30話
エスクエスに着いたクロ達は早速情報収集を始める事にした。ルクスの祖父であるコーデリック=フォンデルフの居場所を突き止めるためである。だが……
「知らねえな」
「誰だそいつ?」
「可愛いお嬢ちゃんだねえ。おじさんといい事しない?」
最後の1人などはもはや論外である。片目はこの時点でどうにも腑に落ちなかった。情報を知らないというよりも出したくない、という態度に見えるのだ。めげずに聞き込みを続けたが聞き込み人数が百人に達した時に遂に片目が切れた。
「ええい、どいつもこいつも知らない知らないとシラを切りおって! 何か知っておるのだろうが! キリキリ吐けい!!」
そう言って力任せにブンブンと振り回すと、観念したのか掴んでいた男が口を開いた。
「知らねえよ。そのコーデリックって奴の居場所はな。俺が知ってるのは、あんたがこれ以上いくら粘っても誰も情報を吐いたりしないって事だ」
そう言ってクロの方をチラリと見る。
「そのガキ、忌み子なんだろ? この街で顔を隠してる奴なんて忌み子だけなんだよ。女神信仰が盛んなこの街で忌み子なんぞに協力する奴なんざいやしねえぜ。勿論この俺もな」
男はそう言って口を閉じてしまった。その後はどれだけ振り回しても何も言う事はなかった。かと言って暴力を振るう訳にもいかない。片目が途方に暮れていると焦れたクロが被っていたフードを下ろし素顔を晒した。突如素顔を晒した忌み子の少年の美貌に男は驚愕した。次の瞬間クロは地に頭を擦り付け土下座した。
「お願いします。どこにいるのか分からないならせめてどこに行けば教えてくれる人がいるのか、それだけでも教えてください。お礼が欲しいというならお金を出します。もし、もし……ぼくの身体が欲しいというなら、それでもいい」
「!!?」
「クロ、何を言うんだ!」
焦って片目が声を上げるがクロの瞳に宿る決意は全く変わらない。クロは自分が可愛いなどと思っている訳ではなかったがどうやら出会う人達にとっては抗い難い魅力があるらしいという事を無意識下では感じていた。そして実際にクロのその提案に男は揺さぶられたらしく、喉をごく、と鳴らしクロの白く透き通る美しい肌や細い首筋、艶のある桜色の唇などに目が釘付けにされた。
だが、そこで欲望に身を委ねるほど男は愚かでは無かったらしく、ゴホンと咳払いをしてクロに訪ねた。
「一つ聞いていいかお嬢ちゃん。何でそこまでして知りたい?」
男の質問にクロは顔を上げ答えた。
「どうしても、会わなければならない人がいるんです。とある人から預かった物を渡す為に。その人はそれを渡す為に命まで懸けて死んだんです。だから、ぼくだって、懸けれる物は何だって懸けなくちゃ……!」
「………………」
「お願いします。助けてあげて下さい。僕達じゃなくて、命を懸けてまで目的を果たそうとしたその人を……! その人は女神信仰者です。忌み子を助けるのはあなた達にとって間違いなのかもしれない。だけど、同じ女神様を信じる人を助ける事は正しい事の筈です!」
しばらくの間男は身動き一つせず、じっとクロを見つめていた。何か眩しい物を見るような表情をした後に、ふうっと息を吐きクロに近付いていくとおもむろに右手を上げた。
殴られるのかと思い、ギュッと目を瞑るが衝撃はいつまでもやって来なかった。代わりに、労るような優しい手付きでクロの頭を撫でた。
「え」
信じられないと言った表情をしたクロに男は声をかけた。
「済まなかったな、嬢ちゃん」
その顔には涙が浮かんでいた。
「殴られるのかと思ったんだろう? そう思われても仕方ない。仕方ないと思える程の仕打ちを俺達女神信仰者はあんた達忌み子にしてきた。そう教えられてきたからだ。それが、正しいと信じていたからだ」
だが、と男はかぶりを振った。
「だけど、人間なんだよなあ。俺達と同じ、血の通った人間なんだよなあ。殴られれば痛いし、恐ろしいよなあ。話しかけられる前からずっとあんた達を見てたよ。何かあったらすぐにこの街から追い出してやろうと思ってよ。だけどあんた達は何度失敗しても諦めずに声をかけ続けてたよなあ。同じ事が、俺達にできただろうか。数を頼りにこの街を奪い取った俺達に」
男は泣いていた。年端もいかない子供を、人の居場所を教えるたったそれだけの事のために全てを投げ出させる所まで追い詰めていた事実に気が付いたからだ。情けなくて仕方無かった。
「何で忘れちまってたのかなあ。魔族の血が入ってようが契約を交わそうが、それでも、同じ人間なんだって事をよ。俺達は信仰者である前に、人間なんだって事をよお」
「おじさん……」
グス、と鼻を鳴らすと指でビッと涙を弾き男は口を開いた。
「この街の西区に行きな。そこはスラムになってて元々街に住んでいた住人達が押し込められて暮らしてる。きっと力になってくれるだろうよ」
男がそう言うとクロは顔をパッと輝かせ、男の両手をブンブンと嬉しそうに振ると、
「ありがとう! おじさん!」と満面の笑みを浮かべた後走り去っていった。
後を追っていった片目が途中で止まり、こちらの方を振り返ると頭を深々と下げ、そしてまたクロの後を追いかけていった。
「馬鹿野郎……頭を下げられるような事なんか、何もしちゃいねえよ……」
男の掠れた声が人気のない路地に響いた。




