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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
魔族信仰編
43/229

38話

 スパーンという小気味いい音が大広間に響いた。


 音に反応した者達が何事かと見ると、どこから持ち出してきたのか来客用のスリッパを手に持った片目が不機嫌そうに佇んでいた。



「久しぶりだな色情狂。挨拶だけなら見逃してやろうかと思っていたが、汚らしい口でクロの手に触れるとはな。見過ごす訳にはいかんな」

 不機嫌そうな片目をチラリと見ると、こちらも不機嫌そうに

「おやおや、どこかで見た下品な顔だと思っていたら……まだ生きていたのですか。銀狼族が滅んだと聞いて喜んでいたのに。残念です」

 と嫌味たっぷりに溜め息をついた。

「滅んではいない。数は減らしたがな」

「今に滅びるでしょうな。長い間貴方に縋りきって牙を研ぐ事を怠ってきた有象無象の群れなど」

 ピクリ、と片目の眉が上がる。

「その減らし口を閉じなければ先に貴様が滅びる事になるな、クロイツェフよ」

 会話の内容は些か不穏ではあるが、どうやら2人は旧知の仲であるらしかった。


「えと、2人は知り合いなの?」

「残念な事にな」

「ええ、全く残念です」

 なんだか息ぴったりな気がしないでもないクロだった。

「クロ、こいつの半径2メートル以内に近付くな。妊娠するぞ。男でもな」

「それは暗に自分が女として終わっていると示しているのですか? ご安心なさい。貴方は最初から終わってます」

「その[終わってる]女に欲情して牙を突き立てようとした愚か者はどこの誰だったかな」

「さあて、獣の分際で人里に降りて人間に化けて若い男を誑かしていた欲情した雌犬なら覚えておりますが」



 今から300年程前の話である。

 人化の術を覚え人間の姿になれるようになった片目はどうやら自分が人間の基準である所の「いい女」である事を知り、人間の男を手玉に取って遊んでいた。


 そこに同じく人間に化けたクロイツェフが近付き、欲情して牙を突き立てたのだ。早い話がお互いに正体に気付いていなかったのだ。片目はいきなり首筋に牙を突き立てられて驚いて変身が解けるし、クロイツェフはあまりに硬いものを噛んだ為に大事な牙が欠けた。その後2人は切れて大喧嘩し、人間の軍隊が来て追い払われた。

 2人にとって大恥以外の何物でもなく、黒歴史として封印されたのだった。

 2人の雰囲気がどんどん険悪になっていきこのまま喧嘩でもされたら、とジュネスを含めた周りの人々が戦々恐々としていた中クロが口を開いた。

「いいなあ……喧嘩できるって」

「クロ、私とこいつはそんなんじゃない」

「そうですよ。間違っても仲がいいなんて事はありません」


「それでも対等な立場だから喧嘩できるんじゃないかなあ。自分より明らかに弱かったり顔を見たくないくらい嫌いな相手ならわざわざ対面しようと思わないもの」

「ぐ……」

「む……」

 どうやらクロの中では対等=喧嘩という図式が出来上がってしまっているようである。だがしかしクロの言う通り本当に顔を合わせるのも嫌なら席を外してしまえば済む話ではある。

 何だかんだでどこかで相手を認めているからこそできるやり取りもある。この2人のやり取りは正にそれだった。


「仕方ない……今回はその辺にしといてやるか」

「御子殿に免じて今日は見逃してあげましょう」



 そうして2人の喧嘩は終了した。

 帰り際に目いっぱいクロにラブコールを送っていたが再び片目がスリッパを持ち出したのを見て騒ぎになるのを嫌ったのかクロイツェフはおとなしく帰っていった。大物魔族との対面は初めてだったが人間以上に人間らしいやり取りに人間も魔族も変わらないんだなあとクロは感慨深く思った。


「いやあ、計算でやってんだか、天然なんだか……いずれにしてもあの2人の喧嘩を仲裁するとかすげえよクロ」

 とジュネスに言われたが何が凄いのかよく分からないクロであった。


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