41話
ジュレスを先頭にクロ達が中へ進むと机に腰掛けた初老の男性が出迎えた。身長は高くも低くもなく体格は平均的で、緑色の神官服を纏っていて、にこやかな笑みを浮かべている。髪には所々白髪が混じっている。若い頃はモテていたであろう事が伺える端麗な顔立ちをしていた。
やはり、どこかルクスに似ている。
「初めまして、救世の天子殿。そしてその保護者、片目殿。2人の事はジュレスから聞いております」
ゆったりとした口調で語りかけてくる男には、組織の長たる堂々とした威風が感じられた。
「反王政派の仲間になって頂いたようで……おかげで組織の者は皆喜び勇んでおります。誠に深く感謝申し上げます」
「いえ、そんな事は……それより、大司教様にお渡ししたい物が……」
そう言ってクロはルクスから預かった手紙を大司教に渡した。大司教は手紙を受け取ると、中身を読み始めた。クロはその先を見たくなかった。人が哀しみ嘆く様など見ていたいものでは無い。
「そうですか……ルクスはもう、この世にいないのですね……」
「!!」
衝撃を受けて固まる太っちょ男に大男は怪訝そうな顔をする。
「隊長……?」
太っちょ男は反応せずひたすら耳を傾けている。
「思ったよりも驚かないんだな。もっと反応するかと思っていたが」
大司教は落ち込みはしていたものの極めて淡々と事実を受け入れているように見えた。それが、片目にはどこか気に入らなかった。
「……クレドールで起こっていた事は前から分かっていたのです。いずれ、こういう日が来ると思っていました……」
「だったら! 何故助けなかった!? お前の孫なんだろうが! お前は、反王政派穏健派のトップなんだろう! お前の立場なら助けられた筈だろう!」
激高し叫んだ。自分がそんな事を言えた義理ではないという事は片目には勿論分かっていた。だが、どうしても我慢できなかった。
「………………」
反論する事も無く、黙り込む大司教に片目は焦れて更に声を掛けようとした。
だがその時、
「あんまり虐めてやりなさんな。気持ちは分かるがね」
いつの間にか中に先程の衛兵の1人が入り込んでいた。
「た、隊長?」
いつも冷静な部下も流石に上司の突然の行動に驚きを隠せないようだ。クロと片目もいきなり部屋に入ってきて馴れ馴れしく話しかけてきた衛兵に驚きを隠せない。
大司教だけは冷静に衛兵を見つめていた。
「久しぶりですね。ロウナルド」
「やっぱり、最初からバレてたのね。相変わらず食えないジジイだ」
そう言って溜息をつくと、ロウナルドと呼ばれた男は変身魔法を解いた。上司が変身を解いたのを見て部下の方も変身を解く。煙の中から姿を現したのは白銀の全身鎧に身を包んだ黒髪の中年男と金髪碧眼の長身男だった。
「初めましてお二方。おじさんは聖十字騎士団第一部隊隊長ロウナルド=フォン=ジーフリード。ルクスの叔父で、そこのジジイの息子さ」
「ルクスお兄さんの、叔父さん……」
「そう、叔父さんで、おじさんだよ♪」
「それよりも、さっきの台詞はどういう事だ? お前は何か知っているのか?」
片目の問いに
「まあ断定はできないんだけど、予想はできるよ。……説明しても?」
無言を同意と捉えたのか、ロウナルドと名乗った男は話し始めた。
「ひょっとしたらもう知ってるかもしれないけどさ。反王政派の過激派ってのは人間のクズ、ゴミ以下の畜生な訳よ。仲間内でも殺し合いをするのが珍しくないような連中なんだ。そこのジジイは反王政派の穏健派のトップという事で唯でさえ反感買いまくってる訳よ。それこそスキあらば殺してやろうって具合にね。そんな状態でルクスを助ける為に職権乱用して力づくで何とかしたとするよ? するとどうなると思う?」
うーんと、と口ずさみながらクロが正解を言う。
「もっと、恨まれる……?」
「ビンゴ!」
指をパチンと鳴らしてロウナルドが叫ぶ。
「つまり、大司教本人だけでは飽き足らず信者まで逆恨みの対象になりかねないという事ですな」
長身男が上司の言葉を補足した。
ようやく全てが繋がった。要するに報復の可能性があった為に動けなかったのだ。大司教本人だけが狙われるならともかく信者まで巻き込まれるとなれば組織の長としては個人的な感情で動く訳には行かなかったのだ。銀狼族の長として長年君臨し続けてきた片目にはそれがよく分かった。そして、自らの失言にも気が付いた。
「済まなかった。何も知らない癖に偉そうな事を言ってしまった」
片目は大司教に頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。むしろルクスの為に本気で怒ってくれる者がいてくれて私は嬉しい。私は……何もしてあげられなかったから」
大司教はそう言って黙り込んだ。
「それに関してはボクちんもそこのジジイを責められないねえ。……ボクと弟……ルクスの父親だけど、は昔から折り合いが悪くてね。クレドールで過激派が暗躍してるのはボクも知ってた。弟が商売を始めると言った時からこうなるのは目に見えてたんだ。反対したんだけどねえ。止められなかった」
ルクスの父は若くして聖十字騎士団に入団し隊長まで登りつめたロウナルドにいい感情を持っていなかった。そうしていつしか疎遠になっていき、仕事の忙しさにかまけて放っておいた挙句にこの結末だった。
「ところで」
クロが口を挟んだ。
「おじさん達はここに何しに来たの? 僕達を……僕を捕まえに来たの?」
そう言うとロウナルドは非常に困ったような顔をして、
「それがねえ……正直どうしたものか……上からは噂の真偽を確かめろとしか言われてないし、ルクスが世話になった子をどうこうしたくはないし、そこのお姉さんにはどう足掻いても勝てそうにないし……」
髭をポリポリと掻きながらボソボソと呟く。そんなロウナルドに大司教は提案を持ちかけた。
「ならば、ここにいる皆にとっての共通の敵をやっつけるというのはどうですか?」
大司教は微笑みながらそう言った。




