37話
それはいつも通りの夜会の終わり際での事だった。
「クロイツェフ=サーベルグ?」
「ああ、それが今度の夜会で会う大物魔族の名前だ」
夕食として用意されたワインを飲みながらジュレスが言った。
「大物って……そんなに凄い人なの?」
「魔王皇が1人、謀略のサーベルグの腹心を務めている男だ。名前にサーベルグって入っているだろ? 魔王皇の名前を付ける事を許されるって事は、それだけ信頼が厚いって事だ」
魔族の習慣の1つとして、自らの認めた相手に名前を貸し与えるというのがある。そうする事によって同じ眷属であるという事を示すのだ。これは契約にも通じる。
「その魔王の腹心さんが今度来るの?」
「そうだ。クロイツェフは教団にとって重要な人物だからな。気合い入れて接待してくれ」
そんな事を言われてもどうすればいいのか分からない。とりあえず一生懸命やろうと思うクロだった。
地下大神殿の大広間を貸し切りにして催されたそれは盛大なパーティーだった。教団の幹部や有力貴族など選ばれた者しか入れない今日の催しは少し特別だった。
クロイツェフ=サーベルグ。
五大魔王皇の1人、策謀のサーベルグの名を冠する者。それは彼がサーベルグの部下であり、そしてその中でもとりわけ高い位置にいる事を示していた。彼は魔貴族であり魔皇族ではなかったがその実力は誰もが認めるところであった。
黒い礼服に身を包み、青い髪をオールバックで纏めている。背中からは黒い翼、蝋のように血の気が抜けた青白い肌、そして口元の牙。彼は吸血鬼であった。そして、彼の周りの婦人方が目を蕩けさせているので分かる通り、美男子であった。
彼はその実力と立場に反してとてもにこやかで礼儀正しい男であった。自ら席を立ちクロの席まで来ると恭しく一礼をして挨拶をした。
「初めまして救世の天子殿。私はクロイツェフ=サーベルグと申します。以後お見知りおきを」
丁寧かつ礼を尽くした挨拶にクロは幾分緊張を和らげて答えた。
「ええと、ネクロフィルツ=フォンデルフです。クロと呼んで頂けると嬉しいです」
はにかんだ笑顔と共に挨拶すると、クロイツェフは一瞬目を見開いたかと思うと微笑を称えて、
「クロ、ですか。奇遇ですね。私もクロイツェフの名の通りクロと呼ばれておりました。同じクロ同士仲良くいたしましょう」と答えた。
同じ名前。成程、クロイツェフなら確かにクロと呼ばれていても何もおかしくはない。クロはこのクロイツェフという男に親近感が湧くのを感じた。そしてそれ以上に……
ふふ……と嬉しそうに笑うクロに訝しげな目を向けたクロイツェフだったが
「えへへ。なんだか嬉しいなあ。同じ名前で呼ばれてる人がいるって。1人じゃないんだ、って思えてくる」
クロの言葉を聞いていたく感銘を受けたらしくしばらく悶えた後上ずった声を出しクロの手を取った。
「おお、私とした事が……初めてそのお姿を拝見した時から何と美しく可愛らしいお方なのかと感銘を受けておりましたが……」
そう言うと真剣な顔になり、
「貴方の本質はそんな所にあるのではない。まさしく貴方こそは人と魔を繋ぐ友好の架け橋。絶望の過去と希望の未来を繋ぐ稀代の奇跡だ」
クロイツェフはまるで希少な宝石に触れるが如く、いやそれ以上の恭しさで手に取ったクロの手の甲に跪きキスをした。
きゃああ、と歓喜を含んだ悲鳴が響き渡る。あまりにも様になっているクロイツェフの行動にご婦人方は大喜びだ。
(普通こういうのって女の人にやるものじゃないのかな……)
そんな事を考えているとクロの考えを読んだかのように
「真に美しい者に性別など関係ありません。私は美しいものには敬意を持って接すると決めておりますのでね」
などと言ってウインクしてみせた。
次の瞬間、スパーンという軽快な音が大広間に響き渡った。




