、ずっと、ずっと自分を責め続けてきた。



 長い間背負い続けてきた重い荷物をやっと降ろせた気がした。





「異世界ーーそんな所から、この世界にやってこれたのか。……ならば、私にも出来るのだろうか。この忌々しい牢獄から抜け出す事がーー」


 誰かの声が聞こえた気がしたが、その時のオレにはそんな事はどうでも良かった。

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