39話
クロと片目が道を歩いて行ると、1人の男から声をかけられた。
「よう、お嬢ちゃん。久しぶりだな」
クロは声をかけてきた男の顔に見覚えがあった。クロ達にスラムの情報を教えてくれた女神信仰者の男だった。
「あの時のおじさん……どうしてこんな所に」
「女神信仰者が何故こんな所にいるんだ。ここはスラムだぞ」
そう、片目の言った通り彼等が今話している場所は西区のスラム街だった。女神信仰者が訪れるような場所ではない。
「へっへ。俺はもう女神信仰者じゃねえ。今は魔族信仰者だ」
そう言って男は羽織っていた上着を脱いだ。するとその下からは全身包帯だらけで大怪我をしているのが分かる。
「!?」
「お前、その怪我は……?」
「忌み子に情報を与えた罪で仲間から粛清されたのさ。まあ、もうあんな奴等仲間だと思っちゃいねえがな」
「そんな……ぼく達に情報を与えたせいで……」
「それは……申し訳ない事をしたな」
2人の申し訳なさそうな顔を見て、男は嬉しそうに笑った。
「やっぱり……いいな。あんたら魔族信仰者は。血も涙もない女神信仰者とは違う」
男はそう言って眩しいものを見るような表情をする。
「あんたらと会った後、一部始終を見てた女神信仰者の連中に袋叩きにされて、スラムに放り込まれたんだ。その時の俺は息も絶え絶えで……そのままだったら間違いなく死んでただろう……だが……」
だが男は死ななかった。スラムに放り込まれたのが幸いして、たまたま通りかかった反王政派のメンバーに助けられたのだ。
「!? 止めろ! お前魔族信仰者だろ! 何故女神信仰者の俺を助ける?」
そう言うと、反王政派のメンバーは可哀想なものを見る目で男を見つめた。
「傷付き、倒れている者がいるなら救う。例えそれが対立している者であったとしても。当たり前の事ではないのか? お前達の崇めている女神はそんな事も教えてくれなかったのか? ……哀れだな、女神信仰者とは」
「あの一言は効いたぜ……考えさせられざるを得なかったよ。今まで俺が信じていたものは何だったのかってな」
「………………」
「そうやって考えた結果、俺は女神信仰を捨て、魔族信仰者となる事にした。今ではお仲間って訳だ。よろしくな、お二人さん」
そう言って男は手を差し出してきた。しっかりと握手を交わすと男は嬉しそうに言った。
「しかし、驚いたぜ。あの時の会った2人が伝説の救世の天子様とその連れだったとはな。演説聞いたぜ。感動したよ」
「あ、ありがとう……」
クロは若干恥ずかしそうだ。そんなクロの反応を見て、初々しくていいなあと男は思った。
「そうそう、まだ名乗っていなかったな。俺はキンデロってんだ。よろしくな」
「ネクロフィルツ=フォンデルフです」
「片目だ」
「知ってるよ。あんたらは教団じゃ有名人だからな」
キンデロの言葉にクロ達はキョトンとしている。その反応がキンデロには面白く新鮮だった。
「まあ、同じ教団にいる以上今後またどこかで会う事もあるだろう。そん時はよろしく頼むぜ」
そう言ってキンデロは去っていった。
去っていくキンデロの姿を見送りながらクロは呟いた。
「片目……なんだか、嬉しいね」
「そうだな……」
しばし無言で2人は立ち尽くしていた。
「私達もそろそろ帰るか、クロ」
「うん」
大神殿に戻ると、ジュレスが迎えてくれた。
「おお、帰ってきたか。キンドロ? ああ、確か最近教団に入った新メンバーがそんな名前だったな。そんな事よりも」
ジュレスはどうやら2人に伝えたい事があって2人の帰りを待っていたようだ。
「もうすぐ、来るらしいぜ。大司教が」
「本当に?」
「ああ、溜まっていた業務をようやく片付け終わったらしい。急いでこっちへ向かうってよ」
ジュレスの言葉に2人は多いに喜んだ。
「やったな、クロ」
「うん、これでようやく手紙を渡せるね」
ルクスの祖父であり、反王政派穏健派リーダーでもある大司教コーデリック=フォンデルフとの対面はすぐそこまで迫っていた。




