41.5話
私の放った言葉に皆さんは驚かれたようです。ロウナルドが訝しげに尋ねてきました。
「やっつけるって……一体何を」
「決まっているでしょう」
ロウナルドの言葉に私は即答しました。
「多くの罪無き人々を、私の家族を、孫を……苦しめてきた奴ら、過激派の連中をです」
「やっつけるって……どうやってだ」
片目さんが私に尋ねました。皆さん不思議そうに私を見ています。ジュレスただ1人を覗いて。そう、ジュレスには私の計画を話していたのです。反王政派過激派に大打撃を与える為の策を。
ーー時間は少し遡ります。
ジュレスから通信虫によって救世の天子が現れそして仲間になったという情報を聞いた時からーー
その時から私の策は始まっていたのです。
まずはゼロ神官長に頼んで教団内の気運を最大限に高めてもらいます。これは救世の天子殿の演説の効果もあり予想以上の効果を上げました。
そして同時期にある噂を流して貰います。それは救世の天子の出現によりエスクエスが滅びるという物です。エスクエスは今の王都にとって重要な都市。そして救世の天子は女神信仰者にとって最大の敵です。放置できる筈もありません。
そうなれば王都からエスクエスに噂の真偽を確かめる為に使者が送られてくる筈。そして万が一の事を考えたら火力が高く街に被害を与える可能性があり肉体的に脆弱な魔法庁の人間をよこす事は有り得ません。十中八九法王庁の聖十字騎士団がよこされる事でしょう。そういう流れに誘導する為に王都アルクエドに潜ませている間者にも動いてもらいました。
後は用意した餌に獲物が食らいついてくるのを待つだけです。そして間もなく私の予想通りに教団員からとある情報がもたらされました。
「大変です! 聖十字騎士団の連中が救世の天子を寄越せと教団に迫ってきて……」
教団員はロウナルド達の姿を見て驚愕していたようですが私が大丈夫ですと伝えると部屋を出ていきました。ゼロ神官長や他の教団員に知らせる為でしょう。ジュレスも戦闘の準備を整える為に出ていきました。
部屋の人間の視線はロウナルドに集まります。
「いや、ボクじゃないよ!? 何も指示してないし覚えがないよ?」
と慌てふためいています。
「安心してください。本物の聖十字騎士団ではありません。中身は過激派の成りすましです。穏健派と女神信仰者両方にダメージを与える為に偽装したのでしょう」
救世の天子殿が奪われれば当然穏健派にとっては大打撃です。おまけに抵抗してくるなら遠慮なく痛めつけられます。そして後始末も聖十字騎士団に押し付けられる上に
上手くいけば両者で潰しあってくれます。聖十字騎士団の全身鎧は変装するには都合がいいですしね。
穏健派は女神信仰者達の定めた法に従って合法的に故郷を取り戻そうとしている組織です。いかに女神信仰者が穏健派を憎んでいても法を破って無茶な事をすれば法に裁かれるのは彼等の方です。諸外国に向けての面子もある。聖十字騎士団が独断で勝手に動いたとなれば王都の連中もただでは済まない。
要するに過激派にとっては一石二鳥にも三鳥にもなるこれ以上ない程においしい餌なのです。過激派に潜ませた間者によって誘導もバッチリです。
「そうか、そういう事か……過激派の尻尾を掴むには逃げようのない決定的な悪事の証拠が必要だ。聖十字騎士団のボクらの前に聖十字騎士団を騙る偽物が乗り込んでくる……正に飛んで火に入る夏の虫って訳だ。その為にボクらの侵入を知っていながら泳がせておいたんだな」
ロウナルドが残りを全て説明してくれました。あの子は私と同じでひねくれていて性格が悪いので私の企みに気が付いたようですね。
「これにルクスが残してくれた手紙を王都に提出すれば……どうなるでしょうね?」
あの手紙は客観的に見て十分証拠能力を有しています。今回の件とクレドールの件、同時に打撃を与えられたら……それは致命傷になりうる傷でしょう。
「すごい、すごいよ……大司教様はそこまで考えて……」
「にこやかに笑っていながら裏で何を考えているか分からない。正にルクスの祖父だな。やり方がそっくりだ」
救世の天子殿と片目殿が驚きと尊敬の目で私を見ています。
「止めてください。私は褒められるような事は何もしていない。それに結局ルクスを救えなかったのですから……」
すると救世の天子殿がニコッと笑ってこう言いました。
「そうやって謙遜して救えなかった事を悔やむ所もルクスお兄さんそっくりだね」
でも、と彼はかぶりを振って
「でもね、救われた人も確かにいるんだよ。現にぼくはルクスお兄さんに救われたし、大司教様にも救われたよ」
「私が、ですか……?」
「大司教様がいなければ、王都に手紙を提出する事もできないし、そうなればルクスお兄さんの死が無駄になる所だった。そうしたらぼくは、ぼく達は、ルクスお兄さんに一生顔向けが出来なくなる所だったよ。そして今、過激派をやっつける為の道筋をぼく達に示してくれた」
救世の天子殿……いや、クロ殿、あなたは……
「自信を持ってください。あなたは本物の指導者です。ぼく達忌み子の、魔族信仰者の頼りになるリーダーです」
そうして彼は最高の笑顔を私に向けてくれました。
私は今更ながらに思い知らされました。この子は選ばれくして選ばれた、本物の救世主なのだと。
心の内でクロ殿に敬服しながら、私はロウナルドに決断を迫ります。
「それで、どうしますか? 聖十字騎士団第一部隊隊長殿」
彼は何だか納得できないような複雑な顔をしていましたが、諦めたように言いました。
「最初から最後まであんたの手の平の上で踊らされるのも癪だが……ルクスの仇を討ちたいのはボクちんも同じだ。……乗ってやるよ。その提案に」
そう言うと彼は懐から通信虫を取り出し、何かあった時の為に外にあらかじめ待機させていたのであろう部下達に指令を下しました。
「一番隊各自に告ぐ! 聖十字騎士団を騙る偽物が教団内に出現。突入、鎮圧、捕縛せよ! ……あと、同士討ちを避ける為に鎧は脱いできてね」
「「了解!」」
隊員達の声がこちらにも聞こえてきました。
さて、いよいよクライマックスです。
『これが、面白いという感情なのか……あの時赤竜が言っていた事の意味が分かった……確かに、人間は何をするのか分からないな……』
「!?」
驚いて私は周囲を見渡します。誰か知らない者の声が突然響いてきたからです。その声は、まるで心の底まで響きわたるような……
そんな声でした。




