50話
「コーデリック様、申し訳ございません。思いの他時間がかかってしまいまして……」
コリーネが申し訳なさそうに言うと何でもないようにコーデリックは言う。
「いいさ。キミのせいじゃないんだから気にしないでよ。それより、早くお客人を連れてきてね。待ってるから」
そうして魔王皇の声は切れた。
「今のテレパシーのようなものは何だ? あんなのは初めて見たが」
「コーデリック様が開発なされた通信魔術ですね。この島の中にいる者にならいつでも声を届けられますし、また逆に声を聞く事もできる魔術です」
「島にいるならどこでも通信可能……しかも複数人同時にか。とんでもないな」
「コーデリック様曰く〔離れていてもいつでもトモダチとお喋りできるように覚えたんだ♪〕……だ、そうです」
「トモダチ、ねえ。それが行動原理なんだな魔王皇さまはよ」
ジュレスの言葉にコリーネはハイ、と頷き
「コーデリック様の持つ技術魔術の全てはその為に費やされております。あのお方にとっては魔王皇まで登り詰めた事も副次的なものでしかないのです。全てはトモダチを増やすために。それが、コーデリック様というお方なのです」
「そっか……」
何となくクロにはその気持ちが分かるような気がした。勝手な想像でしかないが、きっとコーデリックという人はとてつもない寂しがり屋なのだと思った。寂しいからこそ、誰よりも自分の周りにいてくれる人を求め、またその為になら何でもする。
それは、クロがずっと続けてきた生き方そのものだった。
「では、行きましょうか皆様方」
気を取り直してコリーネが歩き出したのでクロ達はその後をついていく。城内を歩いていくが魔物達には会うもののコリーネ以外の使用人の姿が見えない。
「コリーネ以外の使用人の姿が見えないが、どこに行ったんだ?姿が見えないが」
確かコリーネが言うには数十人の使用人がこの城には仕えている筈だが……と片目は思い返す。
「ああ、おそらく姿を隠しているのでしょう」
「姿を隠す? 何故だ?」
「気にしないでください。おそらく後ですぐ分かりますから」
「「「??????」」」
よく分からないがコリーネがそう言うならそうなのだろう。それ以上口を挟む者はいなかった。やがてしばらくして大きな扉の前で止まり、ノックした後に
「コーデリック様。お客様をお連れいたしました」
と告げ扉を開けた。
中に足を進めたコリーネに続いてクロ達も足を進めると、奥には玉座に腰掛けた魔王皇コーデリックその人がこちらを見据えていた。
魔王皇コーデリック。彼女は一言で言えば淫魔族だった。胸元が開いた黒のドレスを纏い、耳には金のイヤリング。身につけているのはそれだけだった。が、その溢れ出しそうな豊満な二つの果実、白く映える透き通る肌、官能的な桃色の唇。全身から香りたつ甘い芳香。くりっとした大きめの金の瞳。腰まで流れ落ちる長い闇夜の髪。背中から生える二つの漆黒の翼。そしてムッチリとしたカーブを描く腰からぴょこんと顔を出す黒い尻尾。
全てが、見る者を捉えて離さない不思議な魅力に満ちていた。
勿論造形はこれ以上ないという程に整っているが、それだけでは説明できない心を鷲掴みにする魔力に溢れている。コーデリックを見た瞬間ジュレスと片目はまるで初めて恋に落ちた少女のように胸をときめかせ、コーデリックから、その瞳から目を離せなかった。
不思議な瞳だった。奥の奥まで見透かされるような、それでいて全てを自分に委ねてくるような……
ああ、そうか。
この人は最初から何も出し惜しみせず自分をさらけ出している。同時にこちらの事も最大限知ろうとしている。
友達になろうよ。なりたいな。
そう瞳が語っていた。
クロは精一杯の気持ちを込めて、笑顔で見つめ返した。
ぼくでよければ、喜んでーー
クロの瞳はそういう意志が込められていた。
コーデリックはふふ、と笑い
「嬉しいなあ。ボクの瞳を見て拒絶した人は今まで誰もいないけど、即座に『返して』くれたのはキミが初めてだよ。クロ君」
「『返して』って、まさか……ネクロフィルツ様は魅了眼の力を?」
コリーネが驚いたように言うがコーデリックは首を横に振り
「いや、ちょっと違うね。クロ君にはボクとはまたちょっと違うやり方で人を惹き付ける力があるみたいだね♪」
「つまり……どういう事だってんだよ?」
よく分からないといった顔をするジュレスに片目が説明する。
「コーデリック殿の魅了眼の力にクロはまた別の力で魅了し返したという事だろう」
コーデリックはクスリと笑い、
「そういう事だね。その力、大切にした方がいいよ。恐らくボクの魅了眼並みに力があるから」
ジュレスが堪らずと言った体で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待てよ! それって……」
「クロ君はある意味では魔王に比肩しうる力の持ち主だって事さ」
コーデリックの言葉に全員が固まった。




