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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
銀狼族編
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3話

「魔神の加護を受けし赤子か……」

 このままこの赤子を持ち帰ればどういう事になるか……片目はしばし思いを巡らせた。

 魔族にはその実力に準じて相応の地位分けがなされている。知性を持たない者「魔物」、知性を持つ者「魔族」、魔族の中でも高い知性と力を持つ者「魔貴族」、魔貴族の中でも魔王に連なる者「魔皇族」、そして魔族の頂点に立つ者「魔王皇」。ネクロフィルツは魔族の頂点に立つ魔王皇の更に上、今は伝説として語り継がれる者「魔神」である。


 しかし魔神は現在掃き溜めに1人封じ込められその存在を忘れ去られている。片目が魔神の存在を知っているのは彼女が400歳を超える魔族の中でも飛び抜けた長寿だからだった。同じ銀狼族でも片目以外の個体は100歳を超える程度しか生きていない。彼女はその長い生の中で培ってきた知識や魔力、生存本能で同種族の中でも並ぶ者のない傑物であった。だからこそ片目は銀狼族の長として長年君臨してこられたのだ。


 しかしーーこの赤子を持ち帰れば紛糾の元となるのは避けられない事実だった。たとえ片目といえども同族らの反発は免れる事は難しい。最悪群れを離れる事になる。



 ふと、片目は真剣にそんな事を考えている自分が馬鹿らしくなった。

 何を考えているんだーー

 魔神ネクロフィルツはそのあまりの力ゆえに同じ種族である魔族から疎まれ恐れられ封印されてしまった存在なのだ。その魔神の加護を受けた赤子など助けて何になる。魔神と同じように他の魔族を敵に回すだけだ。


 今の若い魔族は魔神の存在など誰も知らない。しかし、この赤子にまとわりつく不気味な魔力には気が付く。魔神を知らなくても本能で拒絶するだろう。助ける訳にはいかない。しかし放置しておく訳にもいかない。忌み子などどんな災いをもたらすのか分からないからだ。

 魔族と人の関わりを拒絶する者達の中では忌み子は災いをもたらす者として忌み嫌われる。忌み子とは魔族と人が交わって生まれた混血、または魔族の加護を受けた者の事を指す。この赤子の場合後者という訳だ。片目は特別忌み子を嫌っている訳ではないが、仲間を敵に回してまで助けようと思う程好意を持っている訳でもない。


 とはいえ正直この赤子を手にかけるのは気が引けるが、個人的な感情を優先して群れを危険に晒す訳にはいかない。長として群れ全体の事を考えて行動しなければならない。



 殺すしかない。



 片目はそう判断した。

 魔神の加護の力がどれほどのものかは分からないが、生まれたばかりの赤子ならまず殺せる。逆に言えば今を逃せば片目の手にも負えなくなる存在に育つかもしれない。迷いを振り切るように片目は口を大きく開き赤子へと向ける。

 ひと思いにやってしまおう。そう思って牙を向けたその時、仰向けに寝ていた赤子と目が合った。赤子はただじっとこちらを見ている。泣くでもなく、叫ぶのでもなく、ただ静かにこちらを見据えている。

 静かな波紋が片目の心の中に広がる。波紋はやがて波となり大きく片目の心を揺さぶる。



 殺していいのか? 本当にーー



 そんな疑問が湧き上がってくる。

 無垢な笑みを自分に向けるこの美しい生き物を、自分の身勝手な都合で本当に殺していいのか? 忌み子が不吉をもたらす存在だなど、カビの生えた迷信に過ぎない。片目自身、本気で信じている訳ではない。

 しかし、この赤子を助けるという事は即ち同族を敵に回すという事である。



 同族……銀狼族、か。



 同族が一体、自分に何を与えてくれたというのか。

 片目の中の長い間押し込め続けてきた一つの想いが浮き上がってきた。

 片目は幼い頃から将来有望の存在、時期長として常に周りから目をかけられてきた。群れの長、重鎮達から英才教育を施されてきた。それは過酷なものであり同年代の平凡な同族には決して耐えられるものではなかった。自分にとってはそれが当たり前であり、こなさなければならない責務であった。

 そのかわりに自分は色々なものを捧げてきたのではないか。友達、恋人、人間達が紡ぎ出す関係性に片目は密かに憧れを抱いていた。だからこそ時々監視の目を抜けて人里に降りていったのだ。その中で出会った年若い夫婦の言葉が忘れられない。その幸せそうな表情が忘れられない。



 私は、憧れていたのではないか。人間達のようになりたかったのではないか。私は、私は本当はーー





 ーー母親に、なりたかった。




「ーーーーーー!!」




 そして片目は口を閉じた。


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