31話
クロ達は女神信仰者の男から得た情報によってエスクエスのスラム街に向かう事にした。中央の大通りを抜けて西区へ通じる路地を抜けていく。レンガで組み立てられた立派な住宅街から木造の古ぼけた家屋へと景色が変わっていく。綺麗に整地された街並みから薄汚れたスラムへと変貌する。据えた臭いが鼻をつき汚れたゴミクズが路面に散らばっている。
片目は顔をしかめながら歩く。鼻のいい片目にはこのスラムの臭いはきついらしい。
さて、スラムに着いたし早速聞きこみを……と思い角を曲がると、
ガツン、というものすごい音がした。
「いってえええええ!!」
叫び声と共に1人の少年が悶えながら地面を転げ回っていた。クロは驚きつつもたたらを踏んでなんとか持ちこたえた。
「大丈夫かクロ」
そう言って片目は優しくクロの額を撫でさすり、回復魔法をかける。
「これくらい大丈夫だよ。片目は大袈裟だなあ」
「ぶつかった相手を無視してんじゃねえ! 謝罪のひとつもできねえのか!」
ぶつかった相手から抗議の声が上がる。
「フン、そんなものお互い様だろう。だいたいお前はここで暮らしているのだろう? 土地勘のある者が曲がり角で激突など恥ずかしくないのか」
クロに危害を加えた者に片目は容赦しない。片目に酷く言われた少年はみるみる顔が赤くなっていく。
「なんだとこの野郎……! 痛い目を見たいらしいな!」
袖をまくり臨戦態勢に入る。片目は面白そうに眉を吊り上げ
「ほう、私に喧嘩を売るとは面白い。いっちょ揉んでやるか」
片目の方もやる気のようだ。クロはオロオロしながら何とか喧嘩を止めさせようとするが、どうしていいか分からない。
(どうしよう……喧嘩を止めなきゃ! こんな時は何て言うんだっけ)
2人が激突しようとした正にその時、
「止めてえ! 私の為に争わないでえ!!」
クロは大声で叫んだ。2人の動きがピタ、と止まる。ヒソヒソ、と周りの人々が囁く声が聞こえた。
「おい、聞いたか今の。痴話喧嘩らしいな」
「女とガキが少女を取り合ってか。確かにあの嬢ちゃんえれえ別嬪さんだぜ。気持ちは分かる」
「お前まだそのロリコン趣味治ってなかったのか」
「ロリコンじゃねえ! 紳士と呼べ!!」
などと別の喧嘩が勃発する始末だった。2人は顔を真っ赤にしながらクロの手を取ると足早にその場を去った。
◆
「良かった。喧嘩が収まって」
満面の笑みを浮かべるクロに2人はそれぞれ突っ込みを入れる。
「ああゆう止め方は勘弁してくれ」
「全くだぜ。だいたいお前みたいなちんちくりんを……誰が……」
取り合うもんか。そう言おうとして絶句した。先程までは頭に血が登っていたためにクロの容姿にまでは気が回っていなかったのだ。みるみる顔が赤く染まっていく。
「どうしたちんちくりん。クロの美しさに今更気が付いたか」
「うっせえ! ちんちくりん言うな!」
「まあ、何だ、その……悪かったなさっきは。俺はジュレスってんだ」
少年はそう名乗った。赤い髪に茶色い瞳。勝気そうな意志の強さが見て取れるそばかすのある顔。歳の頃はクロより2つ上くらいだろうか。ボロ布のような服を上下に纏い腰を紐で縛っている。身長は140センチを少し上回った程度でクロより多少高い。
「ネクロフェルツ=フォンデルフです」
「片目だ」
クロと片目もそれぞれ名乗った。
「ネクロフェルツねえ。仰々しい名前だなあ。クロでいいか? ていうかお前も忌み子か。片目は魔族だな。」
一目で2人の正体を見抜き、そしていつか誰かが言った事と同じ言葉を放つジュレスに2人は何とも言えない気分になった。
「何だよ、2人して変な顔して。何か変な事言ったか? ……お前ら親子なのか? でも瞳の色は違うしな……」
などとブツブツ言っていたがその内にその瞳が驚愕に見開かれていく。
「……ていうか、銀髪に赤い瞳……お供に魔族……まさか……おいおい、マジかよ」
ジュレスはとても驚いているようだが、2人には何が何だか分からない。
「てんし……てんしなのか、お前……」
天使? またあの人と同じ事を言う。何だかクロはこの少年との出会いに運命めいたものを感じずにはいられなかった。
「天使じゃないよぼく。羽根生えてないし空も飛べないし」
「違う、その天使じゃねえ。天の子って書いて天子だ。救世の天子。魔族信仰者に伝わる救世主の名前だ」
「魔族信仰者?」
「救世の天子?」
「ああ、もう埒が開かねえな。ついてこいよ。俺達反王政派のアジトへ連れてってやる」
反王政派。
その単語がジュレスの口から出た瞬間、クロと片目の2人は一気に緊張状態に陥った。
「反王政派だと? ジュレス、貴様……」
「あ? 何だよ急に怖え顔して。俺が反王政派じゃ悪いか?」
そう言うジュレスには全く悪びれる様子はない。その態度にクロは何か違和感を覚え、意を決してジュレスに問いかけた。
「ジュレス……ジュレス達が、ルクスお兄さんを追い詰めて死ぬ原因を作った犯人なの?」
はあ? と訳の分からなそうな顔をしていたが、何か思い当たる節があったのかああ、と手をポンと打った。
「過激派の連中と勘違いしてやがんのか。あんな人でなし連中と一緒にするんじゃねえよ。虫酸が走る」
心底嫌そうにそう言った。
「過激派?」
「そのルクスお兄さんとやらをやったのは俺達じゃねえって事だよ。いいからついてこい。全部後で説明してやるから」
そう言ってこっちの返答も待たずにジュレスは歩き始めてしまった。仕方ないので2人はジュレスの後を追う事にした。




