32話
ジュレスはどんどん先に進んでいく。やがて一件のボロ小屋の前で立ち止まった。
(ここがアジト……?)
思わずじっと見るが何の変哲もないボロ小屋にしか見えない。ここがアジトだと言うのだろうか。
「そんな所でボケッとしてないで中に入れよ」
クロの手を引いてジュレスはボロ小屋の中に入った。
小屋の中はやはりボロボロで何もない。本当に最低限、雨と風を凌げるだけのものでしかなかった。しかしそれで問題は無かった。彼等の本当の住み家はここではないからだ。ジュレスは屈み込むと床板の1枚を横にずらした。
その下には地下へと続く階段があった。
階段を降りていくとそこには広い地下空間があり、朽ちた古い大きな神殿があった。ここがジュレス達反王政派の本拠地であった。
「ふわあああ……おっきい……」
「成程な。この神殿が本拠地という訳だ」
ふと気が付くとクロの周りに人だかりが出来ていた。皆クロを凝視していた。
「え 何?」
「クロ、下がれ!」
片目は警戒してクロを自らの後ろに下げる。すると、クロを囲んでいた人々は何とクロを拝み出した。
「銀の髪、赤い瞳……間違いない」
「救世の天子様、御子様……!」
「ありがたや、ありがたや……」
中には泣き出す者まで現れる始末であった。予想外の反応にクロ達は目が点になる。
「はいはい、皆悪いがどいてくれ。救世の天子様をこれから神殿に案内しなきゃならないんでな」
そう言ってジュレスは群がっていた人達を手で散らす。そうして神殿に向かい再び歩き出した。
「ジュレス、今のは……」
「反王政派のメンバー、魔族信仰の信者達だよ。」
「クロを拝んでいたようだが……」
「言っただろ。救世の天子は魔族信仰者にとって救世主なんだよ。忌み子がどんな扱いを受けてるかは知ってるだろ。救世主の存在を頼りに必死に耐えて生き続けてきた人達なんだよ。拝みたくもならあ」
「………………」
「さて、着いたぞ」
ジュレスは神殿の前で止まり改めてクロ達の前に向き直る。
「ようこそ、ここが俺達反王政派のアジト、地下大神殿だ」
そう言って中に進んでいった。外側は古く朽ちていたが中は手入れが行き届いており人が暮らすには問題なく出来ているようだった。しばらく通路を進んで行くと向こう側から神官の服を来た髭を蓄えた中年の男性が歩いてくるのが見えた。彼はジュレスに気が付くと足を止めて声をかけてきた。
「おお、ジュレス、帰ったか。それで例の件は……」
そう言いながら視線をスライドさせクロの所で止まり、口を大きく開き驚愕に目を大きく開かせた。
「悪いなゼロ神官長。もっと大事な用事が出来ちまったから帰ってきた」
「そ、それはいいが……ジュレス、この少年、いやこのお方は……!」
「見りゃ分かんだろ? 救世の天子様だよ。街で見かけたんでお連れしたんだよ」
「きゅ、救世の天子! まさか……だが、いやしかしそのお姿は確かに……こ、こうしちゃおられん! 早速歓迎パーティーの準備を!」
そう言うと手に持っていた書類を捨てて来た道を大急ぎで戻っていった。通路に散らばった書類を纏めながらため息をついてジュレスが言った。
「あーあー、とち狂っちゃって。まあ、無理もねえがな」
やがてクロ達は神殿のある1室に案内された。来賓室の様で、部屋の中には高価な調度品や装飾が施され、絢爛豪華な様相を呈していた。
ゆったりとしたソファーに座ると腰がとろけるような柔らかさにたまらずクロは声を上げた。
「ふわあああ。気持ちいいねえ……ぼくこんな気持ちいいの初めてだよお……」
などと潤んだ瞳で言う。
「止めろクロ。耐性の無いいたいけな少年には些か刺激が強過ぎる」
「?」
何の事だか分からないという顔をするクロの前でジュレスは顔を真っ赤にしながら若干前屈みになっていた。
「さて、何から話したもんか……そうだな。まず魔族信仰について説明するか」
テーブルの上に置かれた紅茶を啜りながら息を吐くとジュレスは語りだした。
「魔族信仰っつっても別に怪しげな呪術をしたり邪神を崇めたりとか、そんなんじゃねえ。魔族信仰ってのは魔族と人の交流を願う信仰さ。別の呼び名ではフォンデルフ教って呼ばれてる」
「フォンデルフ……」
「そう、人が魔族と絆を紡ぎ契約を交わした時に与えられる称号だ。つまりは、魔族と絆を紡ぎ契約をかわす事を第一の目的とする宗教なのさ。魔族と仲良くしましょう。ただ、それだけだ」
魔族と人との交わり。それを推進していく団体。それだけを聞けば到底危険な風にはクロには思えなかった。
「だが、それを良しとしなかった連中がいる。女神信仰者達だ。奴等は二年前にこの街に武力で攻め入り奪い取った。俺達は住んでいた場所を追われこの薄汚れたスラムに追われた。この街だけじゃない。二年前の戦で多くの街が、都市が、女神信仰を掲げる王都アルクエドの軍によって攻め落とされたのさ」
「だから、反王政派の名を掲げているのか」
「そうさ。全ては奪われた故郷を取り戻すために。その為に俺達は活動している」
微塵も自分達の正義を疑わない瞳でジュレスはそう言った。




