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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
魔族信仰編
34/229

29話

 気が付くと、廃墟の中にいた。

 いや、廃墟というより周りの物全てが年月を経て朽ちたゴミの山だ。ヒビの入った柱、腐った廃材、欠けたブロック。よく見ればそれ以外の物も沢山溢れている。

 ボロきれのような服、古びた人形、壊れた家具。あらゆる物が朽ち捨てられた灰色の世界。


 そこに、クロは立っていた。


 なぜか、初めて見た気がしない。記憶を探ってみても思い当たるものはなかったが、何かが引っかかっていた。

 ぶわあ、と風が吹く。乱れた髪を手で直すと、目の前に1人の青年が立っていた。



 青い髪に赤い両目。黒いマントを羽織り、その下には高級そうな生地で出来た藍色のスーツを上下に着込んでいる。スーツの所々には腕の立つ職人によって刺繍されたと思われる複雑な紋様が施されている。肌は青白く、幽鬼のような雰囲気を漂わせた若い青年だった。

 美しい顔立ちではあるが全体的に印象が薄く吹けば飛んでしまいそうだ。彼の感情の欠落した人形のような表情が印象を薄くしている要因のようだ。


 観察していると青年と目があった。


 するとたちまち彼は顔を歪め、先程の無表情が嘘のように強い感情を顔にたたえた。

 それは、苦悩。懊悩とも言って良い程に彼の表情は酷く歪んでいた。何が彼をそこまで苦しめているのだろうと、じっと見つめる。



「すまない……」



 今にも泣き出してしまいそうな程に申し訳ないような顔をして青年は謝った。激しく何かを悔いているようだった。

「私がいなければ、私と出会わなければ、お前はここまで苦しまないで済んだ。全部私が……私のせいで……」

 クロはその表情には覚えがあった。というよりいつも自分がしている表情だった。自分のせいで周りの誰かを巻き込んで犠牲にする、その事を悔いる時の顔だ。気持ちは痛いほど分かる。いや、実際に胸が痛かった。精神的なものではなく物理的な痛みだ。

 クロは己の胸の刻印を手で抑えた。激しく刻印が疼く。



「あなたはーー」



 声をかけようとして目が冷めた。しばしボーッと周りを見渡していたクロは自分が今置かれている状況に思い当たった。

「起きたかーークロ」

 すぐ横には片目が同じ毛布に包まり暖をとっていた。彼等が一晩を過ごしたのは苔むした岩に囲まれた洞窟の中だった。砂漠を抜けエスクエスへと向かう途中で手頃な寝床を発見したので立ち寄る事にしたのだ。


 しばらくすると片目は集めてきた小枝に魔法で小さい火を起こした。出発する前にクレドールの街で買ってきた食材を火で焼き始めた。肉が焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。はむ、と口に頬張るとスパイスの効いた肉の旨みが口の中に広がった。

 食事が終わる頃にはクロは今朝見た夢の内容を完全に忘れていた。



 クロ達はルクスの遺言に従い、彼の祖父であるコーデリック=フォンデルフに会うためにエスクエスに向かっていた。ルクスから預かった手紙を彼に渡せば、「黒幕」である所の反王政派に打撃を与える事ができる筈。



 今までクロ達は特に旅の目的も定めずに各地をさすらっていたが今は違う。明確な目的を持って動いていた。


 ーー反王政派を叩き潰す。


 ルクスの死の原因を生み出した奴等を許す訳にはいかない。放っておく訳にもいかない。ルクスの一家のように彼等のせいで苦しめられている人達は他にも大勢いるかもしれないし彼等が国家転覆でも企てていようものならどれだけの犠牲が出るか分からないからだ。

 自分が関わる事で火に油を注ぐ事態になったら……

 そういう懸念は勿論あった。


 だが、クロはルクスの言った言葉を信じてみる事にしたのだ。

「だけど、負けてはいけないよ。人は、魔族は、災厄に打ち勝てるんだ」

 もう、負けない。誰も不幸にはさせない。

 クロの瞳には強い決意の表情が浮かんでいた。





               ◆





 この街はクソだ。少年はいつもそう思う。行き交う人、物、金。それら全てが自分達を素通りしていく。差別され迫害される。


 彼は人と魔族の間に生まれた混血児ーー忌み子だった。父と母は仲睦まじく、貧乏ではあったがそれ以上に楽しく幸せな日々だった。王都アルクエドの侵攻が始まるまでは。

 今でこそエスクエスはアルクエド領であるが当時はそうではなく人と魔族によって建てられた国の領土の一つだった。


 戦争が起こり街は落とされアルクエド領土となった。アルクエドの女神信仰によって元々エスクエスで信仰されていた宗教は弾圧され排斥された。元々街に住んでいた人や魔族の多くは戦争で死に、残った僅かな生き残りも西区の劣悪なスラムに追い込まれ外から入ってきた女神信仰者達に支配された。その時から少年は孤児となり激しい差別を受けるようになった。


 生まれの差だけで全てが決まりどれだけ努力しても覆す事はできない。少年を取り巻く世界はそう出来ていた。それを覆すために反王政派の一員となった。だがそれでも差別や暴力から仲間達を守るのが精一杯でこの街を取り戻す事など夢のまた夢だった。




 けれど、それもここまでだった。

 角を曲がり銀髪の少年とぶつかるまで。





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