34話
「それではネクロフェルツ殿、こちらのお召し物にお着替え下さい」
そう言ってゼロ神官長に手渡されたのはシルクで出来た薄いドレスであった。表面は金と銀で煌びやかに刺繍が施されており、全体に散りばめられた大小様々な宝石がアクセントとしてより一層華やかさを増している。
「ゼロ神官長……これは……」
こんな高価な服など今まで見た事もない。ゼロ神官長は鼻を慣らし興奮ぎみに言った。
「これはいつか救世の天子様が現れた時の為に用意しておいたとっておきの衣装です!」
「でもこんな高級な服着られないよ……」
クロが気後れして言うとゼロ神官長はクロの両肩をガシッと掴み、
「ネクロフィルツ殿。貴方は救世の天子、皆の希望の象徴、代表者なのです。そんな貴方にみすぼらしい衣装などどうして着せられましょうか」
皆の希望の象徴。そう言われてしまうと自分の我が儘だけで辞退するのもどうかと思ってしまう。クロはしばし衣装とにらめっこしていた。
「やれやれ、すごい人数だな」
片目が息を吐いて一人ごちる。地下大神殿の大広間には歓迎パーティの準備がされており、テーブルの上には様々な飲み物や食べ物が置かれている。広間には反王政派のメンバーがぎゅうぎゅう詰めになる程溢れている。
「まあ何せ救世の天子様だからな。一目見たいって思う奴は沢山いるさ」
「しかしだからと言ってこの人の多さはどうなんだ。神殿の外まで人が溢れてるじゃないか」
人が多すぎて広間に入りきれず神殿の外を人々が包囲しているような状態だった。
「めったにないお祭り事だから楽しみたいんだよ。お前だって際どいドレス着てるじゃねーか」
ジュレスは呆れてそう言った。彼の言う通り今片目は純白のドレスを着ていた。銀で刺繍が施されており布地の部分が少なめで胸や足が強調されるデザインだった。片目の方に視線を送る人も多い。
「こ、これはその……仕方が無いだろう。クロの保護者として恥ずかしくない格好をと言われたんだから」
そう、片目もゼロ神官長に説得され衣装を渡されたのだ。
「その格好の方がよっぽど恥ずかしいと思うがね。どーせクロにも似たような衣装をさせるんだろうよ。ま、クロなら何着たって似合うんだろうけどよ」
(全く、あのオッサンは……悪い人じゃねえんだけど派手好きなんだよなあ)
ゴテゴテ着飾るようなのはアルクエドの王族や貴族連中を連想させてジュレスはあまり好きではなかった。
「さあ皆様、長らくお待たせしました。今宵の主賓、救世の天子、ネクロフィルツ=フォンデルフ殿の登場です。それでは、ネクロフィルツ殿、どうぞ!」
ゼロ神官長のかけ声と共に広間の明かりが消され中央のステージ部分にスポットライトが当てられた。そこからゆっくりと歩みでてきたクロの姿に皆息を呑んだ。
人々の間から感嘆の声と溜め息が漏れでた。
「あれが救世の天子様……」
「伝説の通りのお姿だ」
「何と美しいお姿なんだ…………」
クロはスタンドマイクの所まで来ると、拡声虫の背中を押した。ギチッという鳴き声と共に音が周囲へと広がる。この世界では科学はあまり発展していないが(ザンツバルケルのように例外もある)
その代わりに魔法や虫の文化が発達していた。先程のスポットライトは光の魔法で照らし出した物だしクロが手にしている拡声器は拡声虫という虫の力を利用して作られた物である。ただ、虫は高価なので一般層にはあまり普及していなかった。
クロはゆっくりと落ち着いた声で喋り始めた。
「こんばんは皆さん。ぼくが只今ご紹介に預かりましたネクロフィルツ=フォンデルフです」
それは鈴の音を転がしたように優しくて儚げな、それでいて凛とした筋の通った声だった。その紡ぎ出す声の響きすら魅力を称え聞く人の胸を焦がした。クロは手に持っていた衣装を両手で広げると前に突き出した。
その衣装は先程ゼロ神官長から渡された物だった。クロが今着ているのはいつものフード付き半袖半ズボンにマフラーを巻いたそれだった。
「ゼロ神官長にこの衣装を着るように言われていたんですが、皆さんには、着飾ったぼくよりもいつもの姿のぼくを見て貰いたかったので……ごめんなさい」
そう言ってゼロ神官長の方を見ると驚愕に口を開いたまま硬直していた。
「ぼくは、生まれてすぐに実の両親に捨てられました」
救世の天子のいきなりの発言に場内には動揺が広がる。
「そうして誰にも必要とされなくなったぼくはこの世界から追い出され、〔掃き溜め〕に送られたようです。そこで、魔神と契約を交わした。そして絆を得たぼくは再びこの世界に戻ってこれました。育ての親の片目が言うには、恐らくそういう事だろうと」
ざわ……と会場は異様な雰囲気に包まれていた。忌み子の少年の思わぬ発言によって。少年は構わず話を進めていった。
「その育ての親の片目も、ぼくを育てる為に一族を抜ける事となりかつての同胞と血を血で洗う凄惨な殺し合いをする羽目になりました」
片目はわずかに昔の嫌な思い出を振り返り顔を歪めた。
「多くの人が、罪もない人がぼくと関わったばかりに災厄によって死んでいきました。ぼくに、こんな綺麗な服を着る権利なんてないんです」
少年の独白に多くの人が胸を痛めた。今更ながらに彼等は気付かされた。救世主といっても自分達と隔絶された特別な存在ではないのだと。自分達と同じように悩み、苦しみ、地べたを這いずり周りそれでも生き続けてきた1人の人間なのだと。
「ここに来るまでに、スラムを通ってきました。皆さんの事を見てきました。ぼくと同じように、迫害に、貧乏に、苦しんできた人達だということは見ればすぐ分かりました」
そうして改めて衣装を掲げ直した。
「ゼロ神官長はぼくを皆の希望の象徴、代表者だと仰られました。ならば、ぼくだけが1人高価な服を着る訳にはいきません」
ゼロ神官長は顔を蒼白にしていた。何という愚かな事を自分はしようとしていたのかと。自分の浅薄な考えよりも遥かに深く重い考えを天子様はお考えであられたのだ、と。
「ぼくがこの服を着る時が来るとしたら、皆がこの服を着る時です。迫害から、差別から、貧乏から、皆が開放され本当に幸せな生活を取り戻した時です。
ぼくは、この世界を変えたい。残酷で救いのない世界を変えたい。だから、ぼくは戦いたい。戦って、勝ち取りたい。皆さんにも、力を貸して欲しい。ぼくと一緒に、この苦しい現実と戦って欲しいんです。
どうかーー皆さんの力をぼくに貸してくださいーー」
そう言って頭を深々と下げた。
一拍置いた後、凄まじい咆哮と歓声が沸き上がり、神殿の外にまでその振動は広がった。
「「「ウオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!!!」」」
「救世主様、万歳!!」
「天子様に一生ついていきます!」
「天子様ぁ、愛してるぅーーーーーー!!」
会場が歓喜と歓声に包まれる中、片目は満足げに呟いた。
「さすがだ、クロ。そこまで深く考えていたとは……私はお前が誇らしいぞ」
「下着姿でドヤ顔してんじゃねえ!! 服を着ろ服を!」
「こんな高価な服など着れん。私には似つかわしくない」
などと儚げに言った。そう、クロの演説を聞いて衣装を脱ぎ捨ててしまったのだ。
「ドヤ顔してるけどクロの二番煎じだからな!? 全然決まってないからなそれ!」
矢継ぎ早二番煎じ突っ込みを入れた後、ジュレスはクロの方を見て呟いた。
「完全に会場の全員の心を鷲掴みにしやがった。とんでもねえ奴だな……間違いない。お前は救世主だよ、クロ……」
そう満足げに呟いたジュレスの目尻には、わずかに涙が滲んでいた。




