36話
(うーん、困った……)
クロには最近ちょっと困っている事があった。
「御子様、これはうちの畑で取れた作物です。どうぞお収め下さい」
「天子様ー!天子様にお似合いの服とか装飾品とか色々持ってきたよー!良かったら着てみてね!」
「救世の天子殿、今月の上納金でございます」
毎日様々な貢物がクロの元へ届けられるのだ。最後のは最早ヤクザの世界である。クロはそんな子分など持った覚えは無い。
先日のクロの演説によりただでさえ救世の天子として注目されていたクロの人気は爆発的に膨れ上がり、連日クロへの貢物が後を絶たないのだ。値の張る高価な物は断っているのだが、それでも量が量なだけあり教団の財政は潤うばかりである。
クロは教団のアジトの一つである地下大神殿で寝泊りをしている。そこでクロに割り当てられた部屋は神殿の中で最も高価な部屋である。(ここでもクロは高価な部屋じゃなくていいと固辞したが、防犯上でも最も安心できる場所と説得され結局折れた)
高級な家具や調度品の数々が並べられ机の上の花瓶には毎日色とりどりの花が差し替えられる。
専用の従者まで付けられそうになり身の回りの世話などはジュレスに頼んでやってもらう事にして事なきを得た。
クロの部屋の前には毎日クロへの謁見を希望する信者達で長蛇の列が出来ていて、これらを全て片付けていると昼過ぎを回ってしまう。それらが終わってようやく自由な時間ができるのだが1人で出歩いていると道行く人に声をかけられ結局朝と大して変わらないのだ。
夜になったら夜になったで集会や会合に参加したり、クロに面会を希望する有力貴族や教団と協力関係にある魔族達との顔合わせなどで引っ張りだこなのである。目の回る忙しさであった。
クロは激務の合間を縫っては貢物をくれた信者にお礼の手紙を、家族を亡くしたり病気で苦しむ信者等には励ましの手紙を書いて送った。
クロは満足な教育を受けてこれなかった為に文字の読み書きが出来ない。なのでジュレスに頼んで書いてもらった文面を丸写しするという手法で手紙を書いた。勿論同時に文字の読み書きの練習も同時進行しながらである。ジュレスには色々と面倒をかけっぱなしだったが、ジュレスは喜んで引き受けてくれた。
また、貧困に苦しむ信者には貢物で得た衣類や食料の1部などを手紙を添えて届けたりもした。クロは自分が得た財産を自分の為に使うという発想が無かった。概ねそれらの殆どは教団に寄付されたり傷付き苦しむ信者の為に使われた。クロからしてみれば雨露を凌げて三食きちんとした食事を取れればそれだけで十分であった。
これらのクロの行動は益々クロを神格化させ、留まる事を知らなかった。人々はクロの顔を見れば感動に涙し、震える声でクロを称え、敬った。
クロは生まれてこの方、人にそのように大事に扱われた事が無かったので、多いに戸惑った。戸惑いながらも、人生において初めて訪れた幸運期を少しずつ満喫し始めた。
なお余談ではあるがクロが教団に来て初めて夜の入浴の時間になった時、クロと一緒の入浴の為、もといクロの裸体を視姦するために大量の男信者がひしめき合い混浴でもないのに女達まで堂々と裸で風呂に入り込んでくるのでクロはわずか1日で共同浴場を禁止され個室の風呂が与えられる事になったのだが、
そこでも信者が忍び込んで来たり覗きに走る者まで現れクロの入浴中は衛兵がつけられ中に侵入もしくは覗いた者は厳罰に処される事となり、ようやくクロは落ち着いて風呂に入れるようになった。
クロが教団に入ってからというもの反王政派の活動は活発化の一途を辿っていた。なにしろ救世の天子は魔族信仰の象徴的存在であり切り札なのだ。そうなるのも無理はなかった。
だが、問題もあった。騒ぎが大きくなりすぎて表の世界にまで影響が出始めている。
巷では今街に現れた忌み子の救世主の噂で持ち切りである。
曰く、邪神の生まれ変わりだとか
曰く、目があったら石化するだとか
曰く、近いうちに忌み子の救世主の呪いによってエスクエスは滅びるだとか。
(何も起きなければいいんだけど……)
クロは1人溜め息をついた。