56話
それから1週間後の事だった。新月の夜、月明かりもない真の暗闇に紛れコルネリデア城に忍び寄る影があった。物音を立てないようにゆっくりと、それでいてしっかりとした足取りで影は城門に近付いていく。
そして城門をくぐり中に入ろうとしたその時、バチバチバチッ というけたたましい音と共に電流のような強烈な魔力の結界の反発が影を襲った。
驚きパニックになりかけたが、ふうと息を吐き呼吸を整えると全身からまばゆいばかりの光の奔流が溢れ出し体を襲っていた魔力と激しい反発を起こした。
しばらくすると結界は消えていた。障害が消えた事を確認すると影は城の中へ進み始めた。
「来たね」
険しい表情と共にコーデリックは侵入者が現れた事を告げた。その場にいる全員に緊張が走る。クロ達はもちろんコリーネやアンジュ、他の使用人達も全員同じ場に集結していた。
コーデリックの島中に巡らせていた魔力の探知網に反応があり急遽玉座の間に全員が集まった。近いうちに襲撃が来るだろうとの予測の元いつでも迎え討てるように予め準備を整えていたのだ。
「では、打ち合わせ通り頼むね皆」
「「「ハイッ」」」
コーデリックの号令と共に使用人達は城の持ち場へと散っていった。
「なあ、バラバラになる必要あんのか? ここで集まって迎え討てばいいじゃんか」
疑問に思ったジュレスが尋ねるがコーデリックは首を横に振った。
「それは出来ないよ。ここで全員集まって戦っても人数が多すぎて同士討ちになる。それに使用人達に側にいられたらボクは本気を出せないよ。巻き込んでしまうから。それよりは各自散って貰って侵入者を消耗させた方がいい」
「それは、犠牲が出る事を覚悟の上でという事か」
「勿論」
間髪入れずにコーデリックは片目の質問に答えた。
押し黙っているクロとジュレスに向かってコーデリックは言葉を紡ぐ。
「キミ達はボクの友達だ。だけどね……」
クロの瞳とコーデリックの瞳が交差する。
「それと同時にジルバルトから預かった大切なお客人でもあるんだ。キミ達に、特にクロに何かあったら彼に会わせる顔がないよ」
そう言ってクロを見据えるコーデリックはいつもの惚けた顔をしたクロ達の友達としての顔ではなく、コルネリデア城の城主魔王皇コーデリックの顔をしていた。クロ達はそれ以上何も言えなかった。
「それじゃあクロ達も予定通り避難して。賊を始末したらすぐ連絡を入れるから」
その言葉には侵入者に対する感情など微塵も感じさせない冷たさがあった。人類皆兄弟を地で行くコーデリックではあるが、何事にも例外はある。
それは、友達を傷付けようとする者である。
こればかりはコーデリックにとっての明確な『敵』である。そして敵に対して容赦する心をコーデリックは持ち合わせていない。
侵入者に対し魔王皇コーデリックの冷たく強大な牙が今向けられようとしていた。
地下深く、日の明かりの射さぬ暗い牢獄に、看守と法衣を着込んだ年配の男が立っていた。
「宜しかったのですか、大僧上。彼奴が必ずしも命令通り動くとは限らないのでは」
大僧上と呼ばれた男は邪悪さを隠そうともしない表情でニヤリと笑い言った。
「心配するな。手は打ってある。ヤツが裏切ろうが負けようが問題は無い。一番の目的はヤツがまだ駒として使えるかどうか確かめることなのだからな。万が一の時は……ふふ、また『作って』しまえば良い。より強く、従順なヤツをな」
大僧上の言葉に看守は感嘆の声を上げる。
「そこまでお考えでしたか。流石は大僧上」
「フフフ……あの『異世界の勇者』がどこまで出来るのか見届けてやろうではないか。高みの見物といこう」
男達の邪悪な笑い声が牢獄に響きわたるのだった。




