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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
女神の救い手編
65/229

58話

 人気のない薄暗い廊下を進んでいた。黒服の少年から逃げ出した後しばらく進み続け、遂に罠や魔物の出ない領域まで足を進めた。罠がないという事は、匿っている救世の天子が近くにいるという事だろう。最も、最後の難関になるであろう魔王皇や強力な実力者が守護しているのだろうが。


 それで構わない、と思う。別に誰が来ようと構わないのだ。自分には最初から戦う意志がないのだから。問題は相手にどうやってそれを伝えるかだ。

 いや、最悪失敗して相手に殺される事になっても構いはしない。質問の答えを救世の天子に聞く事さえできるならば。


 逆に言えばそれまでは死ねない。敵対意志がないという事が上手く伝わっていればいいのだが。途中で襲ってきた者は全て生かしてきたし、先程の黒服の使用人には直接口で伝えた。残念ながら信用を得る事は出来なかったが。だが至極当然の事であろう。口約束などいくらでも破れるのだから。


 あの場で全てを伝えられれば良かった。だがそれは即、死を意味する。話すならせめて救世の天子に会ってからでなくては。今更自分の命など惜しくはないが、だからといって無駄に散らすつもりも無い。



 どうしても、知りたい事がある。だから、牢獄の中でひたすら外に出るチャンスを待ち続けた。会いたい。会わなくてはならない。救世の天子に。どうしても。


 警戒を続けながら遂に最奥部と思われる部屋、玉座の間の前までやってきた。音を立てないように静かに、滑り込むように扉の前に立ち、ゆっくりと扉を明け隙間から中を覗き込む。



ーーいた。救世の天子だ。銀色の髪に赤い瞳、間違いない。

……だが、何故1人だけなのだろう。


 護衛の者は? 魔王皇はどこに行ったのだろう。何故護衛対象である筈の救世の天子が1人だけで部屋に佇んでいるのか。……分からない。

 ごちゃごちゃ考える事を止め、意を決して中に飛び込む。救世の天使に反応させる隙を与えずに後ろに回り込み、ナイフを首筋に当てる。


「動くな。ーーお前が救世の天子だな?」

 そう尋ねるとその少年はこく、と頷いた。特に恐れている様子もなく落ち着いている。流石は救世の天子という事か。早速本題に入る事にした。


「お前に、ひとつ聞きたい事がある」

 ごく、と唾を飲み込む音が聞こえる。救世の天子のものではない。自分が鳴らした音だ。緊張しているのだ。無理もない。この瞬間をどれだけ待ち焦がれた事か。はやる胸を落ち着かせながら、遂に質問をぶつける。



「救世の天子、お前はーー自分の置かれている立場をどう捉えている?」

 言った。遂に言った。聞きたくて聞きたくてどうしようもなかった事を。……だが、救世の天子は何も答えない。しばしの間無音の時が流れる。焦れて語気を強める。

「どうした!? 答えろ! お前にとって救世の天子とは何だ!救世主とは何なんだ!?」



「残念だけど、その子は喋れないよ。偽者だから」


 その言葉と共に押さえていた救世の天子の体が溶け出した。いや、これは変身が解けたのか? 暫くすると透明のジェル状の物体が蠢きながら手の中から離れていった。

「変身能力を持つ魔物ーー影武者か、抜かった!」


 やがて、玉座の後ろから続々と人が出てきた。

 強大な魔力を持つ魔族が2人。忌み子と思われる少年が2人。 その忌み子の1人に目が釘付けにされる。



ーーこいつか。本物の救世の天子は。



 先程の偽者とは全然違う。纏う雰囲気が、空気が、瞳に宿るその意志が。本物は、特に感情を浮かべる事もなくこちらを見ている。だが、ただそれだけで言葉にならない感情が押し寄せてくる。何かが体を侵食してくる。だが、不快さは感じない。むしろ生命力が湧き上がるのを感じる。


ーーこれが、本物の救世の天子か。


「凄いでしょ? 本物の救世の天子は」

 クスッと笑って魔王皇と思わしき女性が微笑む。妖艶な笑みだ。どうやら言葉に出してしまっていたらしい。


「だが、残念ながらここまでだ。キミはここで死ぬ。ボクの手によって、ね」

 魔王皇の瞳が怜悧な殺気を含んだものへと切り替わる。

「待て、オレはーー


「問答無用!!」


 気が付くと、魔王皇が目の前にいた。速すぎるーー



 次の瞬間、首筋に衝撃を受け、意識を手放した。

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