42話
「さて、じゃあ行くかね」
ロウナルドが部下の長身男と共に部屋を出ていく。そして大司教も続いていく。外に出る間際クロ達の方を見ると
「クロ殿はここで待機していて下さい」と言った。
「でも、皆が戦うのにぼくだけここで待機だなんて」
「あなたは魔族信仰者の希望の象徴、何があっても死んではならない存在なのです。危険に晒す訳にはいかない」
大司教は有無を言わさぬキッパリとした口調で言い切った。
「大丈夫ですよ。誰も死なせないし、負けませんから。……片目殿、クロ殿をよろしくお願いします」
「分かった」
片目がそう返事すると大司教も部屋を出ていった。
大司教が部屋を出て廊下を進んでいくとあちこちから戦闘音が響いてきた。
「行け! 何としても救世の天子を確保するんだ!」
「行かせるな! 救世の天子様は我々が守るんだ!」
偽者の聖十字騎士団と信者達、更には乱入してきた本物の聖十字騎士団が揉み合い差し合い大混乱と化していた。す
長剣を手にした全身鎧の2人組が大暴れしている。
「ボクちん達を騙るなんていい度胸してるじゃない! 後悔させてあげるよ」
「隊長、やりすぎて殺さないでくださいよ」
軽快に会話を交わしながらバッタバッタと偽の全身鎧達を薙ぎ倒していく。驚異的な剣の腕だった。さすがに本物は違う。
「オラオラオラオラー!! やってやるぜえ!」
掛け声と共に戦場を駆け抜けるのは赤毛のそばかすの少年だった。ジュレスは手に持った短剣を鎧の隙間に器用に差し込んでいく。血しぶきが上がり悲鳴が木霊する。
「うおりゃあああ! どりゃああ!」
どこから持ち出してきたのか丸太を抱えた男がブンブンと獲物を振り回し周囲の敵を吹き飛ばしていく。元女神信仰者で現在は反王政派のメンバーとなった男、キンドロだった。
(皆さん、暴れ回ってらっしゃいますね)
大司教は微笑むと呪文の詠唱を始めた。近くで指揮を取っていた偽騎士団の指揮者らしき男がギョッとして、
「いかん、大司教だ! 呪文を唱えさせるな! 大魔法が来るぞ!!」
慌てて何人かが大司教の元へ殺到してきた。しかし、呪文詠唱時に起こる魔力のフィールドに阻まれ上手く近寄れない。
「我が怒り天の怒り、我が慟哭地の慟哭、天と地、怒りと慟哭を持って全ての逆賊に炎の裁きを与えん!断罪焦熱地獄!!!!」
大司教の呪文が完成し、罪人を焼き尽くす断罪の炎が偽騎士団達を覆う。
ごおおおおおっと凄まじい音を立てて炎が燃え上がる。ぎゃあああ、と炎に包まれ転げ回る襲撃者達。1人が炎の中を何とか抜け出し大司教へと襲い掛かる。
……かに見えたが、数歩歩いただだけでそれ以上進む事はなく崩れ落ちた。側には剣を振り抜いた聖騎士団第一部隊隊長ロウナルドが立っていた。
その一撃を最後に立っている襲撃者はいなくなった。戦いは終わったのだ。
「助かりました」
「ふん、アンタを助けた訳じゃないさ。ボクちんはまだアンタを許した訳じゃない」
鋭い目でロウナルドは大司教を睨んだ。
「……助かったと思うなら1つ質問に答えろ。何故女神信仰を捨てた。貴族の地位を捨ててまで」
元々大司教の家、ジーフリード家は貴族の家系であり、大司教は女神信仰者の中でも
高い地位にいた。だが突如大司教が女神信仰を捨てて魔族信仰に改宗した為にジーフリード家は貴族の地位を剥奪されたのだ。それから没落が始まったのだ。
「別に大した事じゃありません。女神信仰者を信じられなくなったからですよ」
「女神信仰[者]? 女神信仰ではなくてかい?」
「私は今でも女神様そのものへの信仰は失ってはいませんよ。……だが女神信仰は明らかに途中からおかしな方向へと曲がっていってしまった。元々女神信仰に魔族と魔族信仰者を排斥しろなどと言う教えはないのです。…………誰かが、故意に教えを捻じ曲げているのです」
ロウナルドは驚愕に顔を歪ませる。
「何だと……だがそんな話聞いた事もない」
「知らないのも無理はありません。女神信仰者の中でも極一部の高位の僧しか知りえぬ事ですから」
そうして異変に気が付いた男は1人戦い抜く事を決意し、家族を捨てて魔族信仰者へとその身を窶した。
「何故家族に何も説明しなかったのか? そうお思いでしょう? しかし、長い歴史の中で何も私だけが疑問を持った訳ではないのです。正しい心を持ち本来あるべき姿に戻そうとする者もいた。しかし……」
「消されたって事か……しかも内密に」
「そういう事です。あの時それをあなた達家族に説明しても皆殺しにされていたでしょう」
「真実に近づこうとする者は皆殺しか……どこかで見たやり口だねえ」
「私は、恐らく女神の信仰を捻じ曲げた者と反王政派過激派の奥に潜んでいる者は同じだと思っています。女神信仰者と魔族信仰者で争っている場合ではないのです。倒すべき真の敵は別にいる」
ロウナルドはしばし黙りこんだ。ここで簡単に答えを出せる事ではないからだ。
「なるほどね……アンタの言い分は分かった。それを信じるかどうかは別問題だがね」
「構いませんよ。あなた自身の答えが出るまで待ちましょう。今迄十数年も耐えて待ち続けてきたのですからそれくらいどうって事ありません」
「フン……相変わらず口の減らない男だよ、アンタは」
こうして十数年も前から続いていた親と子の確執は終わりを告げたのだった。ひとまずは、ではあるが……
初めて人が死ななかったよ、やったねたえちゃん