40話
そうしてついに大司教がアジトへやって来る日となった。
「2人共準備はいいか? 大司教のいる執務室へ行くぜ?」
クロと片目はジュレスに案内を受け大司教のいる執務室の前へと足を運んだ。ドアの前には2人の衛兵が侵入者を拒むように配置されていた。
「ジュレス、この人達は? 見た事のない顔だけど」
クロは神殿の中を行き来する人物の顔は大体覚えていた。それが今日は見覚えのない顔がいたので疑問に思ったのだ。
「衛兵だよ。昨日新しく入ったばかりのな。大司教の命を狙う奴は多い。だから大司教がアジトに来る時には必ず衛兵を守りにつかせてるのさ。間者や暗殺者が送り込まれてくる可能性だってあるからな」
因みにクロの預かり知らぬ事だがクロの部屋の周りにもさりげなく衛兵が配置されている。あらゆる方向からクロを守れるように部屋を囲むように東西南北に2人ずつ、合計8人。
クロはふと考えて疑問を口にした。
「でもこの人達がもしスパイだったらまるきり意味ないよね?」
ジュレスは笑って頷き
「ハハッ確かにな。でも心配しなくていいぜ。大司教が直々に面接して太鼓判を押した2人だからな。うちのリーダーの人を見る目は確かだぜ。この2人は来たばっかだけど強くて有能だって話だ」
そう言ってジュレスが衛兵達に視線を送ると1人は頷き、もう1人は「光栄です」と返事を返した。体のガッシリした筋肉質の大男と若干太った男は敬礼するとドアをノックし、
「大司教。救世の天子様とそのお連れ様がおいでになられました」
と告げた。
すると中から穏やかな声で
「中にお入り下さい」
と返事が返ってきた。
ジュレスが衛兵に視線を送ると2人は頷いてドアに手をかけた。
クロ達が中に入っていくとドアは閉められ中から鍵がかけられる。中は完全防音となっており中の音は外には全く聞こえない。しばらくの沈黙の後衛兵の大男の方が口を開いた。
「……隊長、やはり安易すぎる方法だったのでは」
大男が言うともう1人の太った男の方も
「いや~ヤバかったね。バレるかと思っちゃった」
と言い苦笑いした。
そう、クロが指摘した通り彼等はスパイだったのだ。変身魔法で姿を変え教団内部に侵入したのである。
それにしても、と太った男の方が言葉を続ける。
「あれが噂の御子様か。とんでもない美人さんじゃない。それに体を覆う凄まじい魔力。ありゃ魔法庁の殲滅部隊の大魔法が直撃しても傷一つつかないだろうねえ」
魔法にはその威力と習得の難度によって段階が分けられている。
空気中に漂う「魔」を取り込み力と変えて放つ「魔法」。呪文や魔法陣等の力によって極限まで威力を増幅させて放つ「大魔法」。大魔法の中でも一つの属性一つの道を極めた者だけが放てる「極大魔法」。一つの属性を極めた複数人でもしくは2つ以上の属性を極めた極一部の天才だけが放つことが出来る「超絶魔法」。
大魔法の威力は弱いものでも家一つくらいは簡単に吹き飛ばせる程の物だ。
その大魔法が直撃して傷一つ付かないという事はおよそ個人レベルの魔法でクロを殺す事はほぼ不可能という事である。それ程までに加護の魔力が強力だという事だ。
「後ろに控えていた女戦士も只者ではありませんな。人間に化けていましたがあれは上級魔族……魔貴族か下手をすれば魔皇族レベルでは」
魔皇族は魔族の王族である。魔族にはその長い歴史の中で魔王皇と呼ばれる5人の王が存在し、それぞれ国を興し統治している(例外もいる)。魔族は基本血統や種族で強さが決まり成人してから力が成長する事は殆ど無い。王を生み出した血を汲んでいるという事はそれだけで最高レベルの実力者だという事を示している。つまり彼の言い分が正しければ魔王に次ぐ実力の持ち主がこの場にいる事になる。
「君のセンサーは相変わらず凄いねえ。ボクちんにはそこまで分からないけど、アレがヤバイのは分かるよ。マジでこの街滅びるかもね、下手すると」
軽口で言うが顔は全く笑っていない。
「参ったねえ……大当たりじゃない。噂も馬鹿に出来ないねこれじゃあ。救いなのは評判と実際の姿を見た限りではあれは争いを好むタイプじゃないってことだねえ」
「しかし、後ろの連れはそうとも言えませんな。無駄な殺生はしないタイプだとは思いますが敵対した相手には無慈悲に力を振るうでしょう」
などとせっかくの気休めに水を差すような事を言うのはいかにもこの男らしいと太っちょ男は思った。
「で、どうするんですか」
「取り敢えず会話の内容を聞いて判断しよう。そうしよう」
そう言うと太っちょ男は懐から小さい虫を取り出すと壁にピタリと貼り付ける。
盗聴虫と呼ばれる名前そのままの用途に使われる虫である。盗聴虫は周囲の音を敏感に察知し索敵する。羽で音の振動を増幅させ読み取るのだ。完全防音とはいえ振動そのものを完全に消し去る訳ではないので盗聴虫の出番という訳である。
「さて、いい情報が聴けるといいんだけどねえ。鬼が出るか蛇が出るか」
それじゃどっちみち良い内容にはならないでしょうという大男の突っ込みは無視されたのだった。




